第5話スライムと死闘

 俺は激甘桃の飲料水を半分まで飲んでバッグに仕舞った。

 今のリスナーたちに何を言ってもムダだ。なら、次こそは異世界だって証明できる動画を撮ってやる。なぁに、ゴブリンの血を見れば、こいつらだって有無は言えねぇはずだ。一番の問題は、WooTobeの規約違反だな。でも、この世界に俺を送ったのはWooTobeだ。公序良俗違反?

 そんなもん、俺の知った事かよ。グロかろうと、お茶の間で放映できなくても俺には関係がねぇ。俺は生き残るため、成り上がるために戦うぜ。


 バッグをかつぎ直すと、慣れた手つきでノーパソを左手に持つ。

 そこから、森までは五分もかからずに到着した。辺りを見回すが、ゴブリンはいねぇ。うーん、どうすっかな。やっぱり最初は武器になる物でも探すか。

 そう考えていると、ぷにゅ、っと何かを踏んづけた。まさか、獣のうんちじゃねぇよな。そう思いゆっくりと足下を見ると――。


 そこには緑色をした奇妙な液体があった。草に隠れて足首の辺りは見えなかったが、中腰になって初めて気づく。周囲には赤、青、黄、緑の半透明の何かがうごめいてた。大きさはソフトボールくらい。それが無数にうじゃうじゃと――。


 これだよ、コレこそが俺が待ち望んだ魔物だ。


「イエェェェェイ。WooTobeイエス、イエス。ついに異世界の証拠を見つけたぜ。よぉく目をかっぽじいて見ろよ。ふぅぅぅ」


 汚名返上だ。俺はノーパソのカメラを足元に近づけた。しかし、カメラの解像度が悪いのか、半透明なのが災いしたのか、うまくピントが合っていない。


ゲスト:タケちゃんよ、もう無理しなくてもいいんだぜ。今なら婆ちゃん家に移動してましたって聞かされても怒らねぇからよ。


ゲスト:だな。異世界なんてあるわけがないんだから。


ゲスト:で、タケちゃん。今度は何を見つけたの? 皆もチョットは真面目に見ようよ。


 くそっ。リスナー全員に伝わらないと意味はねぇ。俺はノーパソをさらにスライムに近づけた。その瞬間、仲間を踏みつけられ激怒したスライムがノーパソに襲いかかる。しかし、その動きは鈍い。円形のスライムから触手が伸びるが、ノーパソに当たる寸前で俺は腰を上げた。よっしゃ、ノーパソは無事だな。

 足元のスライムたちは、それをきっかけに集まり出す。うはっ、気持ち悪ッ。なんだよこいつら。円形だったのにウニに擬態ってか。しかも棘がニュルニュルと伸びてくるぞ。さすがにこの数はマズいだろ。さっきは、知らないうちに踏んづけたけどさ。このままだと囲まれるぞ。


「へぇぇい。皆、見てくれたか。あれが始まりの街でよく見かけるスライムだぜ。うぉ、気持ち悪ッ。これで信じてくれたかい。っと、危ねぇ」


 くっそ、人がリスナーに話しかけてんのに邪魔すんじゃねぇよ。ん、なんだ、何やってんだ。こいつら。足元にいる同色のスライムたちが合体を始めたぞ。三体合体した所で、バレーボールくらいしかねぇけど。草むらから続々と出てきやがった。しかも、色違いのヤツらまで合体してやがる。


 俺は触手を伸ばされた所で、バックステップでかわす。よし、距離は取った。


ゲスト:タケちゃん、一瞬、緑っぽい葉っぱが映ったけど、それがなんだって?


ゲスト:タケちゃん、パニックってか。ぐはは。


ゲスト:俺には地面にあった物が飛び跳ねたように見えたけど。でも、それが何かと言われると……葉っぱ?


