第21話 陸上部へ、いざ行かん

 翌日。昨日の雨が嘘のようにカラッと晴れた放課後。俺は卯崎とともにグラウンドで陸上部の見学をしていた。もちろん、俺と卯崎が突然陸上部への入部を決意しただとかそんな話ではない。


「陸上部の現状を自分の目で確かめてみたいです」


 昨日の夜、卯崎から送られてきたこのメールによって、俺の陸上部見学が確定したのだ。


 現在、俺たちの目の前では陸上部の少年少女が汗を流してそれぞれの競技に取り組んでいる。あるものはハードルを跳んだり、またあるものはリレーのバトンパスの練習をしていたり。なんとも輝かしい青春の一ページである。俺は絶対やりたいとは思わないけど。


 ちなみに、今百メートル走の練習をしている桃には、今日の朝に一応知らせておいた。だからといって向こうからわざわざ話しかけてくる事も無いし、こちらから話しかけに行くような事もないが。

 昔から陸上だけに熱を上げていた幼馴染みである。練習に取り組む真剣な表情を見ていると話しかけに行くのもはばかられてしまうのだ。


 閑話休題。


 本日の見学のメインである宮本先輩と三浦先輩だが、どうやら二人は同じ種目、走り高跳びの選手らしい。したがって練習中も二人きりになる場面が多く、そのたびに仲良く談笑している姿が見受けられる。普段なら部活中にいちゃついてんじゃねえよそのツラ高跳びの棒でぶん殴ってやろうかアアン? くらいは思うのだが、よくよく観察してみるとどうやらそういう雰囲気とも違うらしい。あくまで友達として、部活の仲間として、接しているという感じがする。


 まあ、俺の個人的な見解だから、もしかしたら真実は違うのかも知れないが。


「見ててどう思う、卯崎」


 だからその辺卯崎はどう思っているのか聞いてみると、卯崎は目線を練習中の二人から動かさないままこう答えた。


「……そうですね。やはりあのお二人は陸上部の練習に身が入ってないように見受けられます」


「……お前からはそう見えるのか」


「ええ、特に宮本先輩は相当三浦先輩に惚れているようですね。三浦先輩への言動の端々から好意が透けて見えます」


「そうか? 俺にはただ普通に会話をしているようにしか見えないが」


「それは先輩の恋愛経験が乏しいからですよ。三浦先輩と話している時の宮本先輩は私に告白してくる男子と同じ目をしています」


 何気にひどい事を言ってくるなこいつ。


 それはともかくとして、卯崎の言葉を聞いて改めて二人の様子を見てみると、確かに宮本先輩の行動には時々違和感があった。

 それは三浦先輩に話しかけに行く回数だったり、他の部員と接する時との態度の違いだったり。しかしそれらも言われなければ気づけない程度で、その程度ならば練習に支障がある事は無い、と思う。部活に入った事がないから分からないが。


 ちょうど今も宮本先輩が何かを話しに三浦先輩の元へ歩いていった。……そこで、ふとある疑問が浮かぶ。


「……なあ、卯崎。俺は恋愛経験が乏しいからよく分からないんだが、三浦先輩は宮本先輩の事をどう思っていると思う?」


「……どう、と言うのは?」


「三浦先輩は宮本先輩に対して、宮本先輩が三浦先輩に向けているような好意はあると思うか?」


 俺が陸上部の練習を見学するのはこれが初めてだが、少なくとも今日見ている限りでは宮本先輩が三浦先輩に話しかけている場面は何度も見たが、三浦先輩から宮本先輩に話しかけているところは一度も目にしていなかった。

 多分、普通なら気にもとめないような小さな違和感。それが気になって、卯崎に尋ねたのだ。


「……さあ、どうなんでしょうか。今のところはあまり感じられませんが」


「なら、あの二人は両想いじゃない可能性があるって訳だ」


「それがどうしたんですか。……もし仮にそうだったとしても、あの二人のどちらかが陸上部の練習に集中できていないのだとしたら、依頼の解決するという目的は変わりません」


 そう、毅然とした態度で言い放った卯崎。なぜ、そこまでこの依頼にこだわるのか分からないが、意志は固いようだった。


 俺はため息を吐きながら再び陸上部の練習風景に目を向けた。そこでは相も変わらず宮本先輩が三浦先輩と話し込んでいて、


「……ん?」


 ……そこには後ろ姿の三浦先輩が何故か二人いた。え、なにこれドッペルゲンガー?

