第25話

「どういう風の吹き回しだ?」




 窓ごしにこちらを覗き込む、見覚えのある顔。あの森で俺をララ神の贄に捧げようとしたやつだ。くっと見上げて睨みつけると、精霊はどこか不満げにため息を付いて頬杖をついた。




「ふん……勘違いするな。邪の目の子らよ。確かに手を貸すとは言ったが、我らの意思ではない。母上のご命令あってのことだ」




「……そうか」




 ぐにゃりと、歪んで広がる大きな窓。精霊の口が裂けて溢れ出した黒い泥が渦を巻いて小さな両手となり、窓枠を掴んで身を起こす。渦の中に立ち上がり、にこりと笑う小さな人。ふわりと揺れる柔らかな髪。甘い香りが俺を包み込み、足が布の海に沈む。その手が、俺の顔に触れ―――――




「ギルバートさまっ!」




 その声に、はっとする。気がつけば、そこは何の変哲もない食堂の一角。彼女は、どこにもいない。リリアが俺の腕を抱くと、窓越しに俺を覗き込む精霊がその目を細めた。




「なにをぼうっとしているのだ」



「……何でもない。ただの、めまいだ。それより、他のチビ共はどうした」




「それをこれから話そうとしていたところだ。他の妖精たち、我が妹たちは今、かの死神の居場所を突き止めるべく闇を駆けている。我ら妖精族は幻術を得意とする種族。我が妹たちであれば、不死者どもに襲われる心配はない。奴らの動向を監視すると共に、彼の者の居場所もすぐに暴いてみせよう」




 そう言って、精霊はにたりと笑う。




「それは助かる。情報収集はヴィヴィアンの得意とするところだが、不死者が相手では分が悪い。だが、これで盤石というわけだな」




「はい。こちらとしても大事な子供たちを殺さずに済むのでありがたいです」




「……それで?お前たちは、いや、お前たちの母君は、俺たち魔族に一体何を望むというのだ?」




 俺がそう言うと、精霊は深くため息をついた。




「ギルバートといったな。母上はお前にご執心だ。もっと仲良く……いや、ぜひ親睦を深めたいと仰っていた。この騒ぎが片付き次第、お前を茶会に連れていきたいと」




「茶会、だと?神々の集会に参加しろと?馬鹿な」




「客としてではない。母上は茶会に赴かれる際にはいつも、そのときの『お気に入り』を連れて往かれる。此度は、それがお前であったというだけのこと。だが、母上の一存で連れて行くことは出来ぬとのことでな。このような形をとることになったというわけだ」




「……一族総出で協力する代わりに、集会に同伴してやってくれないかと。そう言いたいわけだな」




「その通りだ」




 面倒事を片付ける前に、別の面倒事が伸し掛かってきやがった。神々の集会だと?それも、あのララ神と共に?考えただけで頭が痛くなる。もし粗相でもしようものなら、一体何が起こるか分からない。だが、ここで妖精族との繋がりを作っておけば、後々さらに大きな助けとなってくれるやもしれん。ララ神が、彼女が味方に付いてくれるというのなら……。




「ギルバートさま……」




 不安げに俺を見上げるリリアの肩を抱き、精霊を見上げる。




「……身の安全は保証されるんだろうな」




「もちろんだとも。母上のお気に入りに手を出そうとする者はおるまい。たとえ何があっても、母上がお前を守ってくださるだろう」




「なら、決まりだ。同伴の件、確かに引き受けた。その力、貸してもらおう」




「話が早くて助かる。母上もお喜びになるだろう」




 窓越しに手を差し伸べ、精霊の指先を握る。お互いの手が触れたその場所に魔法陣が浮かび、きらりと輝いて砕け散った。




「契約はここに結ばれた。して、ギルバートよ。お前はこれからどう動く」




「……俺の恩人が、死神の呪いを受けた。放っておけばやがて死に至り、不死者となる呪いだ。まずは、彼女に掛けられた呪いを解いておきたい。幸いにも、呪いに関しては頼れるヤツが居る。俺は彼女を連れて、そいつに会いに行こうと思う」




 精霊はゆっくりと首を傾げるも、ヴィヴィアンはすぐさま何かを察したように目を細める。




「呪いというと……エレオノールさん、ですね」




「……あぁ」






 魔王エレオノール。


 死霊を愛し、死霊に愛された女。物心付く前から死霊と遊んで暮らした彼女は魔族の生まれでありながら死神ヘルを崇拝し、人間が黒魔術と呼び恐れた滅びの魔術を極めた魔族最強の死霊魔術師。冥府の丘と呼ばれる墓場を領土とし、幼き頃より共に過ごした死霊を配下に持つ魔王である。






「ヴィヴィアン。エレオノールはまだ冥府の丘に住んでいるのか?」




「はい。相変わらず手紙のひとつも寄越しませんが……元気でやっていると思いますよ」




 そうか、と呟き、腰に手を当てる。


 死霊と共に暮らすエレオノールは極度の引きこもりで、外界には一切の興味を示さない。普段は領土たる墓地から出てくることはなく、外にいる俺たちに連絡をよこすこともない。訪ねたとしても、かの地の門が開くことはない。




 だが、今は違う。彼女が偉大なる神として崇めるかの死神が動き出したとあっては、彼女はきっと大喜びして狂喜の宴を開いているはず。今頃は、配下の死霊たちと手を取り合って祝いのダンスでもしているかもしれない。そう、今ならば、俺たちのこともきっと快く迎え入れてくれるはず。あいつの力を頼るには、今しかないのだ。




「ギルバートさま。エレオノールさまに会いに往かれるんですか?」




「あぁ。あいつなら、死神の呪いをどうにかする方法も知っているはずだ。付き合ってくれるかい?リリア」




「も、もちろんです。ご一緒します」




 身を寄せてくる小さな相棒を抱き上げ、その背を撫でてやる。食堂の奥に目を向けると、囚人たちとすっかり仲良くなった様子のバラムスが人間の子供を抱いて立ち上がった。




「おいギルバート!俺ァこいつらを故郷に送ってから合流するぜ。不死者どもが蔓延っちまう前に、こいつらを家族と会わせてやりてえんだ」




「そうか。それじゃあ、エレオノールの国で落ち合おう」




「おうよ。ちっと遅れるかもしれねえが、俺の手柄は残しておいてくれよな」




「では、私は少し遠くの子供たちにも連絡を回しておきましょう。他の種族も動き始めているでしょうから、そちらの動きも掴んでおかないと。黒の槍もすぐに回収出来れば良いのですが」




「我らは引き続き、不死者どもの動向を探る。かの死神の居場所を突き止め次第、改めて連絡しよう」




「あぁ、頼む。それじゃあ、また後でな」




 一堂に介して互いに顔を見合わせ、皆それぞれのやるべきことをし始める。俺は両手に可愛い荷物と相棒を抱え、食堂を後にした。


 

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