018:『みーつけたっ』

 あの時、泣いている妹達の顔を、俺は初めて見たと言っても間違いではないだろう。

 勿論、妹達が小さい頃は、何度も泣いている姿を見る事はあったのだが、小さい頃というのは、泣くのも仕事の内なのだ。

 小さい頃には、沢山泣かせてやらなくてはいけないと俺は思う。泣かせると言うと、誤解が生じるかもしれないが、わざと泣かせるのではなくて、何かあって泣いている時、そんな時は、泣いている事を止めさせるべきではないと言い直そう。

 泣いている事を止めさせるのではなく、大丈夫なのか、何があったのか、と親身になって聞いてあげるべきなのだ、と俺は思うのだ。

 大人からしてみれば、なんでこんな事で泣いているのか、そんな事でいちいち泪を流すんじゃない、と思うかもしれないが、小さい頃というのは、大人ほど経験が無く、毎日が初体験で満たされている。その中で楽しい事を学び、辛い事を経験して泪を流す。

 そんな経験の証とも言える【泣く】という行為を止めさせては、子供は泪を流さない様に、当たり障り無く生きなくてはと、感情の少ない子供になってしまいかねない。

 【泣くな】とは、経験そのものを止めろと言っている様に俺は思えてならないのだ。

 泣き虫だった子供も何いずれ大きくなり、人知れず泪を流すようになる。だからと言う訳ではないのだが、小さい頃というのは、沢山泣いて沢山経験しなくてはいけないと思うのだ。

 その事から考えるに、大きくなって流す泪というのは、相当な想いがあっての事なのだろう。


 話が横道に逸それてしまったが、何が言いたいのかと言うと、泣く事を止めさせられる事も無く、見事に感情豊かに大きく育った妹達が見せた泪というのは、俺の心に深く突き刺さった。

 大きくなった妹達に、今まで辛い事が無かったなんて考えられない。きっと人知れず泪を流していた事があっただろう。

 そんな人前で泪を見せない妹達が、俺の前で見せた泣き顔。それは相当な辛さ故ゆえの泪だったのだろう。

 【神隠し】人には見えなくなり、今まで楽しく過ごしていた社会から急に孤立させられた。

 俺とは違い、メカ姉妹といわれるセットでペアな妹達ほど、社会に馴染み、また社会から認められていた中学生が居るのかという風にさえ俺は思っている。

 地域の人からの信頼も厚く、子供に限らず大人にまでも慕われていた妹達。

 そんな妹達にとって居場所というべき社会。そこから、時間にして約一日ほどではあっただろうが、時間など関係なく、俺は二人をそんな居心地が良い社会から遠ざけてしまった。

 これは妹達だけの被害では無い。妹達二人を信頼する地域の人、妹達に恋する男子、友達、親、大袈裟では無く【社会】に被害を与えた事になってしまう。

 本格的に俺は祟り神的行動をしてしまったのだ。不本意ではあるが、文字通り【人で無し】な行為を、罪と言ってもいいだろう行為、そんな行為を犯してしまったのだ。

 そんな罪を犯してしまった俺が受けたであろう祟り。祟りであり罰である天罰の様な結末。

 神が死ぬのかは分からないが、神がもし死ぬのならば川に落ちて意識を失い死んでいた筈の俺が、なぜか死んでいない。意識を失った後、いつも宿題がいつの間にか終わっていた様に、俺はこの場所へ無意識下で帰って来たと言うのだろうか。


 「死ぬよ」


 己己己己いえしきはそれが日課であるのか、昨日の様にしゃがみながら己己己己が神使と呼ぶ鷄にわとりに餌を与えながら言ったのだった。


 俺は、美月、景、妹達と一緒に、景の作る朝食を食べ終わり、境内の前で神使に餌を与えている己己己己に昨日の出来事を話した。


 朝食を食べている最中、どういう経緯で仲良くなったのか分からないが、美月と景、妹達が楽しそうにワイワイガヤガヤと、親しげに話している四人の話に俺は割って入り、二人の妹に何故、此処ここに居るのか、昨日何があったのかと訊いてはみたが、『お兄ちゃんが何処に隠れようと私達が見つけるんだから』と返ってくるだけであった。

 いや、別に隠れていた訳ではないのだけれど。まぁ妹達が此処ここに居るという事はそうなのだろう。きっとそうなのであろう。


 そう、俺はきっと失敗したのだ。


 『死ぬよ』と言った己己己己は間髪かんぱつ入れる隙すきも無く続ける。


 「神も死ぬよ」


 「じゃあ俺は...」


 言い掛けた所で己己己己は遮るように話す。


 「死ぬと言うのは人間の常識の死とは少しばかり違うけどもね。神とは人間の信仰により存在している。だから神として、神らしい行いをして、人々から信仰の対象として常に見てもらう必要があるんだよ」


 神らしい行い。俺は神らしい行いはこれといって行っていない。祟り神らしい行いはしてしまったのだが...