 思わず目を擦って、そちらの方を二度見する。やはり二人いる。


「卯崎さんや卯崎さんや。あそこに三浦先輩が二人いるような気がするのですが」


 思わず変な口調になりながら卯崎を呼ぶと、卯崎はこちらを見る事すらせずに口を開いた。


「なに言ってるんですか先輩。あそこにいるのは宮本先輩と三浦先輩、それと奥沢先輩の三人ですよ」


「は……?」


 言われて三浦ドッペルゲンガー先輩をよく見てみると、確かにそのうちの一人、わずかに背の低い方は昨日相談に来た奥沢先輩だった。二人ともショートカットだし体型も似てるしで、後ろ姿からだと区別つかないだろこれ。双子の姉妹かと見紛うほどだ。


「よく分かったな、卯崎」


「三浦先輩の身長は約165センチ。それに対して奥沢先輩は約164センチで、奥沢先輩の方が少し小さいんです」


「……はあ、さいですか」


 うん。なんかもうなんとなく分かってたけどね!


 ***


「ね、新」


 部活も終わり、いつものように桃と二人で帰り道を歩いていると、不意に桃がこちらを向いて話しかけてきた。


「ん、なんだ?」


「あのさ、今日の事なんだけど。……卯崎さんと二人で依頼のためにうちの部見学するって言ってたけど、どんな依頼だったの?」


 少し遠慮気味に聞いてきたのは、聞いて良いことなのか分からなかったからだろう。桃には卯崎の相談事絡みで陸上部にお邪魔する、としか言ってなかったからな。


 言われて少し思案する。依頼の事は秘密にしろとは言われていないし、奥沢先輩の名前を出さないように内容をぼかしながら話せば問題は無いだろう。それに、同じ陸上部の桃から話を聞くことができれば何か新しい発見があるかも知れない。


「陸上部の宮本先輩と三浦先輩っているだろ? その二人がどんな関係なのか調べて欲しいって依頼があってな」


「へー、部長と副部長の事かー。確かに最近、あの二人距離近いよねって友達とも話してたけど……」


 どうやら陸上部の間でも宮本先輩と三浦先輩の仲は認知されつつあるみたいだ。ていうか気づいてないのは俺くらいだった。恋愛経験乏しくてごめんなさいね。


「それで、桃から見て実際どう思う、あの二人。話を聞くところによるとそろそろ三年最後の大会が迫っているらしいが、練習に身が入ってないとか、あると思うか?」


「え? 全然そんな事ないと思うけど……。むしろ二人とも凄い気合い入っててさすがだなー私も頑張んないとなーって思ってるくらいだよ」


 ふむ、桃も俺と同じ意見か。

 そう考えていた俺をよそに桃が、それに、と続ける。


「さっきは二人の距離が近いって言ったけど、実際は多分部長がぐいぐいアピールしてるだけだと思う」


「……そうなのか?」


「うん。なんとなくそう思うってだけなんだけどね。逆に三浦先輩はちょっと引いてるかもって感じ?」


 自信なさげに言う桃だったが、俺はその言葉に少なからず驚いていた。俺がそれに気づけたのはある意味穿った目で二人を見ていたからだ。それをなんとなくで察する事が出来るとは……女子高生怖い。


「……ということはやっぱりあの二人は両想いじゃないって事か?」


 小さく呟き、考える。あの二人の関係について、奥沢先輩は両想いではないかと言った。そりゃあ単に奥沢先輩が勘違いしていただけの話かも知れないし、何なら俺と桃の方が間違っているという可能性だってある。


 だが、もしそうではないとしたら。あの依頼には奥沢先輩が昨日話していた以上の何かがある、ということだ。


 そして、卯崎。あいつは恐らくそれに気づいている。見学中、俺がそれを聞いたときに言葉を濁したのが何よりの証拠だ。

 それでもそれを指摘しないのは、きっと彼女があくまでもそのままの形で依頼を解決したいからのだろう。


 なら俺は、それを指摘すべきなのだろうか。卯崎桜に向かって、奥沢瞳は何かを隠していると。それを暴いて、さらけ出して、それすらも解決しろと。解決しなければいけないと。そう言うべきなのだろうか。


 言うまでも無く答えは否だ。


「ねえねえ新、アイス買っていこうよ! 半分に割るやつ! 半分あげるから!」


「それどうせ俺が金払うんだろ……。まあ安いから良いんだけど」


「やったっ!」


 だから俺は、なにも気づかないふりをして、幼馴染みにアイスを奢る。


 税込み139円だった。うん、安い。

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