陳粋華、新たな師匠を得る。

 授教じゅきょうにおける、について説け。


 陳粋華ちんすいかの答え。


 子曰く、はあくまでも、おどし抑止よくしに留めんが為のものと説く。

 を相手より先じて用いんが者は、士大夫したいふ士大婦したいふにあらず。


 羅梅鳳らばいおうの答え。


 坑子こうしは、武芸を知ること幾何いくらも、方寸ほうすんも無し、について説く資格なし。説いたこともなし。


**************************************


 「みーっ!」


  早朝、羅梅鳳らばいおうが夜間斥候に出でて帰還した。

  黒馬を宿営地のうまやに返して急いで校尉こうい帷幕いばくの幕をめくると、、、、


「うわっ!出た!」


 そこに、陽炎かげろうのような陳粋華ちんすいかが立っていた。


「なにやっての、おまえ?」


 と羅梅鳳。


「頼みがあって参りました。羅校尉殿らこういどの

「知ってるよ、御同輩さお嫁さんに行く前にコブ付きになっちゃんたんだろ。そつの連中も言ってるぜ、黒豆公主くろまめこうしゅが後宮で皇太子を作って黒豆皇后くろまめこうごうにお成りになったって」

くらいはともかく、あながち間違った情報ではありません」

「そんな責任感じないほうが良いんじゃないの?それってめっちゃ授教じゅきょうっぽいよ、"われ、日に四省しせいす"だっけ?」

「まちがっています。"五省ごせいす"です。一応、坑子様の弟子である士大婦したいふですから」 

「それにさあのガキ、実は間者かもしれないぜ」


 陳粋華の表情が突然変わった。


「無礼な、それは、はくの母である私への侮辱と受け止めます」

「母つったって、まだ会って一週間じゃん。あのガキのなにがわかんるんだよ」

「せめてハクと呼んでは頂けまいか」

「おれ、子供嫌いなんだよね、わがままだし、泣くし、すぐ黙るし、好かれようとも思ってないから。それより用向きはなんだよ、おれさ、一晩中斥候でさぁ、眠いんだけど、それにめっちゃ寒かったし、もう夜は綿入れいるわ。また北だったんだよ。あの仮設橋で切っ先向けた校佐こうさいただろう、あいつ斥候隊の幹部だったんだよ、わざとだぜ、これ」

「天網恢恢疎にして漏らさず、ですね」

「それも基本馬鹿にしてるだろう、そういった慣用句はいいから、で、御用は?」


 羅梅鳳はもう帷幕内の簡易炉に掛けたやかんのほうじ茶を飲みだした。

 すると、陳粋華が屈座くっざ(正座)し両手をついて頭を下げた。


「どうか、この陳粋華に武芸を教えて頂けまいか!」

「はぁああ??」


 流石にその日は、羅梅鳳が疲れ切っているということで後日になったが、数日後卒

達の訓練場に、二人の姿があった。

 陳粋華は大真面目。

 羅梅鳳は寒そうで面倒くさそうである。手すら裾から出していない。

 その羅梅鳳が言った。


「最初に言っとくけど、武芸ってさぁ、ぶんの一夜漬けみたいになんかの書物丸覚えしたら、効果が出るとかいう感じじゃなくて、ずーっと稽古してやっとちょこっとうまくなるとか、そういうもんなんだわ。だから、まぁ無理だってことを教えるというかね、、それと、黒豆皇后に教えて差し上げるんだから、俺のことを師匠と呼びなさい」

「それは、ちょっと無理だわ。だって、第一印象とずーっとひらだったから」

「それって、物をおそわるときの坑子様の教えに反するんじゃないの」

「他の人には出来ても、あんたは、無理だわ」

「じゃあ、頼むなっつーの」


 羅梅鳳と陳粋華が向かい合っている。その間には、禁軍きんぐんの卒や武官がもつであろう、ありとあらゆる武具が並べてある。

 短剣、長剣、ほこほこほこたてやり青龍偃月刀せいりゅうえんげつとうげきおの棍棒こんぼう、等。


「試しに、どれか、持ってみ」


 と羅梅鳳。

 いきなり、青龍偃月刀に手を伸ばす陳粋華。ぱっと足を出し封じる羅梅鳳。


「それはやめとけ、絶対無理だから」

しからば」


 嵐鬼らんき天京てんきんで扱っていたし、多くの卒の標準武具なので陳粋華は戈に手を伸ばした。大体の卒は戈を持っている。

 陳粋華は腰を据えて二本のかいなで持ち上げようとするも、L字型の刃先が二尺(60センチ)ぐらいあがったところで、ガシャーンと落としてしまった。

 