 「じゃあ、逆に言うとその神らしい行いを怠おこたり続ければ死ぬという事なのか」


 「へへっ 流石だね灯夜君 話が早いねー」


 またこの笑い方である。俺は俺でそうなのだが、やっぱりこいつが神だとは思えない。


 「何が流石だよ。俺は流石と言われるほどの理解力は持ち合わせていない!!」


 このくらいの理解力は普通だ。でも、このくらいの理解力が普通ならば美月は、普通じゃあ無いという事になってしまうな。

 まぁ、見た目も小動物みたいで普通で無いといえば普通ではない。

 美月の事を小動物小動物と言っているが、誤解を招いては困るからこの際言っておくが、決して馬鹿にしている訳では無い。

 ん? この際、逆に馬鹿にした方が良いのかもしれない。馬鹿うましかならば小動物ではないのだから。

 いや、自分で言っておいてなんだが、意味が分からない。

 とりあえず、美月を【おたんこなす】という意味での馬鹿にしていないという事だ。

 おたんこなす...【おたんこ】の【なす】っていったい何なんだ。

 あぁ、もう五月蝿うるさい!! 自分の思考が五月蝿くてしょうがない。

 要するにだ、美月に対する【小動物】とは蔑さげすむや、嘲あざけるといった意味合いではなく、可愛らしいといった意味での【小動物】といった意味なのだ。(やっと言えた)


 そんな俺の脳内で繰り広げられている言葉の渋滞はさておき、己己己己は見通しの良く信号機も無く、そこに警察が居なければ三十kmオーバー間違い無し、といった直線道路を通行しているのかの如ごとく、すんなりと俺の言葉に返答した。


 「いや、灯夜君は流石だよ 思兼神オモイカネとしての本領ほんりょうを発揮してきている」


 「思兼神オモイカネとしての本領ほんりょう? 何の事だ?」


 「日本神話で言うところの思兼神とは知恵の神なんだよ」


 「知恵の神?」


 「そうだよ。知恵の神。灯夜君は知恵を絞り、これまでも色々な窮地きゅうちを脱してきた。これを流石と言わなくてなんと言えば良いのか、僕には分からないね」


 確かに考えてみれば、俺は知恵を絞り、これまでのそれを窮地と言って良いのか分からないが、これまでの事態を解決してきた。それは紛れも無い事実ではあるのだが、その知恵というのは全て俺の知識であり、思兼神オモイカネの力だとは考えにくいのだが。

 まぁともあれ、自分自身でも良くやったものだと称賛の拍手を送りたいものだ。


 「話は戻るのだが己己己己、どう思う?」


 「ん? 今回の一連の事件についての事かい」


 「一部誤った表現があるのも否めないが、概おおむねあっている。正確には事故だ。事故という事件だ」


 「へへっ そうだったね事故だ」


 己己己己はポロシャツ同様、ビンビンでツンツンに立ちに立った髪の毛の生えた頭をガシガシと掻きながら、そう言った。

 ツンツンとは言ったが、その髪はワックスなどでセットしている訳でもなく、地毛だ。そんな癖毛くせげがあるのかは理容師でもない俺が、他人の髪をよく観察していない限り分からないのだが、きっとそういう癖なのだろう。

それに、その頭をガシガシと掻いているとも言ったが、決して不潔にしていて、頭が痒くて掻いているのではなく、髪の毛と同様にその行為は【癖】なのだろう。


 「で、今回の一連の事故である事件を己己己己はどう思う」


 「どう思うも何も、【愛】だね」


 「愛?」


 俺は首を傾げる。己己己己も俺を真似して首をかしげた。神使も見れば首を傾げていた。(お前もかよっ)


 「愛と言う他無いね へへっ」


 「愛ってどういう事なんだよ」


 「灯夜君、君は一旦は成功したんだよ。一旦はね」


 「じゃあ妹達が何故、此処に居るんだよ」


 「言うのをすっかり忘れていたのだが、一度神に祟られた者は人間に戻っても、神を見る事が出来てしまうんだ。人で言うところの霊能力みたいなものさ」


 「ん?」


 「まぁ、君の妹ちゃん達は、君の作戦で一度は人間に戻ったのだけど、自分から望んで祟られたのさ」


 妹ちゃんって...


 「なぁ己己己己、全く話が理解出来ないのだが」


 「まぁ、口止めされた訳では無いから言ってもいいのだけど、妹ちゃん達からすれば、あまり言って欲しくは無いと思うから、ここからは僕の寂しい独り言という事で」


 「あぁ分かった」


 「あれぇ、何でだろう、独り言に返事が返ってきた。これは怪奇な現象だなぁ」


 面倒くさい...それに怪奇はお前のビンビンでツンツンの、その立ち過ぎな襟えりと髪だろうが。


 独り言を聴くにはこういう事だ。

 俺の作戦は一旦は成功し、二人の妹達は人間に戻った。でも、川に落ちた俺を救い上げ、ズルズルと引きずって途方にくれている所に己己己己が通りかかり、この神社に連れて来たと。


 妹達は俺に触れれば、再度神隠しに遭い、居心地の良い居場所である社会から、再び孤立してしまうと知りながらも、俺を、こんな最低な祟り神である、兄と呼んで良いのだろうか危うい俺を救う為に、自ら進んで祟られたのだ。

 親も、友達も、慕ってくれる近所の人達も、好いてくれる男子達も居る社会ではなく、俺を、こんな恩知らずの俺を選んでくれたのだ。

 そういえば、あの川沿いの土手で妹達と出会った時、二人の衣服は汚れ、靴は泥だらけだったっけ。

いつも通る土手の反対側を歩いていたのも、始めにいつも通る土手を通った帰りだったのだ。

 妹達は自分達が神隠しに遭った事を嘆なげいていたのではなく、俺に祟られ、俺の存在を思い出し、俺が居なくなった事を心配して、もしもの事を想像して悲しんでくれていた。


妹達は俺を探してくれていたんだ。


それならば、俺を見た時泪し崩れ落ちたのも、衣服が汚れ靴が泥だらけだったのも、いつも通る筈の土手の反対側を歩いていた事も納得いく。

 俺は妹達の言葉を思い出す。


 『お兄ちゃんが何処に隠れようと私達が見つけるんだから』


 なんて馬鹿な妹達だろう。なんて可愛い妹達だろう。


 俺は本当に久しぶりに、夜を失った時でも流す事の無かった泪を今、流した。


 「兄ちゃん、もう何処にも隠れたりしねえよ」

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