013:『始まり』


 

 昨日と同じく今日もまた、平凡な一日が訪れる。そう思っていた。思っていたのだ。

 それは突然やってきた。降って湧くように、急転直下きゅうてんちょっかな出来事であった。

 青天せいてんの霹靂へきれきの様に起こったその出来事を俺は起床後少しして気がついた。何いずれれそうなるであろう事は分かっていた。否、聞いていたと言うべきであろう。聴いていたのでは無く聞いていた。俺はその出来事を心の何処かで否定していた。信じられなかったのだから。


 事が起きたのはあの、美月が照り焼きを腹で食べるという一発芸を披露した... もとい、景と美月が俺に手料理をご馳走してくれたあの日、黒峰 灯夜提供で行われた食事会。その次の日の事。

 或あるいは食事会の時にはもう、事は起きていたのかもしれない。否、知れないのだ。今となってはそれはもう過ぎた話しで、行き過ぎた話しなのだ。だから俺はあの日あの時に事が起こっていたのか、知る由よしが無い。

 ともあれ今朝、事は発覚した。今朝、祖父母の家にしばらく泊まる筈の、俺を抜かした家族四人が帰宅した事により俺は事態を知る事となった。

 俺を抜かした家族とは、この時、【俺を抜かす】と表現する必要も無い。なぜならこの時点ではもう、俺を抜かし、両親、二人の妹、この四人で家族の全てとなっていた。俺はもう家族と呼ばれる存在ではなくなってしまっていたのだ。


 朝、車の戸を閉めるような音で俺は目覚めた。いつもならそんな事くらいで目を覚ます俺ではないのだが、今日はその音で自然と目が覚めた。家族が帰ってきたのかと思ったが、家族は祖父母の家にしばらくお泊りだ、そんな事は無いだろうと、起きても特にやる事の無い俺は二度目の夢の世界へ旅立とうと眩しい朝日から己を守るかの様に布団を頭から被り、旅支度をしていた。

 すると玄関の戸が開いた様な音と共に聞き覚えのある声が賑やかに聞こえてくる。流石に家族が帰ってきたと悟さとった俺は、そのあまりにも早い帰宅に疑問を抱き、家族にその理由を尋ねるべく旅支度は止め、12段ある階段をいかにもダルそうにドンドンとゆっくりと目を擦りながらあくびをしながら降りた。

 そこには、まぎれも無く俺の家族が沢山の荷物を抱え玄関で靴を脱いでいる最中だった。


 「なんだ、早かったね しばらく泊まってくるって書いてあったからてっきり一週間位帰ってこないもんだと思っていたよ」


 「いやーやっぱりこの距離は疲れるなー」


 と、父親。ん?無視かよ...


 「早かったねー」


 と、俺。


 「運転ご苦労さんっ」


 と、下の妹。また無視かよ...もうなんかの嫌がらせかなんかだろ。


 「おーい」


 俺の呼びかけにも反応せず俺を抜かした家族はワイワイとガヤガヤと会話を続けながら居間へ向かう。俺も居間に向かい、その後も何度も呼びかけてみた。何度も何度も。しかしどんな俺の呼びかけも通用しない。


 「おいっ!! 逆靴下!!」


 それは禁句だった。上の妹に対する絶対に言ってはいけない。そんな言葉だった。

 上の妹はテニス部で散々と日焼けをしている。もちろん日焼け止めなどつけない。日焼けなんて気にしないほどの真っ黒なスポーツ女子だった。顔はと言うと、兄が言うのもなんだが、結構良い顔をしていると思う。今年に入ってもう六度も男子から愛の告白を受けている。ラブレターに関しては愛の告白の倍は貰っているらしい。今年中学二年生になったイケイケの中学生だ。名を黒峰くろみね 志乃芽しのめと言う。

 下の妹もまた良くモテる。上の妹に負けず劣らず良くモテる。告白は今年に入ってもう十度。ラブレターはと言うと、二十通は優に超えていると言う。しかもそのラブレターの一通一通にお断りの手紙を返すときた。しかも丁重に季節の挨拶まで書いている。そんな奴である。美術部に所属しており、上の妹とはまったくと言っていいほど正反対。共通点と言えば、名前の始めの二文字と性別くらいのものであろう。今年中学一年生になったピチピチの一年生と言うやつだ。名を黒峰くろみね 志乃花しのかと言う。

 正反対とは言っても仲は良い。かなり仲は良い。皆から志乃メカ姉妹と呼ばれているほどに二人はセットなのだ。

 志乃芽と志乃花、始め二文字【志乃】に、後の一文字である【芽】と【花】の違いしか無い名前。

 よって志乃メカ姉妹。皆は略して【メカ姉妹】と呼ぶ。スポーツに絵描きにバリバリと打ち込む、まさに機械の様な妹達である。

 なぜ俺が妹達のそんな恋愛状況までも知っているのかと言うと、俺もまた妹達とは仲が良い。なんでも俺には話してくる。そんな妹達だ。

 と、妹紹介はこれくらいにして、えっと...なんだっけ...そうそう!! 逆靴下だ。

 逆靴下、その言葉がなぜ上の妹であるところの志乃芽に対する禁句なのかと言うと、先にも言ったように志乃芽は日焼けバリバリスポーツ女子だ。そんな日焼け妹が学校の体育授業の終了後、教室でカットソックスというギリシャ神話の英雄であるところのアキレスでさえ負傷の後死亡してしまったという人体の弱点の一つであるアキレス腱をまったく守る気が無い、アキレスを嘲笑ちょうしょうするかの様な、まったくもってけしからん足の下着。靴下の一種であるカットソックスから学校指定のアキレス腱を優しく保護する靴下、ロングソックスへ履き替えていた時の事。

