016:『神隠し』

 己己己己いえしきは本当にあのボロボロの境内で一夜を過ごした。

 己己己己の過去に何かがあったのはこんな俺にでも流石さすがに分かった。でもそれを訊く事は俺には出来ない。己己己己がいつか話してきた時。その時は全力で協力しよう。


 コケコッコーーー!!

 そんな朝らしい朝を迎える事が出来た。俺は思い出す。

 起きたら境内に来てくれと言われてたっけ。美月と景はまだ起きていない様だ。いつまで寝てんだよ。いくらなんでも寝過ぎじゃあないだろうか。

 今はそんな事より己己己己の居る境内に向かうとしよう。

 と、神室と呼ばれる蔵の様な2Kの己己己己が建てたという建物から俺は外に出た。境内の扉とは違い、ほとんど音を立てる事も無く、すんなりと。反抗期なんて知らない無垢な扉から朝日の差す外の世界へ俺は、まだ寝起きで上手く動かせない一足を踏み出した。


 「うっ!!」


 想像以上に眩しい朝日におもわず声を出してしまった。お陰で目が覚めたよ。

 眩しい朝日を避ける様にボロボロの神社の影に隠れながら境内へと向かった。


 ん?

 神社の表側にたどり着いた俺の目には己己己己が沢山の鷄にわとりに餌を与える姿が映っていた。


 「こんなに鷄が居たんだな 昨日は全く気づかなかったよ」


 と、俺は沢山の鷄に餌を与えている己己己己に斜め後方から上半身をのめり出す様にして話しかけたのだった。


 「灯夜君か おはようさん 昨日は良く眠れたかい」


 しゃがんだまま顔だけをこちらに向け己己己己は話した。


 「お陰様で 色々と悪いな」


 「礼には及ばないよ 神様をもてなすのも僕達の仕事さ」


 と、己己己己は、必死に餌を食べる鶏に目線を落としながら言う。

 この角度からはよくは見えないが、声からして例の何かを思いつめているかの様な顔で話していたに違いない。

 鷄にさらに餌を与えながら小さい声でつぶやく。


 「しんし」


 ん?「紳士?」


 「へへっ 紳士だなんて僕の事を褒めてくれているのかい ありがとうさん でも紳士ではなくて神使しんしだよ」


 いや...こいつの何処が紳士だっていうんだよ。ポロシャツに半ズボン、ビーチサンダル 銜え煙草でおまけにポロシャツの襟は首を支えているのかというほどに立ちすぎ。ビンビンである。そんな男の何処が紳士に見えるってんだよ!!心の中で突っ込みを入れてみた。流石の俺でもこんな事は面と向かって言えやしない。


 「神使って何の事なんだ?」


 俺は農作業をしているおばあちゃんの様にグッと腰を曲げ、しゃがんで鷄に餌を与える己己己己の顔を覗き込む様に質問を投げかけた。


 「へへっ 灯夜君体柔らかいんだねー」


 「そこは突っ込まないでくれ。これはそういうキャラ設定なんだ。画えに特徴を出そうとだな...あれやこれやと...じゃあなくて神使の事だよっ!!」


 「へへっ そうだったね 神使だ この鷄は神使、文字通り神の使いという意味さ 呼び方も様々で そのまま【神の使い】と言ったり【つかわしめ】などと呼ぶ事もある 鷄ではなく哺乳類だったり鷄の様に鳥類だったり爬虫類や想像上の生物だったりと幅広いんだ 僕は【神使】と呼び、その神使を僕は鷄としただけなんだよ」


 「へーこいつが神の使いねー」


 俺は先ほどまで己己己己に向けていた奇妙な格好から繰り出される目線を己己己己が神使と呼ぶ鶏に向けた。

 神使は俺の顔を不思議そうに見つめながら首をかしげて『コケッ』と鳴く。コケッと鳴いた声が俺にはどうしても『ボケッ』と聞こえてきてしょうがない。

 まぁ言われてもしょうがない気も否めないが、鷄にボケと言われてしまったらお終いである。

 俺は神使に対抗すべく後ろで手を組みピョンピョンと三歩歩いてドヤ顏を見せ付けては見たが、またもや『ボケッ』と言われ首を傾げられてしまった。

 三歩歩いても忘れないという事を見せ付けようとしたのだが...なんか虚しくなってしまった。


 「へへっ 灯夜君お楽しみ中の所本当に申し訳無いんだが話しがあるんだよ」


 「別に構わない むしろ助かった ところで話しってのは何なんだ」


 「まぁ立ち話もなんだ 僕の部屋に招待するよ」


 部屋って...あの境内だろうが。『靴は履いたままあがっていいから』とは言われたが、いくらボロボロだからって境内に土足で上がりこむってのは神に罰があたる事はないにせよ気が引けるものである。

