第十一章 二次元に導かれて

 あれから、動きがないままに数日が過ぎていった。

 3ちゃんネルの掲示板を見にいったら、いつの間にか消えてしまっていた。秋生が死んだので、これ以上は叩いても意味がないので消したのだろうか。しかし不思議だ、あのサイトでは〔不適切〕な書き込みの削除だってほとんどやってくれないし、仮に掲示板を移動させたとしても掲示板自体が無くなることもないのに……お気に入りに入れていたURLから探しても、どこにも見つからなくなった。――掲示板ごと、きれいに消えてしまっている。


 ナッティーは『のべるリスト』を見張っているようだ。毎日、偽者の『村井秋生』は小説を更新しているが、パソコンの瘴気が怖くて近づけないでいる。

 おかしなことに秋生のホームページのパスワードを何度変更しても……作品は転載され続けているのだ。

 この見えない敵に、僕らは討つ術もなく、やりたい放題にされていた――。


 そんな、ある日、パソコンの画面の向こうでナッティーが興奮した声で話しかけてきた。

「ツバサくん、大変よ!」

「どうしたんだい? ナッティー」

 パソコンが起動すると同時にナッティーの声が飛び込んできたので僕は驚いた。僕らはパソコンを介さないとコミュニケーションが取れないからだ。

「偽者の秋生くんがゲームの世界にも現れたのよ」

「えっ! また偽者が現れたの? それもゲームって……」

「前から、秋生くんとナッティーでやっているゲームなんだけど……そこに秋生くんのキャラを使ってプレイしている人がいるんだよ」

「ナッティーのいるSNS、そこで秋生のアカウントが勝手に使われているのか?」

「そうよ。絶対に許せないわ! 秋生くんが育てたキャラを勝手に使っているなんて、最低よっ!」

 なんて奴だ! 小説の盗用だけでは飽き足らず、秋生のゲームのキャラまで勝手に使っているなんて……とんでもない厚顔無恥な奴だ。――僕は怒りを通り過ぎて呆れ返ってしまった。

「ねぇ、ツバサくんもきて!」

「うん。今からゲームサイトに入って見てみるよ」

「違うの。一緒にゲームの世界にきて欲しい」

「……えっ?」

「ナッティーのいる二次元の世界へ、ツバサくんもおいでよ」

「――まさか!? そんなことができるのか……?」

「一度だけ、秋生くんともやったことがあるのよ。ナッティーに任せておいて」

 秋生はナッティーのいる二次元の世界を覗いたことがあるのか。その事実に驚いた――。

「秋生くんにはパソコンをやっている最中に寝落ちして、夢をみていたのだと説明したら、それで納得してくれたけどね」

 うふふっと、ナッティーがイタズラっ子のように笑った。

「そうか、じゃあナッティーがネット幽霊だってことを秋生は知らなかったんだ」

「もちろん内緒にしていたわよ」

「バレたら殺されるぞぉー」

「もう死んでいるからヘーキですぅ~」

 あははっと、久しぶりにふたりで笑った。


「ツバサくん! いくわよ」

「よっしゃー!」

「ナッティーの掌(てのひら)に、ツバサくんの掌を合わせて」

 そう言うと僕のパソコンの画面いっぱいに、ナッティーの物と思われる二次元のてのひらがニョキと二つ現れた。

「これに両方の掌を合わせるんだな?」

「そうよ! 心を『無』にして導かれるままにこちら側へきて」

「うん」

 パソコン画面のナッティーの掌に僕の掌を合わせると、心を『無』にして静かに目を瞑った。

 パソコンの中から微かな波動のようなものを感じる。段々と合わせた掌が熱くなってきた、向こう側から僕の掌を引っ張るような感覚に襲われた。「ああっ!?」と叫んだ瞬間、ぼくの身体は強烈な吸引力でスルリと画面の中を通り抜けていった!


「ツバサくん、大丈夫?」

 ナッティーの声が耳元で聴こえる。しばし僕は意識を失っていたようだ。

「ああ、ナッティーここは……」

 目を開けると、広い空間にいろんな絵が描かれていた、チカチカ点滅する文字やら、ピコピコというゲームの機械音や楽しげな音楽も聴こえてくる。ここが二次元の世界なのか? 


 高さの無い世界、平面の世界を二次元空間と呼ぶから、アニメのような絵に描いたものや、多分3DやSNSの世界も二次元なのかも知れない。ここはナッティーがいるSNS、アバターのナッティーは二次元だ。

 ――そして僕もアバターになっていた。

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