「師匠、もう一度機会を今度は、、」

「あのさ、、、なんで短剣を、、」


 投げやりな羅梅鳳の前で、しばらく時間はかかったが、なんと陳粋華、戈を持ち上げた。

 しかし、二本の腕で持っているにも関わらず、手のひらに棒を立てる曲芸のようにあっちにふらふらこっちにふらふら。

 鍛錬や見物していた卒が、おお、おおお、わーとか、言って逃げ出す始末である。


「御同輩、そんな旗みたいに持つんじゃなくて、肩に担ぐんだよ。肩、肩、肩」


 すると、陳粋華のもつ戈は羅梅鳳のほうに急激に傾きだした。陳粋華が戈を操っているというより、戈が陳粋華を操っている。 

 羅梅鳳が咄嗟に両足で後ろに飛んで避けたが、羅梅鳳の顔面すれすれ通って胡靴のつま先ぎりぎりにL字型の戈の刃が落下した。


「師匠がもうちょっと巨乳ちゃんだったら、危なかったね」


 と涼し気な顔で陳粋華。

 一転、無表情から鬼のような形相になった羅梅鳳。


「わざとでした、って言わない限り、もう教えないぞ」

「戈が言うこときかないから。もうちょっとあの仮設橋の校佐こうさみたいに恩賞なしの不名誉戦死になるところだったね」

「もう攻めは辞めよう、実は武芸って守りから入るんだよ」

「なんで、それ先に言わないの」

「わざとでした」

「あー今、バクった」


 羅梅鳳を指さして笑う、陳粋華。


「俺が木剣で攻めかかろうか?。まだ武器選んでるのかおまえは?」


 羅梅鳳の言葉に耳も傾けず、並べられた武具に興味津々の陳粋華。


「もう、短剣にしとけ。俺が木剣持つのって十歳以来だよ」


 羅梅鳳の言葉に目を細める陳粋華。


『やっぱり、こいつは、天然の"人斬り"だ、、、、(-_-;)』


 羅梅鳳は刃引きの練習用の鉄剣に比べるとやや軽い木剣の長剣をぐるんぐるん片手で回している。

 

「おまえは短剣だって、師匠が言ってるだろ」

「盾、盾、盾。だって、矛盾ほこたてっていうでしょ」

「それも、鉄で重いから、、、、」


 盾は鬼や虎の顔が掘られた表が上になって置かれていた。腕に装着するにはひっくり返すしかない。

 またもや、腰を据えて二本のかいなでどうにか持ち上げると、反対側へペタン。立てた状態にしておかないと、取っ手を持てないのでもう一回、腰を据えて二本のかいなでどうにか持ち上げ反対側へペタン。

 陳粋華は盾をペタンペタンしながら、宿営地の鍛錬場の端のほうに行ってしまった。


「これ、なんの競技なんなんだよ」


 と羅梅鳳。


「盾も無理だわ」

「取ってこいよ」

「疲れた、すぐは無理だわ」


 大きなため息を羅梅鳳がつく。

 陳粋華が今までみたことのない、悲しく落ち込んだ表情を羅梅鳳は、しばらくしていたが他の卒や武官の邪魔になるからと盾を取りに行った。羅梅鳳は軽々と片手でもってかえってくる。

 当たり前である。これで、敵の戟や矛を受けるのだ。持てなくてどうなる。

 

