第26話 不機嫌な彼女と尾行サポート

「それで、どうするつもりなんですか?」


 宮本先輩と奥沢先輩の後を追いかけて二人で入場ゲートに並んでいると、卯崎がそんな事を聞いてきた。


「どうするって?」


「三浦先輩の代わりに奥沢先輩を連れてきたのは良いですけど、それでどうやって依頼を達成するつもりなんですか、という意味です」


 若干不機嫌そうに言う卯崎。どうやらまだお怒りのようだ。

 それに気づかないふりをしながら俺はその問いに答えた。


「いや、奥沢先輩が卯崎に持ってきた依頼は解決しない。……まあ、結果的に言えば一部は解決されるかも知れないが」


「……どういうことですか」


「先輩は最初に依頼を持ってきたとき『宮本先輩と三浦先輩が練習に集中出来るように』付き合わないようにして欲しいって言ってたよな」


「そうですね」


「あれは嘘だ。二人はちゃんと練習に集中出来ていた。同じ陸上部の桃がそう言っていたんだから間違いない」


「……」


 卯崎はなにも答えず顔を背けた。俺は構わず続ける。


「さらに言えば三浦先輩は宮本先輩の事が好きじゃない事も分かった。勿論ラブの方でな。……それはお前も気づいていたと思うが」


「……」


「気づいていてあえて気づいていないふりをした。違うか?」


「……」


「沈黙は肯定と見なすぞ」


 卯崎は黙ったままだ。

 まあ、別に探偵ごっこがしたいわけじゃない。これ以上深く掘り下げるつもりもない。


「……ま、いいか。そういうわけで奥沢先輩は何か隠してるんじゃないかって思って直接本人と話した。木曜日の放課後にな」


「……だからあの日はいつもより遅かったんですね」


「そうだ。で、そこで先輩から本当にしたかった依頼を聞いた。宮本先輩と付き合いたいっていうな。……お前は嘘の依頼と本当の依頼、どっちを優先させるべきだと思う?」


 卯崎は顔を背けたまま、口を開いた。


「……でも、先輩は私にそのことを話しませんでしたよね。しかも私に嘘まで吐いてました」


 言い返すような口調で言われた言葉にはぐうの音も出ない。事実だからだ。嘘というのは卯崎の案に賛同したように見せた事だろう。これに関しては俺が完璧に悪い。


「それに関しては俺に非がある。騙すようなまねをして悪かった。お詫びというわけじゃないが、これを渡したい」


 俺が頭を下げながらあるものを差し出すと、卯崎はようやくこちらに振り返った。


「……遊園地のチケット?」


「社長に無理言ってな。用意して貰った」


 さすがに俺の計画に巻き込むようにして連れてきた卯崎に金を払わせるわけにはいかないと思ったのだ。土下座して頼んだら快く渡してくれた社長は将来悪い人に騙されないか心配だ。


「これで私の機嫌をとろうというわけですか」


「いやそう言うわけじゃないが。取りあえずはぐれたとか言ってそのまま帰ったりしないでくれるとありがたい」


「……これじゃあまるで私が悪人みたいじゃないですか」


 卯崎はそう嘆息しながらいうと、俺の差し出したチケットを押し返した。


「今日はしかたないから先輩に付き合うと言ったはずですよ。それに、どちらにしろ最初から私はここに来る予定だったんですから、これは必要ありません」


「いやでも、俺が騙して連れてきたようなもんだし」


「そもそも私は前売り券を買っています。先輩が使えば良いんじゃないんですか」


「いや、俺も前売り買ってるんだが」


 ……あれ? 俺が土下座した意味は?


