陳粋華、養子を得る。

 境州きょうしゅうの現在の州牧しゅうぼくからさかのぼり過去の州牧しゅうぼく四人をあざなとともに答えよ。


 陳粋華ちんすいかの答え。


 范律はんりつ、字、構忠こうちゅう

 蘇信そしん、字、叔愁しゅくしゅう

 曹夙そうしゅく、字、天供てんきょう

 耿宙けいちゅう、字、幼至ようし


 羅梅鳳らばいほうの答え。


 范律はんりつ、字、構忠こうちゅう

 蘇秦そしん、字、叔秋しゅくしゅう

 曹政そうせい、字、天共てんきょう

 李鴎りおう、字、文規ぶんき


**************************************


 李鐸上司軍りたくじょうしぐん率いる、北伐軍は、汪河おうがを無事に渡河。

 ここからは、境州きょうしゅうである。

 汪河おうがの北岸もまた、もしゃもしゃと小さく生えた藍畑あいばたけが街道の両側の地平線から地平線まで果てしなく広がる。農作業をしている農民も幾人か見える。

 中には、官軍である北伐軍に対し両手をつくどころか、五拝十五跪ごはいじゅうごきを行うものまでいる。

 しかし、南岸に比べると、藍の発育も悪く。あぜの土の色が若干薄い。

 そして、あっという間に藍畑は終わる。そして、乾燥した薄い色の大地と小さな下生えの草地に変わる。

 そして、更に育ちの悪そうな麦畑に変わる。

 大麦なのか小麦なのか、農作業をしたことのない陳粋華にはわからない。

 陳粋華を乗せた騾馬車はそんな街道を延々と進む。


「みんな、生活が苦しそうですね、夏侯かこうさん」と陳粋華ちんすいか

「はぁ、ここいらが、耕作地の限界ちゅー話ですから」


 と夏侯禄かこうろく

 農民の衣服の酷さも汪河を境に悪くなった気がする。

 空気は乾燥し雲はなく、蒼天は高い。 

 そして、大軍は二刻も歩み境州きょうしゅう北襄ほくじょうという都市にその数十万とも号する全軍が入った。


 卒もここ数日は同教どうきょうのおおきな伽藍がらんなどに宿泊出来、一刻いっとき(二時間)交代の立哨や大布だいふくるまっての野宿は避けられそうである。

 普段では、陳粋華は驢馬車の中で睡眠。御者の夏侯禄は驢馬車の下で寝ている。

 この北襄ほくじょうでは、陳粋華ちんすいかも、士大婦したいふなので武官と同じ同教の伽藍に宿舎を取ってもらった。

 必然、同じ女性である、羅梅鳳らばいおうと同じ房となる。

 卒には輜重隊や食事の仕事で女性もいるのだが、将校格の武官と卒が仲良くなるのは禁軍では徹底的に避けられている。

 総大将の李鐸や、軍師、尉遅維から渡される卒符そつふ一つで組み合わせが変わったり、死地に追いやるような命令を卒には武官は下さねばならないのである。

 それに、汪河渡河ののように校尉のような下級将校は卒と一緒に死んでやるのが仕事の場合もある。 

 

 夏侯禄も一応、士大夫なので武官の房に振り分けられたはずだが、どこの房なのかわからない。

 広い、縦横、十丈(30メートル)三十丈(90メートル)同教のお堂にいまいちはながない見てくれの悪い小さい女子二人である。寂しいどころか、ちょっと怖い。

 奥には、天井まで届くような同教の古代神、盤々古ばんばんこの坐像。

 脇には、その妻で女神の娥情がじょうに、盤々古ばんばんこの子にして、盤々古ばんばんこを殺し、地上の王位についたと言われる武兀王ぶこつおう

がともに、立像で創られている。


「俺、あんまり同教は好きじゃないんだな」と羅梅鳳らばいほう

坑子様こうしさま授教じゅきょうも嫌いでしょ」

「それが、そうでもないんだな」

「えー、それ、絶対うそだわ」

坑子様こうしさま授教じゅきょうって一応、すじ通ってんじゃん」

「ガリガリだけどね」

「おまえ、坑子様の弟子である文官の士大婦したいふが授教のことガリガリとか言ってもいいの?」

「あんたより、めっちゃ授教勉強して登第してっから大丈夫」  

「同教って胡散臭いし、大昔は盤々古ばんばんこが居たとか言って、なんか知らない間に門徒にされちゃうだろう」

「でも、盤々古ばんばんこ娥情がじょう武兀王ぶこつおうとかが、あのはじめの人の文人の前の巨人たちだったって考えたら理屈にあうって、伯文師匠はくぶんししょうが言ってたよ」