 気がつくと、だいぶ日が傾いている。

 羅梅鳳が急に全然喋らなくなった。

 だいぶ真剣に思案している風である。

 しばらくして、言った。


「一番、いい方法教えてやろうか」

「うん」

「明日朝一でさ、夏侯禄かこうろくさんとさ、はくだったっけ、と御同輩でさ、驢馬車で一路、南に向かうんだよ」

「ええっーここまで、来たのに」

「逆にここまで、来たから無事に帰るの。もう引き返せる限界の地点だぞ。もうさぁ、棄明きめいまで三日ぐらいの距離だぜ。最近、卒の数だいぶ増えただろ」

「うん、禁軍の制服着てない卒が特にね」

「あれさ、北陽王の謀反に加担しない汎民族はんみんぞく胡族こぞくの流民をだいぶこの北伐軍で吸収しているんだよ」

李鐸上司軍りたくじょうしぐんと、軍師尉遅維ぐんしうっちいが卒に略奪を禁じて山賊とか一揆を平定しながら進軍しているからだって、夏侯かこうさん言ってたよ」

「まぁ、それもあるけど、斥候に出しても返ってこない隊が多くてさ、胡族に襲われてもいるんだよ。十人ぐらいだと、返ってこないときが多いんだわ」

「じゃあ驢馬車一台じゃあ、あぶないじゃん」

「だから、ぎりぎりなの。でも一応正式な臨時兵部右筆なんだから、軍師殿ぐんしどのに頼めば、兵符へいふで百人隊ぐらいつけてくれるんじゃないの?」

「頼みにくいんだよね、、、尉遅維ウッチーがさ、詩作パクっての見ちゃった」

状元じょうげん(課挙に一位で登第)だっていうじゃん、もとから課挙の試験勉強そのものがパクりなんだからいいんじゃないの」


 ふたりとも、無言、太陽がもう少しで夕日になる。日が沈む西域も胡族の支配地域だ。草原が続き、岩場になり、海のような砂地になって会教徒かいきょうと(イスラム教徒)の支配する地域になり、やがて本当の小さな海があり北に行けば金髪の巨人が住む世界に成り南にいくと、肌の黒い巨人が住む世界になるという。

 貿易で来汎らいはんするまつろわぬ会人商人かいじんしょうにんが言っていた。

 というより、長壁以南にしか汎華はんかの世界はないのだ。

 はくに説明した、どこまでも広がる天とか天意とか天命とか全部作り事だ。

士大婦したいふ、陳粋華というのも、その作り物の価値観である授教で出来ているつくりものだ。


「誤魔化して終わろうかと思ってたけど、ちょっと真剣にこの短剣でいいから、持ってみ」


  羅梅鳳が言った。羅梅鳳は短剣をくるっと手のひらだけで回すと、鞘から抜いた。

  でつかを向けて陳粋華に渡した。陳粋華は抜き抜き身の短剣を持ってみた。

 両手で持つとなんとか持てた。

 

「俺めがけて、ちょっと降ってみ」


 両手だとなんとか、振れたが、振った後、すぐには短剣を返して元の位置に戻せない。

士大婦したいふとか言っても、文具四宝ぐらいしか持ったことのない人間なのだ。

 

「片手で持ってみ、短剣とはいえ剣の届く距離がめっちゃ伸びるから」


 無理だった。だらーんと切っ先が落ちてしまう。仮設橋で校佐に長剣の切っ先を片手で向けていた羅梅鳳とは大違いだ。

 同じ女性とは思えない。

 しかし前と違い、陳粋華も無理だわとは言わなかった。羅梅鳳が見兼ねて言った。


「もういい」


 と羅梅鳳、木剣で片手で保持している陳粋華の剣先をちょんと触り、切っ先を地面にまで落とした。巨大な石が落ちてきたのかというぐらいの力だった。

 師匠として羅梅鳳が困った顔をしてるかと思ったら、意外と少し笑顔だった。 

 

「攻撃は忘れよう。どうせ男連中は女だとわかるとナメて力で組み倒してくるから、あの村のときみたいに陛下から頂戴した寸刀すんとうでさせ。それより、防御に全力を割こう」

「あの嵐鬼らんきのときみたいに」

「そのとおり」


 手の長さの二倍分ぐらいの距離で羅梅鳳が陳粋華に正対して立った。


「躰の幅ってけっこうあるだろう。これが全部的になっちゃうわけ。だけどさ」


 羅梅鳳が片足を半歩後ろに引いた。躰そのものが半回転し半身になった。

 

「的は、半分ってからくり」


 陳粋華もやってみた。羅梅鳳ほど早くには半身にはなれなかったけど出来た。

 出来たということ自体がうれしかった。

 

「反対の足でもやってみ」


 これまた、出来た。さっきよりちょっと遅いけど。


「それを暇な時、ずーっとやっときな、、三日でどれくらい早くなるかしらないけど」

 

 そういうと、羅梅鳳は散らばった武具を肩にかついで返っていった。顔なじみの卒がいるのか、何人かの卒が残りの武具も手伝って運んでいった。


*************************************


陳粋華の男性レポ。


                イケメン度     在 不在



名前を知らない卒         九十二        在

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る