第7話野菜包丁

ゲスト:おぇっ――何、いまの?


ゲスト:OH! 手品きたぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。


ゲスト:本当にさっきまで入ってなかったバッグに、包丁とおにぎりが湧いた。


ゲスト:生放送って事を鑑みれば、今の現象を説明するのは難しいな。


ゲスト:これ動画だったら編集でごまかせるけど、さすがに生では信じるに値する。


ゲスト:これでお昼にありつけるね。タケちゃん。


ゲスト:でもこの包丁って――。


 ふふふっ、驚いてる、驚いてるな。

 カメラで映しながら、バッグを見ていた俺でさえ信じられん。

 俺がイエスを押した瞬間に、ポイント残高は九千六百に切り替わった。で、ソーラーパネルとタオル、スマホが入ってたバッグに包丁とおにぎりが四個現れた。

 こんな事は手品師でなければ不可能だろうな。偏屈な見方をすれば、手品と一蹴する事も可能な訳だが。あいにくと俺はそこまで器用ではない。


「イエェェェェーイ。どうだ、俺の言ってる事が、真実だって分かってくれたかい」


ゲスト:あぁ。そんなにはしゃがなくても、さっきのスライムで信じてるっつーの。


ゲスト:タケちゃん、よっぽどさっきのが悔しかったんだね。分かる、分かるよぉ。


ゲスト:誤解がとけて良かったじゃん。


ゲスト:でもさ、その包丁で、どうやって戦うの?


ゲスト:私も同じこと思った。タケちゃん、お姉さんもその包丁は家庭科でしか使ったことはないわよ。というか、野菜包丁って……。


ゲスト:これ狙ったんだとしたら、おもしれぇ。面白すぎ。


ゲスト:これなら剣の方がマシじゃねぇ?


 俺は、バッグの中に、おにぎりと包丁が湧いたことで浮かれてた。気を良くして確認しなかったのだが、バッグに入っているのは紛れもない。


 ――土岐長政作。よく切れる野菜包丁だった。


 刃渡り百六十五ミリ、先は当然、断崖絶壁。簡単に形を説明すれば、長方形だ。間合いは当然短く、刺せない。犯罪で使用される可能性が最も低い包丁だ。


 ぬおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーー。


 まさか包丁はランダムなのか、普通、包丁っていえば、ナイフの巨大にしたヤツだろうよ。最低でも刃渡り二百ミリ以上のものじゃないのかよ。

 バトルに使う用途を考えれば、牛刀の刃渡り二百七十ミリとかだろうよ。こんな刺せない包丁なら、まだ出刃包丁の方がマシだったぞ。


 理不尽な景品に、ぷるぷると怒りに震える。あっ、そうだ。クーリングオフだ。 俺は返品しようとWooTobe公式を開き、クレーマーのごとく運営に交換依頼を申し出る。よし、これで刃先の尖ったものと交換してくれるだろう。


 おっ、すぐに返信がきた。が――。


『長田武郎様、まことに残念ではございますが、一度送付されたアイテムの返品、及び交換は致しかねます。届いたアイテムをご愛用くださいますよう、お願い申し上げます』


 はぁ、野菜包丁を愛用しろって、冗談だよね?

 確かに、よく切れそうな包丁だよ。でも、野菜包丁って上から押して切るんだよね? まぁ、刃物だから引いても切れるけど。

 ゴブリンの首がそれで切れると思ってんの?

 あっ、でも、夕焼けにむせび泣く頃に。では、鉈で殺しまくってたな。

 使いようによっては可能なのか。でもどうやって?

 俺に、イナちゃんになれと? マジ?


 俺が妄想の世界に浸っている間にも、リスナーのレスは流れていく。


ゲスト:確かに野菜包丁で戦闘はリスキーだけどさ、切れ味は世界一なんだろ? なら刃こぼれするまでは使えば良いんじゃね?


ゲスト:牛刀とかよりは扱いは難しいけど何とかなるさぁ。


ゲスト:そんな事よりも、バトルはよぉ! 何のために、おまえのチャンネル見に来たと思ってんだよ。


ゲスト:まぁ、まぁ。タケちゃんは昼ご飯まだなんだから、飯くらい食わせてあげようよ。


ゲスト:鉈だと思えば心強いぞ。


ゲスト:動画では絞め技で倒してたじゃない。武器が増えただけで戦力アップだよ。


ゲスト:てか、俺が今まで見てきたWooToberの中で、ダサさでは一番だぞ。


「ふぅぅぅ、WooTobe。イエス、イエス。思わず放心しちまったぜ。今から燃料を腹に入れるから少しだけ待っててくれよな」


 これまで何度も配信でヘマをやらかしたが、立ち直りの早さは町内一だ。

 気を取り直すと飲みかけの、激甘桃の飲料水を飲みながらおにぎりを頬張る。

 三分でおにぎり二個を完食した俺は、残りのジュースを一気飲みする。


ゲスト:激甘桃の飲料水とおにぎり――。


ゲスト:上の人、きっと皆も同じ事考えてるから。


ゲスト:三重屋エクターとどっこいどっこいの甘さだろ? アレ。


ゲスト:まさに、砂糖水。


ゲスト:タケちゃん、少しはカメラ映り意識した方が――。


 そんなリスナーたちのレスを流し見しながら、俺は次にどうするか考える。


 うーん、日暮れまでまだ時間はあるか。

 ここはサービス精神を旺盛に、スライムいっちゃうか。

 森の中は薄暗いからな。安全を考えればスライムが一番手堅い。


「ふぅぅぅ、WooTobe。イエス。燃料満タン、張り切っていくぜ。魔法を覚えるまではスライムを蹂躙じゅうりんだ。イエス、イエス」


 リスナーたちは不服そうだが、これは俺の戦いだ。

 俺は、バッグを背負い、ノーパソを抱えると林の中を歩きだした。

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