第二十一章 敵の素顔に迫る

 ナッティーがモンスターに捕まっていた時の状態を話した。

 幽霊だから痛みはないのだが、瘴気みたいなのにあてられて、ずっと意識を失っていたようだ。深層意識は眠っていなかったので、意識を取り戻そうと必死でもがいていたが、まるで『金縛り』にあったように、身体がピクリとも動かなかったらしい。


「幽霊が? それって可笑しくなぁい」

「もう、生きた心地がしなかったわよ」

 首をすくめ顔をしかめて、ナッティーが答えた。

「えっ? もう死んでるのに……」

「んもぅ、うっさい!」

 いつものジョークで笑い合って、僕らは戦いの前の緊張をほぐそうとしていた。


「おまえら、余裕こいてる場合かよ!」

 いきなり、二次元の壁に声が轟いた。

「なんだぁー!?」

 僕らは声の在りかを探してキョロキョロと見まわす。すると黒づくめの衣装を着た魔術師がすぐ側に立っていた。

「おまえは……」

「あぁー! よくもあんな目に合わせたわね!」

 ナッティーが怒りを込めて叫んだ。

「おまえがヘボ過ぎるんだ。バカめ!」

「今度は負けないわよっ!」

 バズーカ砲を敵に向けた。

「あははっ、ホントにバカな女だ。そんなモノが俺に効くかよ」

 奴のレベルを見て、僕らは目を剥いた。なんと、レベル2000以上もあるのだ。とても、このゲームの常識では考えられない数値だった――。

 いったいどんなチート技を使えば、こんなレベル上げができるんだよ!?


「――誰なんだ、君は?」

 秋生が敵の前に歩み出た。

「おや? 雑魚ざこが一匹増えているじゃあないか」

「なぜ君は僕に対して危害を与えようとするんだ? 理由を教えて欲しい」

 不思議な光景だ。秋生が自分自身のアバターに話かけている。

「理由? そんなもんあるかよ! おまえが気に入らないだけさ」

「……君は、……そのオーラは以前に感じたことがある。――黒いオーラの中に、微かに流れている薄紫色の波動は……誰だろう? 懐かしい感じがする」

 何かを探るように凝視している。

「深野さん! 君は深野さんだね!?」

 魔術師と対峙していた秋生が突然叫んだ。

「――――なっ!」

「ええぇ―――!!」

 ――まさか、あの深野さんなのか? 

 秋生のお葬式や火葬場まで一緒にきてくれていたし、マンションの自殺現場でも会った、文芸部では創作仲間だった、あの深野さんって……そんなの嘘だろう?

 真犯人がこんな身近にいたなんて……。


「村井、おまえ幽霊になったせいで感が良くなったなあ。今頃、気が付いても遅いぜぇ」

「深野さん、あんたが3ちゃんネルの書き込みや、いたずらメールを送っていた犯人なのか?」

「――そうさ」

「どうして……?」

「それだけじゃあない。のべるリストの創作者たちを扇動して『村井秋生』叩きをさせたのも俺さ。あいつら利口そうな振りしているが、単純な奴らで、俺がほうぼうのコミュニティで村井の悪口を書いて回ったら、すぐに賛同しだして、ひとりだと叩けないもんだから――ダーティなリーダーが現れたら、勢いづいて『俺も、俺も……』で言いたい放題さ。しょせん、主義主張なんてないんだ。あいつらは人気や才能のある奴をただ叩きたいだけさ!」

『便所のラクガキ』だと、3ちゃんネルを評した言葉があるが、あながちその言葉を否定することはできない。

 秋生の件で、いろんな3ちゃんネルの文学系スレを読んで回ったが、どこも酷いものだった――。文学の批評ではなく、単に相手の作品や人格をこけ降ろしているだけの、非常に低次元の話を馴れ合いたちとやっている。そこには創作者としての品格は微塵なく、単なる野次馬たちでしかなかった。

 彼らは、なまじ言葉を知っているだけに、辛辣・悪辣・非道な書き込みばかりで、こんな風に顔も知らない人間を生贄にして、血祭りにあげられる人間性というのは『秋葉原の通り魔殺人』の犯人の心理と通じるものがあるとさえ思った――。


「――もしかして、僕のホームページから作品を盗んだのも深野さん、あんたか!?」

「そうだ、俺だよ」

「どうやって、そんなことができる? 何度パスワードを変更してもパス抜きをされたし、保存場所を変えても簡単に見つかった」

「それは俺のパソコンが優秀だからさ!」

「パソコンが……?」

「俺はもらったんだ! 凄い霊力を持っているモンスターに――。ある日、パソコンをやっていたら、不思議なバナーが出ていた『あなたの才能を伸ばしましょう! 将来は一流作家の仲間入り!』そう書かれていた。最初はこんなバナー無視していたし、何だよ、これ嘘くさい。って、クリックなんかしなかった」