 何処から出してきたのか己己己己はそれなりに立派な、藁で編まれた円座を差し出してきた。

 この円座も己己己己が編んだのだろうか。大鳥居や蔵の様な神室を日曜大工感覚で作る奴だ。きっとこんな円座、呼吸感覚で編んだに違いない。

 なんて勝手な考えを巡らせながら円座に腰を下ろした。

 己己己己も円座に腰を下ろすなり胡坐あぐらをかき、話し出した。


 「こういう時はお茶を出さなきゃならないんだろうね ごめんよ今お茶が無いんだよ 今度買っとくから今日の所は勘弁しといてくれ」


 「構わない 気を使わないでくれ」


 「ありがとうさん  話しがあるとは言ったが正確には忠告、いいや警告といった所だね」


 「警告って神としてこれはしてはいけないとか そんな所か」


 「さすが灯夜君 話が早いなー じゃあ早速警告するけど 一般人に触れてはいけないよ」


 ん?俺は一般人に触れて......いる!!がっつりと触れてしまっているじゃあないか。触れるどころか揉んでしまっている。モミモミである。いや...誤解だ。

 今、俺が実の妹であるところの黒峰くろみね 志乃花しのかの胸を鷲摑みにして涎よだれを垂らし、さらには目尻までもだらしなく垂らした顏でいやらしくモミモミと胸を揉んでいる映像を思い浮かべてはいないだろうか。断言する。誤解である。

 そんなに激しく揉んではいない。そんな映像を脳内に投映してしまった人は速やかに消去を願う。デリートだ。もしも拒否するのであれば名誉既存で訴えなくてはいけなくなる。そんな事はしたくない。平和的に解決しようではないか。

 しつこいだろうが、誤解である。

 しかしモミモミは言い過ぎにしても揉んだ事は確かだ。触れるはだめでも揉むならあるいは...

 そんな浅はかな期待も虚しく終わるのだった。


 「触れてはいけないなら揉んだらどうなるんだ」


 「尚なおの事だね 灯夜君 もう触れてしまったんだね しかも揉むだなんて 大胆だねー へへっ」


 「誤解だ!! っと、それはいいと、触れたらその人はどうなってしまうんだよ」


 「消えるね 所謂いわゆる神隠しってやつだね 行方不明者として扱われている人の中には、これも少なくない数いるんだよ。わざとじゃあないにせよ、いくら不本意だとしても人を消してしまってはこれは大変だ だから警告しようと思ったんだけども 遅かったようだね」


 己己己己は続ける。


 「触らぬ神に祟たたり無し 今回の場合は神に触られ祟られた これでは灯夜君、君は祟り神だね」


 消えるって何なんだよ意味分かんねーよ。神隠しって...俺は祟り神なのかよ。


 「どうすればいいんだ なんか方法は無いのか」


 「君の妹さんの場合の方法は無きにしも非ずって所だね いや、君の妹さんの場合と言うよりも灯夜君、君によって神隠しに遭った人と言うべきだね」


 「何なんだよ もったいぶらないで方法を教えろよ」


 「へへっ そう焦んなさんな ものにはタイミングってのがあるんだよ」


 「タイミング?」


 「そう タイミング 早くても遅くてもいけない でも解決策くらいなら先に教えてあげよう」


 「頼む」


 「簡単なことさ 取られたら取り返す それだけだよ」


 ん?簡単なのかそれ。言葉的には簡単そうにも聞こえるが、皆そんな事が出来るなら虐いじめはその数を激減させるだろう。虐めってやつは物を取るとかそんな事から始まる事が多い。

 簡単そうに聞こえるそれを今回の件に置き換えると、祟り神に取られた体を...

 もとい、実の兄でありながら黒の化神である黒峰 灯夜、つまり俺が実の妹であるところの黒峰くろみね 志乃花しのかの胸を【仕方なく】モミモミしてしまった事によって神隠しに遭ってしまうという事件。否、これはわざとではない。事故だ。だから事件などと加害者と被害者を割り出すのは止めて欲しい。志乃花は勿論もちろんの事、俺 黒峰 灯夜もまた、被害者である。

 取られたら取り返す。それは平和的解決は難しい様に思う。盗まれた物を盗み返すという事はどうしても争いが生まれるというものだ。


 「具体的に何をすればいいんだ 出来る事ならば平和的解決を望むのだが」


 「平和的? へへっ それは心配しなくても良いだろう」


 と、己己己己は胡坐あぐらをかいた膝の上に置いていた両腕をグッと後ろの方にやり、背を反らす様して床に手を突き話した。


 「ならその平和的解決方法を教えてくれ」


 「教えない」


 己己己己はきっぱり言った。にこやかにきっぱりと言った。


 「なんでだよ」


 「君は僕が教えるまでもなく分かると思うよ 人間としての常識を捨てるんだ なにも君から体を物理的に取り返さなきゃいけない訳でもないんだよ 君は今、人間じゃあない。神なんだ 黒の化神そして【夜】そのもの」


 「どういう事なんだよ全く分かんねーよ」


 「ヒントだ 君は妹さんを触った 妹さんという人間に携たずさわった 関与したんだ。見えない神に触るのは難しい。でも見える神なら簡単だよね へへっ」


 触る、携わる、関与...夜...あぁ分かったぞ。そういう事か。

 そんな俺の考えを察したのか己己己己は反らしていた体をムクッと起こし、下から俺の顏を覗き込む様にして言った。


 「どうやら分かったようだね でもそれは灯夜君、君も大きなリスクを負う事になるけどね」


 「リスクは承知の上だ 俺が犯してしまった過ちだからな。俺が解決しなくてはいけないだろう」


 「そうだね では僕は灯夜君の成功を祈念きねんするとするよ」

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