 ***


 そんなこんなで、ちょっとしたハプニングもあったが無事に遊園地内に入った俺たちは奥沢先輩たちの後を気づかれない程度の距離で歩いていた。


「今日の目標は宮本先輩に奥沢先輩の事を少しでも異性として意識させることだ」


「ずいぶんと控えめなんですね。今日のこれはデートなんですから、宮本先輩も奥沢先輩の事を異性として認識しているのではないんですか?」


「奥沢先輩から聞いた話だと、どうやら宮本先輩はこれをデートだとは認識していないそうだ。幼馴染みが誘ってきたから一緒に行く程度にしか考えていないんだろうな」


 その時の奥沢先輩の落ち込み具合といったら酷いものだった。フォローするのも一苦労だ。奥沢先輩はまずメンタルを鍛え直すべきだと心の底から思う。


「では告白はしないと?」


「どうだろうな。その辺の塩梅は本人に任せてあるから、いけると思ったらするんじゃないか」


 まあ、今の段階だとどう転んでも失敗すると思うが。


「とにかく、俺たちの役割は奥沢先輩のサポートだ。何か困ったことがあったら俺のところに連絡が来るようになってる」


 といったそばからスマホの通知が鳴る。奥沢先輩からだ。


『どのアトラクションに乗れば良いのか分からないよー!』


「……」


 別にどれでも良いでしょーが。

 そう思っていると横から卯崎が俺のスマホを覗き込んできた。


「まずはコーヒーカップなどはどうでしょうか」


「その心は?」


「コーヒーカップは一つの狭い空間に二人という状況を作り出せますから。自然と二人が近づきます」


「……なるほど」


 卯崎から聞いた事をそのまま奥沢先輩に伝える。


『ありがとう! そうするよ』


『お礼なら後で卯崎に言って上げてください』


『卯崎さんも来てるの?』


『ええ、隣にいます。邪魔はさせないんで安心してください』


『え? もしかして二人もデート?』


『違います』


 どうしてそうなるのか。スマホをしまいながら俺は軽くため息を吐いた。

 何かを探すようにきょろきょろしている奥沢先輩とその横で先輩の突然の奇行に驚いている様子の宮本先輩を眺めながら卯崎に声をかける。


「まさか助言をいただけるとは思わなかったな」


「一応これも依頼ですから」


 あくまでも本意でないと主張する卯崎。


「どうする、俺たちもコーヒーカップ乗るか?」


「酔いそうなのでやめておきます。先輩一人で乗ってきたらどうですか」


「俺を変人にしようとするな」


 周りが家族連れとかカップルばかりの中で一人でカップ回してる奴とか完全にヤバいだろ。


 結局俺たちは二人で奥沢先輩たちがカップを回しているのを見ていた。なんだこれ。


 その後も、宮本先輩と奥沢先輩の二人は色々なアトラクションを回った。ジェットコースターで悲鳴を上げていたかと思うとメリーゴーランドなんて言う絶対高校生が乗るもんじゃねえだろってものではしゃぎ、フードコートでは奥沢先輩があーんをしようとして恥ずかしさで自滅していた。


 俺の予想に反して、俺たちがサポートする事はほとんど無かった。幼馴染みという関係性からか、俺たちが何かするまでもなく楽しそうにしていた。

 だが……。


「……これはまずいかもな」


 日暮れが近づく遊園地で、俺は小さく呟いた。と同時に俺のスマホが震える。


『全然良い雰囲気にならないよー!』


 どうやら奥沢先輩もこの状況があまり良くないと思っているらしい。


 確かに二人は楽しそうにしていた。だがそれはあくまで気の置けない友達、という枠での話だ。宮本先輩が奥沢先輩の事を異性として意識しているかというと疑問が残る。


『アピールがことごとく空振りしてましたからね』


『このままじゃなにも変わらないよ……どうしよう……』


 画面越しから奥沢先輩の悲痛な様子が伝わってくる。

 このままじゃダメだ。何か手を打たないと全てが失敗してしまう。


 俺が頭をひねっていると、遊園地内でも一際大きなアトラクションが目にとまった。……これだ。


『先輩、観覧車とかはどうですか』


『観覧車?』


『はい。観覧車は二人きりの密室空間です。そこで何かアクションを起こせれば一気に宮本先輩との距離が縮まるはずです』


『アクションって、どんな?』


『スキンシップでもすれば良いんじゃないんですか。手をつなぐとか』


『え!? む、無理だよー』


『無理でもやってください』


 ここでなにも出来なければ恐らく奥沢先輩に勝ち目はなくなる。ここは奥沢先輩に頑張って貰うしかない。


 奥沢先輩と宮本先輩が観覧車に乗ったのを見届けた俺は卯崎に目を向けた。こいつは観覧車乗りたがらないだろうなあ。

 卯崎は今日、俺と二人になるようなアトラクションに乗ろうとしたがらなかった。ジェットコースターでさえも俺から二つ離れた席に座っていた。


 二人が観覧車から出てきたときに見つからないように場所を移動しようと歩き始めると、卯崎が先輩、と声をかけてきた。

 振り返った俺に卯崎は観覧車を指さしながら口を開いた。


「観覧車、私たちも乗りませんか?」

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