「あの爺さん、そんなこと言ってたの、もう授教もよれよれだな。このへんが世界で唯一の表意文字を扱う汎華で識字率が上がんないところなんだよな、授教って汎字はんじ習うと自動的に授教に組み込まれるじゃん」

「でも、私は小さい頃から、学問で生きようって思ってたよ。チビだし色黒だし大きな家の貰われっ子で養女だったし」

「へー、俺も見てくれ悪いし生意気だったから誰かの嫁には無理だろうって親父にめちゃめちゃ武芸教え込まれたけど」

「武芸とか、やってっから生意気なのか、と思ってた、生まれつきなの」

「らしいな。だけど、親父もお袋もめちゃめちゃ生意気つーか変わってて、むらで一家ごと除け者にされていたけど、、」


 このお互いを嫌いあい知っていたようで、お互いあまり良く知らなかったみたいだ。

 無理もない。桜の季節に知り合い今、秋を迎えているのだから。


 ふたりとも同教の一番底辺の僧侶の寝台二つに入って横になった。

 この堂の天井が高く。天井にも、同教の古神の一人、寝娥しんがが大きく少しエロチックに描かれている。寝娥しんがの汎服はスケスケですその乱れが大きい。

 同教では女性は母として子供をたくさん生むこと教義としてうたっている。


「あのさぁ、羅校尉らこういさんぁ、明日斥候に出るでしょ」と陳粋華。

「なんで、知ってんの?」

「それにあたしも臨時兵部右筆りんじひょうぶゆうひつとして付いていくから」

「なにそれ?」

「これ、兵部ひょうぶの決定事項だから」

「御同輩さんさぁ、あの汪河おうがの仮設橋でおれが切っ先向けた校佐こうさにねじ込んだだろう」

「なんで、分かんの?」

「やっぱりか」

「羅校尉殿、陳粋華の下の上策にございまする」

「だけど、斥候とはいえ、敵があってのことだからマジでどうなっても知らないよ。それよりおまえさ、馬に乗れんの?」

驢馬ろばなら、なんとか」

「じゃあ、そつと一緒に走りだわ」

「無理だわ」

「それじゃあ、俺と一緒にあの黒馬に乗馬だわ」

「もっと無理だわ」


 陳粋華が気がつくと、羅梅鳳がすーすー寝息を立てて寝ていた。


『うまく出来ているやつだわ、こいつは、、、(´・ω・`)』


「おい、起きろ、御同輩」


 羅梅鳳の声である。陳粋華はお目々しばしば。

 北襄ほくじょうの小鳥のさえずりはかまびすしい。

「いくぞ、斥候隊の本部に出頭する」


 陳粋華、羅梅鳳二人して、同教の伽藍のお堂の廊下をてくてく。

 

