第22話

「暗くなってきたな……」


「ここらが限界だ。休もうぜ」


 輝けるソラール神が地の果てに姿を消し、やがて訪れるルナール神の気配を感じ始めた薄闇の中、俺とバラムスは巨木の根本に腰を下ろす。辺りに立ち並ぶそれは、見覚えのない木々。見覚えのない岩。そして見覚えのない獣道。しかし獣の気配はなく、闇の気配に吼える者も無く、薄暗い森は不気味なほどに静かであった。


「やっぱり先にヴィヴィアンの村に帰ったほうが良かったんじゃねえか?こりゃ、完全に道を見失ったぜ」


「……だから俺だけ降ろせって言ったんだ」


「お前ひとりだけ置いて帰れるかよ。もし何かあったらリリアちゃんに食われちまうぜ。にしても、妙なこと言うよな。わざわざ竜族を拾って行こうなんてよ。さては惚れたか?ええ?そこんトコどうなんだよギルバート。なあ」


 詰め寄ってくるバラムスを蹴飛ばし、木の根に座りなおす。


「……助けてもらったんだ。次は、俺が助ける番だろう」


 俺がそう言うと、バラムスは顎を鳴らして笑った。


「よっしゃ。だったらさっさと見つけてヴィヴィアンの村に帰ろうぜ。といっても、やっぱり俺たちだけじゃ厳しくねえか?地形も変わってるしな。下手すりゃ遭難しちまうぜ。いや、もうしてるのか?ここどこだ?」


「さあな。だが、ヴィヴィアンの村からそう遠くはないはずだ。今夜はここでやり過ごそう」


 バラムスがさりげなくかき集めた枯れ葉の山に、道すがら見つけたコゲの実を放り込む。地面に落ちたと勘違いしたその木の実はすぐさま発熱し始め、やがて枯れ葉の山から煙が上がる。あとは適当に煽ってやれば、すぐに暖かい火が顔を出した。


「リリアも、さっきの騒ぎに巻き込まれてなければいいが……」


「おいおい、向こうにはヴィヴィアンが居たんだぞ。ちょっと大地が動いたくらいで飲み込まれるかよ。どうせ怪我人の一人もいねえさ」


「だと良いがな。バラムス、お前ちょっと上・見てこい。そろそろ明かりが灯る頃だ」


「まかせろ」


 バラムスは巨木を駆け上がり、枝から枝へ、木から木へと飛び移りながら薄闇の上空へと消える。俺たちはリリアほど目が良いわけではないが、薄闇に灯る明かりくらいは見える。ヴィヴィアンが村に明かりを付けていてくれれば、大きな目印になるはずだ。


 パチと音を立てて爆ぜる炎に手をかざし、ふうと息を吐くと、バラムスが下りてきた。


「明かりが見えたぜ。ありゃあ、ヴィヴィアンの村だ。向こうは無事だ」


「そうか。ならよかった」


 安堵に息を吐き、火に枯れ枝をくべる。その時、バラムスがふと顔を上げた。


「…………ギルバート。何か来るぜ」


「わかるのか?」


「虫の知らせってやつさ。俺ってば、トモダチが多いんでな。教えてくれるんだ」


 木々の奥を睨み、身を起こす。すぐさま身構えるバラムスの甲殻を掴んで共に跳び上がると同時に、焚き火を中心に浮かび上がる魔法陣。小さな焚き火はたちまち膨れ上がって弾け飛び、巨大な爆炎となって巨木の根本を消し飛ばした。


「っと、危ねぇ、一息付く暇もないな」


「ちょいと飛ぶぜェ。しっかり掴まっとけよ」


「わかってるさ」


 俺を背に引っ付けたまま、巨木の枝から枝へと飛び移るバラムス。やがて数本の巨木を挟んだ木の幹にたどり着いたその時、眼下の地面を黒い影が駆け抜けてゆく。枯れ葉や小枝を踏む音もなく、気配らしい気配もなく、それでいて目にも留まらぬほど素早く森を駆ける影が、一人、二人……俺はすぐに数えるのをやめた。


「……」


 バラムスと共にもっと高いところへとよじ登り、静かな暗闇に息を潜めて様子を伺う。俺たちが火を起こした場所を囲むような形で、何者かが集まってきている。


「(なんだ、あれは……?)」


 焚き火跡に集まってきたそれは、獣の頭骨を被った女集団。黒く塗った肢体に白い模様を描き、毛皮と金の装飾品を身に纏っている。どうやら森の部族のようだが、あんな格好をした連中はこの辺りには居なかった。どこかから流れてきたか、あるいは、さっきの騒ぎで縄張りが乱れてしまったか。どちらにせよ、来客を歓迎しようという雰囲気ではなさそうだ。


 先程の、焚き火を吹き飛ばしたあの一撃。あれは恐らく、火の位置を目安に放った爆破魔法だ。それも、なかなかの精度。魔術師が居るのだとしたら、かなりのやり手であろう。まずはそいつの居所を――と、どうやら探す必要もなさそうだ。


「……」


 焚き火跡を囲んで何かを調べていた者たちが顔を上げ、「それ」を焚き火跡に導く。見たこともない黒い獣がのそりと木々の合間から顔を出し、その背に乗っていた少女が飛び降りた。


 他の者より豪華な装飾品を身に纏い、その手に杖らしきものを手にした少女。見るからに大きく立派な頭骨を被ったその少女は杖を一振りし、ため息をつく。周りの者たちが何かを言い訳するかのようにその手を動かし、その杖に叩かれた。


「!」


 その姿を目の当たりにした俺は、思わずハッとする。少女が跨っていた獣の腰に、大きな袋のようなものが二つ。縄を編んで作られたであろうその中に、見覚えのある姿。少女の姿となったガリアとカルラが、共に拘束された状態で静かに身を丸めていた。


 俺は静かに息を吐き、隣のバラムスの背中の鞘羽を軽く叩く。


「……」


 バラムスは頷き、ちらりと俺を見る。俺が頷き返すとバラムスは勢い良く飛び立った。



「ギャアァァォォォォッ!!」



 静かな森に響き渡る咆哮。木々の合間を飛び去るその影に、恐らくはボスであろう彼女に叱られていた者たちがはっと顔を上げ、すぐさまそれを追って闇に消える。


「……」


 だが、ただ一人。じっと動かない者がいる。

 杖を手にした彼女だけは、静かに俺の方へと振り返った。

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