第27話 エピローグ(3)


 校舎の中は白大理石で作られて、王家の支援で設立された経緯にふさわしい威容を誇っていた。


 武術の学校だけあって装飾は控えめだが、それでも白い壁には金で蔦が彩られている。洗練された内装の廊下を歩き、俺は辿りついた一番奥の扉を静かに叩いた。


「失礼します。リトム・ガゼットです。呼び出しをいただいたと伺い参りました」


 丁寧に声をかけると、中から一拍の間があって


「入りなさい」


と返ってきた。


 それに扉を押し開くと、重厚なそれは軋む音もたてずに静かに開く。大きな樫の一枚板で作られた扉には、剣と盾の絵が掘り込まれ、俺が押すのと同時に内側に動いていく。


「学長先生、お話があると伺いました」


 俺の声に、白い髭が印象的な学長は奥の机に座りながら、入ってきた俺を見つめた。年のせいで頭頂部だけ禿げ上がっているが、側頭部から伸びた茶灰色の髪に包まれた体は、年老いた今でも往年の活躍を忍ばせるほど見事に引き締まっている。


 けれど、いつも穏やかな笑みを湛えている学長の顔は、入ってきた俺に少し困惑したように持上げられた。


 近づき、ことんと学長の机に瓶を差し出す。中は、マームの迷宮で手に入れた回復薬だ。赤い柔らかな石は、封をした瓶の中できらきらと輝きながら、学長の机の上で光彩を放っている。


「出された課題を終えました。マームの迷宮、攻略の証拠です」


 言葉で告げるのと同時に、赤い欠片の入った瓶を前に押し出した。


「おおっ……!」


 学長は、目を大きく見開いて、俺が出した瓶を手の中に持ち上げている。


「よくやったな。あそこは今まで攻略した者の話では、一筋縄ではいかないということだったが」


「はい、一筋縄ではいきませんでした」


  間違いなく。


「どんなところだった?」


「はい。簡潔にわかりやすく申せば、変態の快楽の砦です」


「そ、そうか。どうやら、相当大変だったようじゃのう」


「いえ、憂さ晴らしに最適なのは間違いありません。ただこれ以上、生徒をあの変態の毒牙にかけるのは、あまりお勧めしたくありません」


「そ、そうか。なんで攻略した奴はみんな同じことをいうのじゃろうなあ」


 ――ほかからも言われているのなら、課題候補から外せ!


 心の中で盛大に悪態をつくが、学長は渡された瓶を持上げて、中身を確認するように光にかざしている。


 そして、片目を閉じて色と質感を確かめると、もう一度机に置いた。


「うむ、間違いなく本物のようじゃ」


 コトンと軽い音がする。


「本来なら、五つ星迷宮の攻略完了で、リトム、お前の落第はなくなり上級剣士の称号を与えることができるはずなのじゃが、今回は異議申し立てがされていてのう」


「異議申し立て!?」


 ばんと俺は学長の机に両手をついた。


「何でです!? 俺はきちんと出された課題をこなして、その証拠も持ち帰った! 俺を進級させない理由はないはずです!」


「う、うむ。そうなのじゃが――」


 困ったように、学長は長い髭を手で撫でる。


「実は、同じ迷宮を攻略したサリフォンから、お前の迷宮での行為に対して、騎士道違反の申し立てがされているんじゃ」


「騎士道違反!?」


  そんなことをした覚えはない!


 いや、もちろん守る気もなかったが。著しい失点となるほど卑劣な方法を使った覚えはない!


 むしろ使えたら万歳だったのに、とは心の隠した叫びだ。


 けれど、その目を見開いている俺の顔を、学長は机に座ったまま見上げた。


「ほれ、覚えはないか? 最後の迷宮主のしもべとの戦いで、サリフォンによると、お前が相手との戦闘中に蹴って邪魔をしたということなんじゃが――」


 ――あれか!


 確かに、サリフォンに邪魔だと言われて腹がたったから、しもべから助けるふりをしてついでに派手に蹴ってやった。いや、邪魔者扱いされたから、し返してやりたかっただけなのだが!


 けれど俺の顔色が変わったのに、学長は気がついたらしい。


「証拠だという足の蹴られた痕も見せられた。どうかね? リトム・ガゼット」


 ぐっと手を握り締める。


「あれは――あいつが敵に襲われそうになっていたから……」


「助けた? それを証明できる者はいるかね?」


 はっと俺は顔をあげた。


「いる! います!」


 あの一部始終をアーシャルは見ていたじゃないか!


 だけど、俺の言葉に学長は机で指を組み合わせた。


「相手にも、サリフォンのおつきの者が証言すると言っている。つまり主張が全く分かれたということだ」


 ――あいつ!


 あそこで見捨ててやればよかった!


 いや、そりゃあ助けようとしたわけじゃないけれど!


「では」


 拳を握り締めている俺を、陽を背にしたまま座った学長は見つめた。


「騎士を養成する我が校の本来の形に則り、お互いの正義が分かれた時は、決闘で決着をつけることにする」


「つまり――」


「丁度、お前たちは、どちらも来年の白銀騎士団の推薦に名前が挙がっている生徒だ。これで推薦の話もどちらにするか決めやすい。リトム、お前が勝てば上級剣士の称号と進級。そしてサリフォンが勝てば、お前は残念ながら今年は失格じゃ。もったいないが、もう一年この学校で学ぶのも悪くはなかろう」


 ――ふざけるな!


 落第すれば、学校をやめろ――サリフォンの薄笑いと、あの日の約束が戻ってくるような気がして、俺はこみあげてくる怒りに爪を拳に食い込ませた。


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