「言っとくけど、あの、金ピカの龍のかぶり物のかぶとはやめとけ」と羅梅鳳。

「あれ伯文はくぶんの師匠がくれたんだけど、あたしも嫌いなんだわ」

「普通に卒の兜被ってたら平気だから」


 斥候隊の本部では布に描かれた簡単な地図とたった一枚の兵符を眠そうな目をした校佐こうさから渡される。

 兵符にはじゅうと書かれている。

 これで、羅梅鳳は十人の卒を率いれることになる。

 簡単すぎて笑っちゃうが、これが汎華帝国はんかていこくが考えたシビリアンコントロールである。


 卒が待つ北襄の小さな広場に到着するまでに、羅梅鳳が言う。


「ついてないな、北向きだとよ」


 斥候に出かける向きである。北はモロに北陽王の支配地域に近づく、接敵する確率が高い。

 羅梅鳳は胸当てだけの軽装の鎧である。兜もなし。卒より軽装である。それと、いつものさやを引きずっている長剣。

 羅梅鳳は卒の戈以外の全装備を陳粋華にわたす。


「着ろ」


 陳粋華はとりあえず簡単な兜だけ被ったものの、胴の表と裏を守る卒の鎧に着方すらわからない。

 羅梅鳳の苦虫を噛み潰したような表情。

 見かねた、卒の中で一番の古株である什長じゅうちょうの、杜遂とすいが陳粋華に着せてやる。


「なんか、武器もっとけ」


 と羅梅鳳が言ったが、戈は長いし重いし、槍も長いし重いし、長剣ですら、持てそうになく陳粋華が持てそうな武器はない。


「これが、ありまする羅校尉殿」


と陳粋華がいって見せたのは、士大婦が貞操を守るための自決用の寸刀。小さな帯に挟んだ三寸(10センチ)もなさそうな短刀である。ちなみにこれは官吏登第と同時に天子様から受領する事になっている。

 これでは自分を殺せても、他人を殺せそうにない。


「一応、持っとけ」


と羅梅鳳。


「黒豆の公主様もわしらと一緒に走るんで?」


 半分失笑気味で背の高い口の悪い卒が羅梅鳳に嫌味半分で尋ねる。


「俺の馬に乗る」と無表情の羅梅鳳。


 すると、ひゅー、ひゅーと冷やかす声が卒達の間でおこる。


「それ以上、笑うと、馬の歩をいつもより早めるぞ」


 一瞬でじゅうの卒たちは黙る。武官は馬に乗り、卒はそれを走って追いかける。

 身分制は坑子様の授教の根幹である。

 しかし、羅梅鳳の黒馬に陳粋華が乗ったときにもう一言、揶揄が卒から飛んだ。

  

斬兎娘ざんとにゃんの姉御は、黒豆公主を嫁娘よめごに貰われたぞ」


 羅梅鳳は思いっきり黒馬の腹に蹴りを入れた。真北に向かう、羅梅鳳の斥候什隊じゅうたいは、急行軍である。


 哀れな麦畑か"粟立ち草あわだちそう"か分からぬところの端にその村はあった。農業用水路はきっちり浚渫されておらず、畑も荒れている。

 最初に、畦と水路の間に下手に殺したのか、分け合ったのか、捌いたのかわからない、豚の死骸があった。

 鳥と虫が死骸にたかり酷い匂いだ。


「こいつは、なんかあったらしい。降りろ御同輩。俺も降りる」


 羅梅鳳が言った。

 卒が轡をもち、黒馬の手綱を近くの樫の木の幹につなぐ。

 什隊じゅうたい全員で実りも少なく小さな哀れな麦畑に身を隠し、村のほうを見やる。

 村の名は涼小村りょうしょうむら

 村があるのは畑の先一町(100メートル)程度。

 

「本当の捜索も場所は、もう五里(2キロ)ほど向こうまでなんだけどな、仕方ない。什長、麦畑に隠れながら村の北側まで回り込めるか?それとも、向こう側には俺が行こうか?」

 

 什長の杜遂とすいが答えた。


「やれます」 


 羅梅鳳はテキパキと指揮していく。


「それより一人、北襄ほくじょうまで戻って、斥候本部に自分が見たまま俺が言ったまま報告しろ。何も付け加えなくてもいい。杜遂とすい誰が良い?」

林嗣りんじで、いいかと」

「任す。いけ」

「はっ」


 一番若い林嗣りんじ北襄ほくじょうに向かい駆けて戻った。


杜遂とすい四名連れて、村の北側に散開して布陣しろ、音だけは立てるなよ」

しょう

「伍長の、秦至しんしは、俺と一緒に南から村へ。東西に広がれ距離をとって、迫れ。御同輩は俺の近くにいろ、何を見ても何を聞いても音だけは立てるなよ。相手が十人以上なら迷わずに逃げる。俺たちの任務は斥候だ。それを忘れるな。杜遂とすい北側で配置に付いたら戈を左右に振れ、それを合図に、俺が村に突っ込む。」