 ――ちくしょう。これでもダメなのかよ。


 これ以上近づいて、ノーパソが壊れたら洒落しゃれにならねぇぞ。

 仕方ねぇ。地面すれすれまで近づけるか。俺は、いつも首にかけているノーパソのストラップを、腰のベルトに通す。これでより、地面に近づいた。

 まぁ、ちょっと傾いてるが仕方ないよな。おしっ、鈍足のスライムが俺の足元まで来たぞ。もうちょい、もう少しだ。これで映ったはず。

 スライムを引きつけた俺は、触手が伸びてきたタイミングで足を下ろす。

 あっ、ノーパソがぶらぶら揺れてる。まぁ、いっか。

 うはっ、踏みつぶされると怒るのか。逃げ場がないくらい集まってきた。俺は、その場で足踏み体操を始める。


 ぷにゅ、ぷにゅ、ぷにゅ、ぷにゅ、ぷにゅ、ぷにゅ、ぶちゃ、ぶちゃ、ぶちゃ、ぶちゃ、ぶちゃ、ぷにゅ。ぷにゅ。ぷにゅ。ぷにゅ――。


 スライムたちは、呆気なく俺に踏みつぶされる。さすがレベル一の登竜門、楽勝だなッ。慣れてくると楽しくなってきた。よしッ。気を良くした俺は、ノーパソを地面に置くとさらに激しく足踏みした。


 ぷにゅ、ぷにゅ、ぷにゅ、ぷにゅ、ぶちゃ、ぷにゅ、ぷにゅ、ぷにゅ、ぷにゅ、ぷにゅ、ぶちゃ、ぷにゅ、ぷにゅ、ぷにゅ、ぷにゅ、ぷにゅ、ぶちゃ、ぷにゅ。


 へぇ、死ぬと地面に溶けていくのか。もっと金貨とか、魔石とか落とす物だと思ったが。違ったようだな。ん、あれは、なんだ。

 仲間を散々殺されたスライムは、同色同士で合体を始める。そして、真っ赤に輝きだした。


「やべぇ。なんだ――これ」


 赤く輝くスライムは、俺の右足の爪先によじ登る。俺は、左足のかかとで一気に踏み抜いた。ぐちゃ。さっきまでより数倍弾力のあるスライムは、ぶるりと震えると溶けて消えた。


「うっは。ぐちゃっていった。ぐちゃって――それにしても安全靴最強だなッ」


 赤く輝くスライムをその後も倒し続け、あと少し。と思ったら、異色同士が集まりだした。それは、バスケットボールくらいまで巨大化する。俺はその瞬間を、緊張感をもって見ていた。やっぱ、最終形態も見ておかねぇとな。


 最後の一匹を吸収し終えたスライムは、金色に光り輝く。


「うほぉぉ、すげぇぇぇぇ」


 俺は、輝きだした所で奇声をあげると、一気に両足で踏みつぶした。ぐっちゃ。あぁ、弾力が違うだけだったのか。そう思って足元を見ると、そこには――初めてのドロップアイテムが落ちていた。


「ん、ビー玉か?」


 まだヌルヌルする石を手に取ってみた。光に翳すと、中に何やら文字が彫られている。少なくとも日本語ではなかった。うーん、何が書いてるのかさっぱりだな。

 汚れたジーンズで石をきれいに拭くと、俺はポケットに仕舞った。何かの役に立つかも知れないからな。おっと、そうだ。ノーパソは無事かな。

 戦っている最中にノーパソを地面に置いたからな。そう思い、ノーパソを持ち上げると――下につぶれたスライムの残骸があった。


「うげぇ、ノーパソの底が、きったねぇぇぇぇぇ」


 その場で、バッグから緩衝材代わりに入れてたタオルを取り出す。そして、ファンが回っている辺りを念入りに拭いた。通気口には入ってねぇな。ホッ。


 ノーパソは俺の生命線だからな。これが壊れれば、配信どころか、収益もおろせない。壊れていない事を確認して画面を見ると――。


ゲスト:タケちゃん、おめでとう。


ゲスト:タケちゃん、マジだったんだな。


ゲスト:スゴかったよ。俺、泣けてきた。


ゲスト:ゴブリンの動画みて来たんだけど、マジでLIVE配信でやってんだな。


ゲスト:すげー。生スライムとか、本当に異世界かよ。


ゲスト:お初です。チャンネル登録させてもらいました。生き延びてくださいね。


ゲスト:同じくお初。まさかスライムとの戦闘シーンが拝めるとはな。からかってやろうと思ってきたのに。クッ、してやられたぜ。


 今までにない数のリスナーから激励が打ち込まれていた。そして、チャンネル登録者数が一気に二桁、十二名に。現在のリスナー数は、十一名になっていた。


「ふぅぅぅぅ、WooTobe。イエス、イエス、イエス。やっとマジ物だって信じてもらえたようだな。これからも異世界配信頑張るから、応援と、投げ銭、よ・ろ・し・く・な。ふぅぅぅぅ、WooTobe。イエス、イエス、イエス」

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