015:『神の寝室』

 コケコッコーーー!!


 朝だ。こんな朝らしい朝は初めてだ。鷄にわとりに起こされる朝なんて、アニメやテレビの世界だけの事だと思っていたよ。異世界の話の様に思っていた。

 鷄って本当に朝鳴くんだな。


 俺はそんな風に目覚めた。結局のところ俺達はこの神社を当分の寝床としたのだった。こんなボロボロの神社の何処に寝たのかという話になるだろう。美月と景、この二人は何処に居たところで寝床は確保できるからいいだろうが。俺はそんな訳にはいかない。昨日、己己己己いえしきの申し出により俺はこの神社にしばらく住む事となったのだが、こんなボロボロ神社、いつ崩れるやもしれないこんな神社。雨風凌げるなら文句は言えないのだろうが、この神社はその雨風を凌げない。昨日だって己己己己が境内の扉を正規の開け方ではないであろう開け方をした事で扉はもう、開かずの扉ならぬ閉じずの扉と化してしまったのだ。

 閉じずの扉って...もう扉ですらないな。ただのボロボロの木の板と化してしまったのだ。それによってこの神社はさらに建物として危うい存在となった。


 以下回想



 「なぁ己己己己」


 「なんだい灯夜君」


 「俺はこのボロボロの、神社と呼ぶには危うい木造建築物のどの辺りに寝床を構えるべきなんだろうな」(そもそもこいつは何処に寝ているんだ)


 「あぁそれなら心配いらないよ」


 心配いらないとは此処ここで寝る事を心配しなくていいという事なのか寝床は他にあるという意味の心配いらないという事なのだろうか。

 己己己己は煙草を吹かし、襟と同様立ちに立ったツンツンと呼ぶべきであろう頭をガシガシと搔かきながら言った。


 「僕は信仰心はある方だよ 神様とあろうお方をこんな扉も無い境内で寝かせるほど僕は礼儀知らずじゃあない へへっ」


 心配いらないという言葉の意味はどうやら後者のようだ。しかし扉の無い境内だなんて...その扉を無くしたのは他でもない己己己己であろうに。


 「じゃあ何処で寝ればいいんだ」


 「そりゃあ寝室だろうね」


 「寝室があるのならばそりゃあ寝室なんだろうが、その寝室は何処にあるんだ」


 「寝室とは言っても神様の寝室だ 寝室ではなく神室だね へへっ」


 「上手い事言ってんじゃねえよ それより何処なんだ?その神室は」


 己己己己は『こっちだよ』と神社の裏手に俺を誘導した。風に流され己己己己の吹かした煙草の煙が目に沁しみる。結構痛いんだな。姿は無くとも存在自体が消えた訳じゃないと実感した。


 「此処だよ  ん?灯夜君、寝床がある事がそんなに嬉しいのかい 泪なみだなんか流しちゃって」


 「違うっ!! あんたの煙草の煙が目に沁みたんだ!! そもそも俺は寝床がある事を泪流して喜ぶほど路頭に迷っちゃあいない」


 「それは悪かったね 煙草は僕にとっては大切な物なんだ...」


 と、己己己己はいつもの軽さを見せる事無く神妙な面持ちで言った。きっと煙草を吸う事を正当化したのだろう。

 それにしても案内された神室?とやらは表の大鳥居と同様ボロボロの神社には不釣合いな真新しい蔵の様にも見える建物だった。


 「こんな立派な建物があったなんて気づかなかったよ」


 「気づかれない様に作ったんだよ」


 「作ったって己己己己あんたが作ったのか?!」


 「そうだよ 僕が作った 立派なもんだろう こう見えても日曜大工四級の資格を持っているんだ へへっ」


 そんな資格があるのかは定かではないが。しかも四級って...中途半端だ。履歴書にも書けないじゃあないか。


 「表の大きな鳥居もあんたが作ったのか」


 「そうさ 僕が作った 結構大変だったんだよ正面から見えないように作るのは」


 「だったら鳥居なんて作らなきゃ良かったじゃないか」


 「鳥居は大切だよ しっかり区別するのにね」


 「区別?」


 「そう 区別 人と神の住む場所のね」


 「鳥居ってそんな意味があったのか...知らなかったよ」


 「知らない人の方が多いから心配いらないよ」


 「俺の事をおもんばかってくれて礼を言うよ」


 「灯夜君それは違うね」


 ん?「俺の無知を庇かばって言ってくれたんじゃないのか」


 「それはそうなんだけどね」


 「己己己己どういう事なんだ」


 「【おもんばかる】 これについて違うと言ったんだよ」


 「【おもんばかる】がどう違うんだよ」


 「【おもんばかる】じゃあなくて【おもんぱかる】これが正しい。まぁ【ばか】でも間違いではない様だけれどね」


 「そうなのか 俺はてっきり【ばか】だと思って今まで生きていたよ」


 まぁ俺自身が馬鹿だから【ばか】だと思って生きていたのだろうけど。(なんか虚しくなってきた)


 「へへっ 馬鹿だなんてそんなに悲観的に考えるんじゃあないよ」


 「いやぁ【ばか】とは思ってはいたが【馬鹿】だんて言っていない それにそこまでお先真っ暗に考えてなんかいない!!」


 「灯夜君元気がいいなービンビンじゃないかー」


 「ビンビンってどの辺りがビンビンなんで?」


 などと、くだらない話しもほどほどに、俺達は神室の中に入る。そこは思ったよりも立派で、電気こそ無いがトイレも台所も風呂までも完備された雨風どころではなく槍まで防げるであろう佇たたずまいであった。二部屋に台所という寝室と言うよりは小さい家の様な建物だった。言わば2Kというやつだ。


 「立派な部屋だな 己己己己あんたはいつも何処に寝るんだ」


 「へへっ 僕はあの境内さ」


 あの境内とはさっき自分で壊した扉の無くなった境内の事なのだろうか。まぁ境内と呼べるのはそこしか見当たらない。まさかとも思うがそうなんだろう。確かに己己己己が扉を壊し登場した時、よくは見えなかったが境内の奥に布団の様な物が見えていた。


 「なんでこんな良い部屋がありながらあんなボロボロの境内で寝てんだよ 俺達は一部屋あれば十分だからあんたは一部屋使えよ」


 「へへっ 僕はこの部屋を使う資格が無いのさ 気にせず使ってくれていいよ 一部屋は居間として使ってくれ それに此処にあるものは全部好きに使ってくれて構わないから」


 こいつは何を言っているんだ。きっと時折見せる真剣な表情には何か理由があるんだろうが俺にはそれを訊く事が出来なかった。俺からは訊いてはいけない気がした。

 それから己己己己は『じゃっ』と俺に背を向け立ち去ろうとしたが何か思い出したかのように振り返り『明日』と話し出した。


 「明日 __話しをしたい 起きたらでいいから境内まで来てくれ」


 とだけ言い、俺の返答を聞く事も無く、煙草に火を点けながら神社の表側へ歩いて行った。また煙が俺の方へと寄ってきたが俺はそれを振り払い神室へ入り、夜も近い事だしと風呂を沸かすには時間が無いため己己己己が用意してくれていたであろう歯ブラシや洗面器、絹の手ぬぐいを駆使し体を綺麗にし、これまた己己己己が用意してくれたであろう浴衣に着替え、床についたのだった。

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