「お一人で!?」伍長の、秦至しんしが驚いて尋ねた。

「そのほうが、ドタバタしなくていいだろう」

「やっぱ、斬兎娘の姉御だ」

「右筆の御同輩は、ずっとここにて待機」

しょう


 陳粋華も返事をする。

 杜遂とすいが四名連れて枯れかけの麦の束をザワザワかき分けて村を迂回して進んでいった。

 

「怖いか、御同輩?」と羅梅鳳。

「あんまし」

「無理しなくても、いいぞ、俺も怖いから」

「こんな村で、一生のんびり暮らすのって幸せなのかな?」


 と陳粋華が少し伸び上がり村を見やり言う。


「俺の生まれた村って、こんなでしたよ」


 と伍長の秦至しんしが答えた。


「しかし、近くで王侯貴族が謀反とか起こされたら、災難だな」と羅梅鳳。

「そうですね」


 秦至しんしも嫌な顔をして相槌を打つ。

 しばらくして、村の向こう側で長い戈がニョキット出るや左右に小さく振られた。


「じゃあ行ってくる。秦至しんしと他のものは村のギリギリまで麦畑に隠れながら迫ってじっとしていろ。御同輩はここでじっとしていろ」


 そう言うや、羅梅鳳は右手を長剣の柄にはあてつつ抜刀はせずに腰をかがめ村に進んでいった。腰を屈めながら進むのも羅梅鳳は早い。基本、身体能力が高いらしい。

 秦至が尋ねた。


士大婦したいふ様と、斬兎娘さんとにゃんの姉御とはどういった、お知り合いで?」

「知り合いではありません」


 と陳粋華。卒の間ではクスクス失笑がもれる。これは、他人からすれば、天京てんきんから相変わらずの爆笑ネタらしい。

 

「おーい、什隊全員出てこい、もういいぞ」


 やうやうようようあって羅梅鳳の大声が村から響いた。麦畑からボコボコと什隊の隊員の頭が生え、村に向かう。


「御同輩も、そこに居て敵にさらわれたら大変だ、こっちに来い」


 陳粋華も帯留めに挟み直した短刀片手に村に向かった。村には膝辺りまでの小さな石組みの塀がありその上に粗末な木材で組んだ柵。家畜が逃げない程度にしか役に立たない。三本の木材で門が作ってあり、そこに掛けてあったであろう"涼小邑"と書かれた看板が落ちていて、そこからものすごい小便の匂いを放っている。


「胡族がやる、いつもの手です。やっつけたって意味です」

 

 村の真ん中に井戸があって、そこが広場になっている。たくさんの家畜が死んでいる。大量の血の匂い。排泄物と血の混じった嗅いだこともないような不快な匂い。焦げ臭い。半壊し半焼し煙が出ている家屋もある。

 井戸には一体の死体が井戸に躰を突っ込んでいる。

 村の広場に羅梅鳳配下の什隊全員が集まった。


「胡族の略奪にあったんですかね?」 

「だろうな、あの麦畑では、冬は越せないだろうそれに家畜を持っていかれたんではな、、、」


 と羅梅鳳が言ったところで、陳粋華が一人が躰を突っ伏している井戸に向かっていることに気づいた。

 

「おい、御同輩。そっちはやめとけ」


 しかし、羅梅鳳の言葉は遅かった。

 陳粋華は井戸に突っ伏している死体を覗き込んでしまった。水でも飲もうとして殺されたのかと思いきや、この死体水を飲めるどころか死体の首がなかった。

 陳粋華は足はすくんだ。

 井戸は深い。まさに授教でおしえる奈落ならくに見える。もちろん井戸の釣瓶に滑車は壊されている。首は、井戸に落としたんだろうか?。

 と、陳粋華は思い井戸の向こう側ちょっと歩を進めた瞬間。

 今まで見たことないものを見た。


 生首の首塚だ。しかも男性ばかり。井戸の石組みによりかけて多数の生首が三角形のなるよう積み上げてある。

 陳粋華は首塚を見て固まっただけだった。

 しかしその首塚の頂点を見て、朝食べた粥を吐いた。

 一番年嵩と思われる、老人の頭頂部が眼孔の線できっちりすぱっと斬られ頭頂部がなかった。

 傷口は相当、色々なにかした形跡があり、痛み方が酷い。脳髄がぐちゃぐちゃになっている。


「胡族、夷狄は、賢くなると思っているのか知りませんが倒した部族の脳を食うんですよ」


 杜遂とすいがやってきて小さな声で陳粋華に言った。


「だから、やめとけって、いっただろう」

 

