2章10話
目の前に広がるのは荒野。所々に申しわけ程度の低木が生えているだけで、身を隠すことのできる巨木などは見当たりません。ひび割れた大地とカサカサ転がる枯れ草の玉は、まるで西部劇の舞台を思い起こさせます。
一階層は湿地帯だけで構成されている空間でしたが、この六階層は荒野の先にお城らしき建物が見受けられます。塔の中にお城があるなんて、外観から想像できる広さとは大きくかけ離れています。今更ですがこの迷宮を造った方たちは何を考えておられたのでしょうか。
「コルネットさんがいるのは、あのお城かしら」
「荒野に人影はゼロだし多分そうだろうな。とりま【覇気】っ」
「だったらもうひと踏ん張りね、急ぎましょう」
「それは無理だ。急がせてくれそうもないぜ――っと」
翔くんが無造作に振ったバールは抱き枕のような何かに直撃しました。それは勢いよく転げましたが、次の瞬間には起き上がりこちらを威嚇してきました。
「ふしゃーっ」
荷台にいた黒助も危険を察知したのか、地面に飛び降り敵を威嚇し返しています。逃げずに立ち向かう意思を見せるなんて、小さいのに勇気がありますね。
「厄介だな。さすがにこの階層だと【覇気】は効かねーか」
「一体どこから現れたのかしら。私には分からなかったわ」
「大地のひび割れ」
太い蛇のような体に短い手足を持ったその生き物は、ポタポタと口元から緑色の液体を垂らして威嚇を続け、ジリジリと間合いを詰めてきます。
「チッ。【薄闇に蠢く毒龍蛇】って、あからさまに毒持ちアピールした名前だな」
毒龍蛇はシャクトリムシよろしく体を曲げたかと思うと、次の瞬間には猛烈な勢いで飛びかかってきました。バールで何とか受け止めたものの、僅かに反応の遅れた翔くんは手首に少し噛みつきをもらってしまいます。
「アッタマきた! 貴様はっ、ここでっ、俺がっ、ぶっ潰してやるっ」
短い言葉を吐き出しながら連撃を加える翔くん。バールは鉄の塊なので相当重いはずなのですが、彼はそれを発泡スチロールでも扱うかのように振るっています。れべるあっぷとやらで能力の上がった恩恵でしょうか。上下左右から休む間もなく繰り出される攻撃は毒龍蛇の体を徐々に傷つけ、終いには幾つかの肉塊に変えてしまいました。階下ほどではないですが、この階層でも立ち回れるくらい翔くんの能力は高いようです。
「はあーっ、はあーっ、ざまあみろ」
「翔くん怪我をしているわ。すぐに魔法で治療するわね」
「はあーっ、魔法より麦茶を。毒が回って目が霞んできた……」
それは大変です! バールを杖に膝立ちながら、肩で息をしている彼に駆け寄り麦茶を渡します。
「さあ、早く飲んで!」
「んぐんぐ……ぷはーっ、やっぱ凄いなこれ。一発で毒が抜けたぜ」
「良かったわ。翔くん、あまり無茶はしないでね」
翔くんを毒で冒すなんて、あの毒龍蛇とかいう魔物は許せません。今度出会ったらヤカンで思いっきりひっぱたいてやります。
「耐性系にポイントを使うのは勿体ないが、ここじゃそうも言ってられなそうだ」
空間を指で弾き、翔くんは何かを操作し始めました。私には分かりませんがこれも彼の能力なのでしょう。まるで定食屋さんの発券機を悪戯に押す真似をしている風に見えます。
「よし完了。今のポイントだとこれしか取れなかったぜ」
「一体何をしていたのかしら」
「聞いて驚くなよ、状態異常を無効化するスキルを手に入れたんだ」
「まあ! そんことができるのね」
「ふふっ、驚くなって言ったじゃねーか。でも使い勝手がイマイチなんだ」
彼が新たに習得したのは【キャンセル】という名称の能力でした。現在罹っている毒などの異常を取り除き、一定時間状態異常にならなくなる能力らしいです。何の下積みもなく能力を手に入れられるなんて翔くんは超人のようですね。私は心から絶賛したのですが、彼自身はこの能力に不満があるようでした。
「これは待ちのスキルだからな。もし石化や錯乱になったら使えないと思う」
自分の意思ではどうにもならない事態まで冷静に想定するなんて、翔くんはやはり賢いですね。彼の親御さんにしてみれば、きっと自慢の息子だっただろうと感じます。
「ともあれ、とりま使ってみるか。【キャンセル】っ」
外見からは何も変わったようには見えません。
「あれ、なんだ……この感じは……いや、そうか……そういうことなのか……」
しかし翔くんには効果が発揮されたようで、ブツブツ言いながら何か考えこんでしまいました。やがて顔を上げた彼は、唐突におかしなことを口走ったのです。
「よし、相田さん帰ろう」
「えっ、コルネットさんを助けに行くのでしょう?」
ここまで来た目的が目と鼻の先にある現状で、もっとも相応しくない言葉です。もしかして彼が使った能力に不具合でも起きているのでしょうか。私も少し無頓着になっていましたが、回復の力にせよ翔くんの状態異常解除能力にせよ前世では理解も及ばない超常の力です。何か人知を超えた副作用があっても不思議ではなく、そのことをもっと真剣に考えるべきでした。
「そもそもそれが間違いだったんだ」
「人助けに間違いなんてないわ」
「そう言われるとそうなんだが……まあ、助けてやるか」
何とか正気に戻ってくれましたね。彼の身に起こった副作用が強いものではなくて、本当に良かったと思います。
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