011:『天児屋命』

 俺は忘れていた。自分が人では無くなりかけている事を...そして思い出した。天児屋命あめのこやねのみことの登場により。いや...忘れていたと言うのは違う...見て見ぬ降りをしていたのだ。

 言ってはいなかったが天児屋命あめのこやねのみことは女だ。知っていたかもしれないが女なのだ。

日本神話で言うところの天児屋命あめのこやねのみことは男神だという言い伝えがあるが、神に男も女もあったもんか。と俺は思うのだが、まぁ俺の意見はどうあれ神に性別があったとして、生まれ変わりの様なものである今の天児屋命あめのこやねのみことが男でなくてはいけない理由は無いはずだ。たまたまだったのであろう。神とは気まぐれだとどっかで聞いた事が有るが、今回女神として現れたのも、その気まぐれだろう。前回は男だったから今回は女がいいなーとか。

 俺は神を少しなめている気がするのは否めないが...そんな事、今は棚に上げておこう、神だけに棚に上げる。神棚の事を言ったつもりだったが少し滑ったところでこの話しは終えよう。


 しかし俺は何を花火などと、ごく普通の人間のように楽しんでいたのか...いつ襲われてもおかしくない立場でありながら一般人を巻き込みかねない様な所で遊んでいたのか...身の程を知らないにしても知らなすぎた、軽率も程が過ぎた。でもだ、こうも考えられる。俺はこの場所に訪れる事により無意識下において住宅地が戦場と化すのを救ったのだと。

 だがこれは自分の行為を正当化したにすぎない。自分が普通の人のように楽しんでいた事を正当化した。ただそれだけの醜い行為でしかない。

 認めよう、俺は普通の人のように楽しんでいただけだ。ここに来たのは住宅地を戦火から救うためではなく、ただただ自分の私利私欲だったと。認めようじゃあないか。

 だがそんな私利私欲の行為のお陰もあって偶然的に住宅地を戦場としなくてすんだ事を喜びつつ私利私欲の行動によってたどり着いたこの海辺にも幸運なことに一般人は誰も居ない。

 言えば俺、黒峰 灯夜は意図して人の居ないこの場所を選んだのだが...闘いを考慮してではなく、自分の悲しくも痛々しい一人花火を目撃されるまいとして。だがその選択は結果として不幸中の幸いともいえよう。


 かくして俺は天児屋命あめのこやねのみことと戦う事になったというわけである。


 俺は美月の空気を操れる協力のもと天児屋命あめのこやねのみことに応戦する為、美月に作戦を伝え、奴の前に姿を現した。


 「何だ?お手上げかな思兼神オモイカネさん」


 「その逆だ!! お前を倒す為にここに来た」


 「それは楽しみにしているよ思兼神オモイカネさん くくっ」


 その笑い方は正直腹が立った。だがそこまで目に角を立てる事でもない。 


 「あぁ楽しみにしていろ 今、披露してやる」


 と、俺は美月に伝えていた作戦開始の合図を送ろうとしていた時、『時に思兼神オモイカネさん』と、天児屋命あめのこやねのみことは俺に質問を投げかけてきた。それはあまりに突拍子とっぴょうしもない質問だった。俺は茫然自失ぼうぜんじしつしてしまった。合図の事も忘れてただただ茫然自失ぼうぜんじしつしてしまった


 「時に思兼神オモイカネさん__私は何故、思兼神オモイカネさんと戦わなくてはいけない」


 理由わけが分からない。本当に理由が分からない。自分から攻撃しておいてこいつは何を言い出すのだ。これでは身も蓋も有ったもんじゃない。ただただ茫然自失する俺に天児屋命あめのこやねのみことは話しを続けた。


 「私が思兼神オモイカネさんと戦わなくてはいけない事は分かる だが、その理由が分からない 私は何故、ここに居て思兼神オモイカネさんに攻撃をしているのか その理由が見当たらない」