 羅梅鳳もやってきた。


 陳粋華は砂埃除けの三角布で口元を拭うと、続け様に尋ねた。


「婦女子が見えませんが、何処ですか?」


 陳粋華の目が座っている。


「あっちの、焦げ臭い家屋だ。だけど、もっとやめとけ」

「脳髄がまた喰われているんですか」

「まぁ、似たようなものだが、もっとむごい」

「随行の臨時兵部右筆りんじへいぶゆうひつとしては、見なければいけません」

「世の中、見なくても良いもののほうが多いよ」


 羅梅鳳が陳粋華の肩を抑えたが、ものすごい羅梅鳳にも信じられない膂力で陳粋華が羅梅鳳の手を外すと、てくてくと歩いていった。


 その家屋は土塀以外はすべて、黒く焦げていた。木製の雨戸が外から土嚢で抑えられ開かないようにされていた。

 しかし、どの木製の扉ももうすでに焼けつくされ、脆く簡単に開けられそうだった。

 陳粋華は、思い切って、外からされたかすがいを外し扉を開けた。

 強烈にして大量の魚を焼いたような人の焼けた匂いが陳粋華を襲った。

 覚悟を決めて、扉を開けたのだし、吐くまいと心に決めていたが、無理だった。

 陳粋華、うずくまり吐いた。しかしもう吐くものはなかった。胃液と嗚咽だけが出た。涙のほうが多く流れた。煙のせいとは思えなかった。

 この家に女性と子供は押し込められて、出口を塞がられると火を点けられたらしい。

 焼け焦げた形だけで、どうにか人の死体であり性別と子供だとわかる。

 どれももがき苦しんで死んだことが焦げた死体の形から分かる。

 

「火はむごい死をもたらします」


 杜遂とすいが言った。 

 陳粋華は胸で手を握り屈んだままだった。


『このようなことが、盤々古ばんばんこが開き、坑子様こうしさまが人倫を説き、天子様が治める汎華はんかの世界で行われていいのだろうか、、、、』


 そのとき、女子供が焼かれた家とは違う方角から子供の叫び声が聴こえた。


「ぎゃあああああ」


 泥まみれの三つ四つの子供がふらふらと広場に現れてきた。


「敵襲、即応!」


 羅梅鳳が指示を出す。しかし、どの卒たちよりも陳粋華が先にその子供に駆け寄った。

 しかし、その子供の後ろには特に下半身の衣服の乱れた幽鬼のような女性が幅広の汎華包丁を持って現れた。その女の足の付根にはべっとり白いものが大量についていた。

 その幽鬼のような女の目は普通ではなかった。


シャー、この人喰いの北狄鬼ほくてききーっ」


 陳粋華はその子を胸で抱きしめ、守った。

 幽鬼のような女は、その子供を抱きしめる陳粋華ごと据え切りにしようと振りかぶった。

 包丁で斬られると思った刹那せつな、陳粋華は帯留めに挟んでいた、寸刀を抜くや、片手で女の包丁を持つ手をどうにか止め、寸刀でまさに胸先三寸の心臓を突いた。

 そこへ、抜刀し一番で駆けつけた、羅梅鳳が長剣でその女を一刀のもと切り捨てた。

 女は陳粋華の寸刀が胸を貫いたまま、倒れていた。

 羅梅鳳が、切った女の頭を持ち上げ顔を確認した。


「一応、汎人はんじんだな、隠れていたか、もてあそばれていて助かったか?」


 そう言って、陳粋華の女に刺さったままの血まみれの寸刀を抜いて血まみれのまま陳粋華に渡してやった。


「まだ、っていうか、これからのほうがいるだろう」

 