「……普通はそうだろう」

「村井、おまえと一緒にラノベの公募に送ったことがあったよな? おまえは入賞して出版社からオファーがきたって言ってたよな?」

「あれは断わったよ。もっと投稿サイトで小説の勉強がしたいから……」

「なんでそんな勿体ないことをするんだ! 自分には才能があるからチャンスなんていくらでもあるとでも思ってんのかっ!?」

「違う! そんな風には思ってないよ」

「将来は小説家になることが夢だった。……なのに俺が書いた小説は一次選考さえ通過できなかったんだ。悔しかった! おまえとの才能の差を思い知らされて、俺は落ち込んでいた。そんな時だった『才能を伸ばす』というバナーの文字に魅入られてしまったのは……」

 イヒイヒッと不気味な声で深野が笑った。それは完全に魂を乗っ取られた脱け殻の声だった。

「そして……あのバナーをついにクリックしたのだ!」

 僕らはその先の話が聞きたくて、思わずゴクリと生唾を飲んだ。



   ※ ラノベ=ライトノベルの意味。ライトノベルの定義に関しては

    様々な説があり明確にはなっていない。

    簡単に説明して、表紙や挿絵にイラストを多用している若年層向けの

    小説とするものである。

    作家側の定義として「中学生~高校生をターゲットにした読みやすく

    書かれた娯楽小説」である。


「そのバナーを開くと、こう書いてあった『選ばれたあなたにだけ、このバナーは表示されています』次へをクリックしたら、黒いボディのノートパソコンの画像があって『このパソコンを無料でお届けします』と書いてあった。俺は思わず『受け取る』をクリックしてしまった。あくる朝、目を覚ましたら俺の机の上に、その黒いパソコンが置かれていたのだ」

 バナーをクリックした翌朝にはパソコンが届いているなんて、どう考えても不自然ではないか。なにか、不思議な力が働いているとしか思えない。

 そして、深野はしゃべり続ける。

「俺は興味を覚えて、その黒いパソコンを起動させてしまった。すると、すぐに立ち上がりパソコンの中から男の声が聴こえてきた『このパソコンは二次元と三次元を繋いでいます。あなたはネットの世界に入り込んで自由に望み通りのことができます。さあ、試してみなさい!』そうパソコンの声が俺に話しかけてきたのだ。

 最初は信じられなくて躊躇ちゅうちょしていたら、いきなりパソコンの中から手が出てきて俺は二次元の世界に引っ張り込まれたんだ。そしたら、いろんな奴のパソコンの中身が見れるじゃないか。村井のホームページを覗けて俺は面白くなってきた」

「ダメよ! その黒いパソコンには悪霊が憑いているわ」

 ナッティーが叫んだ。


「俺は構わないさ、才能のある奴の小説をパクって俺が有名になるんだ」

「深野さん、人の作品を盗んで有名になっても、そんなの虚しいだけだろう?」

 作品を盗用された秋生がムッとして言い返した。

「俺は自分の才能に見切りをつけていた。村井の書く文章は宝石のように輝いているのに、俺の文章はただの石ころでしかない。努力したって天性の才能には絶対に勝てない! おまえの才能が心底妬ましい」

「深野さん……」

「死ねばいいと思うほど憎らしかった!」

 深野の背中からどす黒いオーラが蛇のように鎌首をもたげた。

 なんとも怖ろしい嫉妬のオーラである。人間の感情の中でもっともどろどろした情念が、この『嫉妬』だろう。怒りや憎しみといった負の感情の中で『嫉妬』には愛情にも似た強い執着心が存在する。

 ――それは単なる憎しみよりも、ずっと厄介な代物やっかいなしろものだ。


「深野さん、そんなの嘘だろう? あんたは秋生のお葬式にも来てくれたし、火葬場ではあんたも泣いていたじゃないか? 秋生の自殺現場では会った時も悲しそうだった」

 こんな酷いことをやっていたなんて、僕には信じられなかった。

「火葬場で俺が泣いていた? おまえはアホか、後ろ向いて肩を震わせていたのはなぁー、骨だけになった村井の遺体が滑稽で、俺は笑っていたんだ!」

 そう言うと、あははっと嗤った。

「な、なんだと!?」

 その言葉に、僕の怒りが沸騰点に達しそうになった。

「自殺現場を見に行ったのは、微かに村井の波動を感じるのであそこで自縛霊になっているかどうか確かめに行ったんだ。――そしたら、村井はいなかったのでオカシイと思ったら、いつの間にかネットの世界に入り込んでいたのさ」

「深野さん、こんなことはもう止めろ! これ以上、誹謗・中傷で人の命を奪ってはいけない! 僕と同じ犠牲者をこれ以上は増やさせないぞっ!」

 いつも大人しい秋生が、いつになく激しい口調で言った。

「ごちゃごちゃうるせい!」

 いきなり魔法の杖を振り上げて、深野は呪文を唱えだした。

 もの凄い霊力に二次元の壁は軋み、疾風が舞う、真っ黒なオーラが周りの色を奪っていく、その中で深野の身体が見る見る巨大化していった。


「おまえら、捻り潰してやる!」

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