 そんな矛盾だらけの話があるか。だが思い返して見れば俺も何故こいつと戦わなくてはいけないのだ。『皆を救ってくれ』と、あの自称美月の父親だという男は言ってはいたのだが、そもそも何から誰を救えばいいのか。成り行きで俺達を攻撃してきた景を封印したが...そもそも【色】とは色戦士とは敵なのか...俺は分からなくなってしまった。自分が戦う意味も自分が何を信じればいいのかも。ただ俺は自分の平和で幸せな時間を邪魔した蚊や蝿のように景を倒しただけではないのか。


 「そんな事はない」


 どこからかそんな声が聞こえた。声の方向を見るとそこは俺の影。つまり目覚ましを止めようと俺の影に入って行った景からの声だった。俺の考えている事が影の中に居る景に伝わったというのだろうか。きっとそうなんだと自分を考えづらい仮説で無理やり納得させている最中に、『そのようだ』、と影の中に居る景から言われるのだった。


 「私は灯夜殿と美月殿に救われた。神として、天鈿女アメノウズメとして生きていた頃は自分が何をしているのか分からなかった。それが辛かった。寂しかった。きっとあいつもそんなところであろう だから灯夜殿、迷う事は無いあいつを封印するのだ」


 「ありがとう景 今、俺迷っていた 俺はあいつを救うんだ景を救った様に 自分を信じるんだ」


 なんて俺と景の会話の最中にも美月はおどおどしながら、合図を待ちながらこちらを見つめている。俺は『ごめん』と口パクで美月に伝えたが美月は『なーに』と口パクで返す。俺はちょっと待ってと掌を広げ、待ての合図を送る。それには美月も分かったと、神妙な面持ちで頷いた。

 天児屋命あめのこやねのみことはというと、頭部のみ重力に逆らうかとなく頭こうべを垂れて何やら悩んでいるように見えた。

 そこで俺は『訂正する』と話しを切り出した。


 「......」


 天児屋命あめのこやねのみことは何も言わず重力に逆らいむっと顔を上げた。その顔はどこか悲しげで身も世も無い様なそんな顔だった。俺はこの時、本当にこいつを救いたいと思った。負けている方を応援したくなる日本人特有のそんな思いではなく本気でこいつが置かれている苦痛から、そこから救いたいと思った。そんな事を思いながらゆっくりと口を開いた。


 「訂正する__お前を俺は倒さない」


 そんな事を言うと天児屋命あめのこやねのみことは涙を堪える様な顔を見せた後、声を震わせながら話出した。


 「じゃあ私をどうするつもりなの思兼神オモイカネさん」


 「俺はお前を救う」


 天児屋命あめのこやねのみことは泣いた。ただ泣いた。そして崩れ落ちた。吊っていた糸が切れた様に崩れ落ちた。孤影悄然こえいしょうぜんと泣き崩れた。

 俺はなんの根拠もないが、むしろ俺にはそこまで悩んでいる事は無いが、天児屋命あめのこやねのみことがどんな悩みを抱えているのかは分からないが俺達、否、景と同じ様な深い傷、深い悩みを抱えている様な気がした。そんな気持ちを察したのか、俺の影の中からは景のすすり泣く声がした。同病愛憐どうびょうあいあわれむというやつだろう。

 美月もまた涙を流していた。俺は美月を手招きして呼び寄せ天児屋命あめのこやねのみことへ言った。


 「俺はお前を救いたい お前がどんな悩みを抱えているか分からないが、お前を救ってみせる。だから」


 と、言いかけたところで天児屋命あめのこやねのみことは今度は全身で重力に逆らいむくっと立ち上がり言った。


 「私、何が悲しいのか分からないんだよ...忘れている...でも私を封印したらその忘れている事も思い出すと思う。今はその忘れた痛みを忘れている事が痛い...でも思い出したらもっと痛くなると思う...きっとこんなもんじゃあ無いと思う...それでも思兼神オモイカネさんは私を救える?」