 陳粋華はしばらく思いっきり子供を抱きしめていて惚けたようになっていた。

 血まみれの自身の寸刀を見せられて我に返った。


「良い腕だな下手な卒より手練れだ。最初の殺しか?あんまり考えないことだな、今のは完全にやらなければ、御同輩が死んでいたよ」

「授教では、相手から何かを奪うことは禁じられています」

「ほう、じゃあ、同じ士大夫の武官や卒はどうなる、非人鬼ひとにあらずおにか?すきに考えろ、あんまり悩むとお前が斬った女みたいになるぞ、人殺しなんて考えないことが肝要だな、毎日毎月ありとあらゆる場所で人は意味もなく殺され死んでいる。坑子様がそれを許して黙って見ているいる問題のほうが悩む価値ありだ」


 しばらく、子供抱きすくめ抱えている屈んでいる陳粋華と羅梅鳳の間で、沈黙の時が流れたが、陳粋華が言った。


「この子の母親を私は殺しました。この子を私、陳粋華の養子と今よりいたします」

「はぁ?」


 と今日、一番の驚きといった感じの羅梅鳳。


「おまえ、マジで言っての?、この先、どんどん戦場に近づくんだぞ、こんな戦災孤児一人づつ拾っていたら、棄明きめいにつくころには、陳家ちんけの子供の国の王朝が出来ちまうよ」

「それも、坑子様が説かれる授教の道でしょう」

「ミチ!?、それと、よくそのクソ臭いガキの衣服や手首を見ろ、衣服は上着は綿入れの胡服だし、デコの入れ墨は北狷ほっけんの魔除けの入れ墨だ。このガキは胡族なんだよ」

「壁南にまつろわぬ胡族が我ら汎人と同じように住みが授教を信奉していることは羅校尉もご存知でしょう」

「このガキを連れ帰ってこいつの飯はどうなる?」

「私の糧食を分け与えます」

「ほう、十万分の一ならごまかせるだろう、だけど、お前は胡族をガキにしていいとして、このガキは入れ墨までして胡族だと宣伝しながら、汎人の中で生きるんだぞ。お前がこのガキに過酷な生を与える権利はない」

「待って下さい、士大婦のお二人方こんな胡族のガキ一人でお揉めになることなってありませんよ」


 杜遂とすいが割ってはいった。


「どけ、陳粋華、おれが、このガキに最低の情けをかけてやろう。一番苦しまない死に方で斬るすてる。」

「この子を斬るなら亜母あもである、この陳粋華を先にお斬り」

「アモ!?っ。段々マジでイライラしてきた、どけっこの腐授ふじゅ(授教者に対する侮蔑語)お前も一緒に刺し身にしてやる

「やめて下さい、斬兎娘の姉御」

「あんなたくさん、村人が殺されてるんだ、一人ぐらい助けても」


 卒にしてみれば、士大婦の二人より、この子供や惨殺された村人のほうが身分は近く感情移入しやすいはずだ。

 什隊全員が陳粋華とその子の二人の前に立ち塞がった。


「これは、校尉に対する重大な抗命だ。全員帰隊すると正式に報告するぞ、お前も、臨時兵部右筆陳粋華」 


「羅校尉殿、罰は全員で受けますよ」


 歳は羅梅鳳の父親ほどもある什長の杜遂とすいが言った。

 これで、勝負あった。

 羅梅鳳も抜いたままだった剣を下げた。

 羅梅鳳は、つかつかと大股で陳粋華と子供のところへやってくると、言った。


「過酷な生は一番辛いぞ。その歳でわかってんのか御同輩!」

「光り輝く栄光の生になるかもしれませんよ、羅校尉殿」


 陳粋華の言葉は羅梅鳳より小さかったが、強かった。


「ふん、面白くない。俺は馬で予定どうり北にもう十里4キロ先まで斥候に出る。お前らは、纏まって帰隊しろ、そして見たまま、おれが言ったまま報告しろ、 

ガキについては好きにしろ、俺は知らん」 



*************************************


陳粋華の男性レポ。


                イケメン度     在 不在



杜遂とすい          四十七        不在

 

秦至しんし          五十八         在


林嗣りんじ          八十二          在

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