 カットソックスが悪魔なら天使のような靴下に履き替えていた時の事。その悪魔から天使に履き替えるまさにその時。一旦は足の下着を取っ払い足の裸を露あらわにするその時。

 つまり素足になると姿を現す恥ずかしい靴下焼け。それである。

 他の女子はそれを避ける為に日焼け止めという聖水を使用するが、普段から悪魔を好んで身につける志乃芽にとってそんな聖水は忌々(いまいま)しいかぎりである。よってそんな恥ずかしい靴下焼けを男子に発見され、からかわれたと、その話を思い出す度に志乃芽は怒り狂って俺の部屋で破壊行為を繰り返した。

 そんな危ない橋を渡る様な禁句を俺は志乃芽に浴びせたのだった。

 が、全くの無反応...これは愈々(いよいよ)もって俺の不安が増していく。最後の手段だと、試しに志乃花、下の妹の胸を一揉み...無反応。確かに感触はあった。柔らかいなんとも言えない感触であった。だが無反応。

 ここで弁解をさせてもらいたい。俺はこの状況を理解する為に把握する為に打開する為に仕方なく、本当に仕方なく、触りたくもない下の妹である志乃花の胸を揉んだのだ。

 志乃花がこの時着ていたシャツがボーダー柄のシャツだからという事ではなく、そもそもボーダー柄とは横縞よこしまの事ではなく、ボーダーとは【縁】の事でありボーダー柄とは上着であれば裾や袖口などに、縁を強調するように平行にライン状や帯状の縁取りをした柄の事である。

 まぁ今回の志乃花のシャツは横縞よこしま模様のボーダー柄、それであったのだったが、だからという訳では無いが、決して邪よこしまな思いがあった訳では無い。言い切る。

 いやぁ...俺の話しはいつも、どれだけ横に反れるのか...


 兎にも角にもだ、俺はついに存在が消えて無くなってしまった。存在自体忘れ去られてしまっている。これはどうしたものか...


 部屋に戻る。


 そんな俺の焦りを感じたのか部屋に戻るなり美月と景は揃って俺の影から登場した。

 いや...これはどんな状況だ...

 二人は俺に怪しげな目線を向けながら現れる。美月は言った。


 「灯夜ー 灯夜はポリゴンだったんだねー」


 「ポリゴンッ?! 俺を科学力の結晶のポケモンみたいな名前で呼ぶな!!お前が言いたいのはロリコンかシスコンの事だろう!!」


 「灯夜殿 死す魂こんとはそれは大変な事態ではないか!!」


 「死す魂ってよく そう理解したな!!凄いよお前!! だからー!! ポリゴンでも死す魂でも無い!! ロリコンだ!! シスコンだ!!」


 「「うわぁ~」」


 「じゃっ!! じゃ無くて!! 俺はロリコンでもシスコンでも無い!!お前らわざとだよな?!絶対わざとだよな!!」


 と、そんな台本の有るコントの様な話しはさておき、俺は事の経緯を二人に話すのだった。

 話している最中、下の妹は俺の部屋に現れ、いきなり服を脱ぎだし着替えを始めた。俺はこれ以上誤解されては困ると、美月と景を連れ家を飛び出した。因ちなみに下の妹の下着は横縞模様だった。......本格的に邪よこしま発言が飛び出してきたところで横縞の下りはおしまい。


 それよりこれからどうするかだ。俺の存在が家族から消え去った今、俺の部屋は下の妹の部屋になり俺の家であったあの二階建ての家屋は俺の家では無くなったのだ。


 「これからどうする」


 俺が不安一杯青ざめた顔で問いかけたのに対し美月は笑顔一杯赤らんで『三人でくっついて寝れば大丈夫』と、理由わけの分からない事を言った。そもそもこいつは何を思い、赤らんだのか? ...

 そもそもこの世界に色は無い。青だの赤だのって...まぁこの間、天児屋命あめのこやねのみことを封印した事により青はこの世界に戻ったのだが、青ざめるとは表現であり、なにも本当に青いわけではない。だから先のやり取りの表現法はなんとなくだ。そんな感じと言ったところか。


 なんて話しをしながら当ても無くただただテクテク歩いていると、海の見える山の上、長い階段を上ったその頂いただきにいつか見覚えのある古い建物を見つけた。俺はその建物を知っている。知っているという事を知っている。それだけだ。

 美月も景もその古い建物を知っていた。二人もまた、知っているという事を知っている。それだけであった。

 俺達三人は何の相談も無く、そこが自分の家の様に三人揃ってその古い建物のある山の麓ふもとへ向かい、また三人揃って横に並び、行進の様に足を揃え、道場破りの様にその古い建物に向かって階段を上った。操られている様に無言で。


 上り終えるとそこはあの神社だった。正面からは海が一望出来る崖の上。そこは、神懸りの始まりとも言えるあの神社だった。

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