 「俺一人じゃあ無理だろうな...でも俺らなら出来る」


 言い切った。何の根拠も無い。だけど出来る。そう思った。俺ら三人だったら。


 「思兼神オモイカネさん貴方を信じる事にした」


 「じゃあ」


 じゃあ、と言いかけた時、またしても天児屋命あめのこやねのみことは『でも』と、俺の言葉を最後まで聞かずに話し始めた。


 「でも__仲間は裏切れない...だからもう一度私は思兼神オモイカネさん貴方の敵とした現れる その時はちゃんとしてよね くくっ」


 また笑った。しかし今回の笑いは腹が立つと言うより安心した。だが『ちゃんとして』とはどういう事なのかと聞こうとしたが止めた。何となく聞きたくなかった。

 と、急に『さぁ』と言う声と共に天児屋命あめのこやねのみことは両手を広げ、タイタニックの名場面のヒロインの様な格好をした。


 「んっと...何をすれば...」


 困っている俺にくくっと口癖であろう笑い方をした後にこう言った。


 「くくっ__封印だーよ 封印 封印してくれ」


 「だが、封印したらお前...戦えなくなるんじゃ...」


 「いいんだよ 思兼神オモイカネさん貴方とは戦いたくない でも戦う事になるだろうけどね くくっ」


 と、なんだか意味不明で割り切れない様な事を言う。


 「どういう事なんだ」


 と、俺は首を傾げると天児屋命あめのこやねのみことは、タイタニックのヒロインの様な格好のまま、俺と同じ方向に首を傾げる。


 「私は直接的に思兼神オモイカネさん貴方と戦う事は無い と、言うよりも戦いたくない、けれども私は思兼神オモイカネさん貴方と戦わなくてはいけない」


 全く説明になっていない。どころか余計分からなくなった。俺は百八十度首を反対側に傾けた。すると天児屋命あめのこやねのみこともまた同じように傾け話した。


 「まぁ 何いずれにしても私は直接的に貴方と戦いたくない。万が一もね。 だから今の内に私を封印して欲しい。正確には私のこの力を封印して欲しい。 くくっ」


 さっきまでの涙は何処に行ったのかとも思ったが、これはきっと俺に力を封印されたと同時にやってくるであろう大きな悲しみに耐えるための空元気であり強がりなのであろう。


 「分かった...封印しよう」


 「お願いします...」


 と、天児屋命あめのこやねのみことは懸命に笑顔を見せたのだった。その笑顔を合図に俺は美月に作戦実行の合図を送った。美月はいきなりの事に少々驚いてはいたもののすぐに作戦を実行し俺は天児屋命あめのこやねのみことの封印に成功した。その後、天児屋命あめのこやねのみことは泣かずに立ち去った。『ちゃんとしてよね』と残し。孤影悄然こえいしょうぜんと立ち去った。


 空と水の属性を有する天児屋命あめのこやねのみことを封印した方法とは美月の空気を操る力でもって天児屋命あめのこやねのみことの上空の空気を瞬間的に無くし、真空を作り出した。

 空が何故青いのかと言うと太陽からはもともと、色々な色が地球上に降り注いでいるが、青い色のみ空気中の水蒸気や塵によって反射され人間の目には色として、青として認識される。よってその空気を消す事によって反射される水蒸気や塵が無くなり、太陽から降り注ぐ色は全て反射される事なく地上に降り注ぐ。つまり空は色の無い色【黒】となり封印出来たという事だ。


 ん?水はどうしたって?水、この場合の水は海水となる、海が何故青いか。それは空が青いから。俺はいつも空と海の色の関係を思うと空と海はどうも恋人同士に思えてならないのだが。そんな話はいい、空が黒いと海も黒くなるって事だ。宇宙が黒いのだって真空により光の反射が無いからなんだ。と、俺の雑学を披露したところで今回は幕引きといきましょう。


 「灯夜?この幕を引けばいいのー?」


 「お前が引くのかよっ!! 俺に引かせろっ!!」


 「私も引きたいな 灯夜殿」


 「もういいっ!! 勝手にしろっ!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る