第4話


「さぁ、どうぞ。入って入って」


 案内されたその場所は、調理場に隣接した食堂。まず目に入ったのは、村の中に見当たらなかった村人たちが机を囲んで談笑に勤しむ姿。その机を中心に渦巻くようにして根を張る触手と、独りでに動き回る人間の手。根を張る触手に並ぶ大小様々な眼に見守られながら、村人たちはジョッキを交わして笑い合っている。


「ちょうど今、皆で食前酒を飲んでいたところなんですよ。あ、そのへん適当に座っててください。すぐご用意しますので」


「あぁ」


 口から溢れた触手を揺らしながら調理場へと入ってゆくヴィヴィアン。相も変わらず、せっせとよく動くやつだ。


 前にヴィヴィアンと会った時は確か、前の巣を潰されてこの村に来たばかりの頃だったか。それがいまや、村そのものを我が物にしている。それでいて恐らくは、村人をほとんど殺していない。あいつが潜っている看板娘も、彼らも、まだ生きている。いや、生かされている。外からの行商人や旅人が来た時は、ただの村人として何食わぬ顔で生活しているのだろうな。


 俺は手頃な椅子に腰掛け、頬杖をついた机からぴょこりと顔を出す触手の芽を指先で撫でる。寄生型魔族の幼生、ヴィヴィアンの子供だ。


「ぴこぴこしてて、かわいいですね……赤ちゃん」


「あまり突っつくなよ」


「わかってますよう」


 触手の芽を撫でるリリアを横目に、ため息をつく。

 ヴィヴィアンは、ほとんど動けない幼生のうちは家具に植え付けて、ある程度芽が育ったら肉に植え替えているようだ。育った順に人間の体の動かし方を学ばせて、やがて完璧に振る舞えるようになった者たちを村の外に放ち、一人の人間として他の街や村に潜り込ませる。そうして情報収集をしつつ、魔族退治の依頼を出して勇者をこの村に誘い込む。それが、ヴィヴィアンのやり方だ。


 出来ることなら、敵に回したくはない女である。


「……」


 こちらを一瞥して頭を下げる村人たち、もとい、元気な苗床たちにひらひらと手を振っていると、やがて触手を駆使してジョッキと大皿を抱えたヴィヴィアンが調理場から出てくる。


「お待たせしました。生き血のカクテルと、柔らかい子供肉の盛り合わせです」


 ひょいひょいと並べられてゆくそれを覗き込み、俺はリリアと感嘆の声を上げる。新鮮かつ芳醇な血の香りを振りまく真紅の酒と、ひとくち大に切り分けられた瑞々しい肉片の山。ひと目見ただけで、多くの魔力が含まれているのがわかる。


「優秀な才を持つ子供の肉を魔水によく漬け込んだものです。こっちは同じ子供から絞った血とマナカクテルを混ぜたもの。どうぞ、召し上がってください」


「あぁ、ありがとう」


「ではごゆっくり。――何見てるんだいお前たち!動けるやつは自分で用意しな」


 こちらをじっと見つめる子供たちを怒鳴りつつ、再び調理場へと向かうヴィヴィアン。肉の器を持つ子供たちは悪態を付きながらも席を立ち、ぞろぞろとその後に続く。一番のその光景を横目に、俺はどこかそわそわと落ち着かないリリアと顔を見合わせる。


「それじゃあ、頂くとしようか」


「は、はいっ!いただきまーす!」


 まずは肉を一口。力を入れずとも噛み切れるほどに柔らかなそれは、噛み締める間もなく消えてしまう。もう一口、二口と頬張り、はふと息を吐く。口の端から溢れた脂を親指で拭い、カクテルに口をつける。口に含んだ途端に痺れるような刺激が舌を撫で、心地よく弾けた。


「はあ」


 思わずため息が漏れる。豊かな香りがすっと鼻を抜け、濃厚な魔力がほどよく疲れた体に優しく染み渡る。久々のまともな食事は、やはり良い物だ。リリアのほうを見やると、今にもとろけてしまいそうな顔で肉を頬張っている。


「美味いか」


「ふぁい」


 大男を平らげたばかりだと言うのに、この食欲。幸せそうに顔を緩めるリリアを撫でてやると、にへらと笑う。そうして共にジョッキを傾けると、幼い子供たちに食事を配り終えたヴィヴィアンが向かい合うように座った。


「そういえばギルバートさん、聞きましたか。神器の話。霧の谷で、また見つかったらしいですよ」


「ほう。そいつは朗報だな。詳しく聞こう」


「……『一度振るえば兵が死に、二度振るえば将が死に、三度振るえば戦が終わる』と言えば、わかりますかね」


「…………あー。あれか……」


 戦と勝利を司る魔神、軍神クロノスが携える百本の剣のうち一つ。魔剣ラースヴォルグだ。


 かつて北方の大地を支配していた魔王フロスティの軍勢、もとい親衛隊をたった三振りで壊滅させたという剣。逃げ延びたフロスティが言い伝えた情報によると、一振りで百の斬撃を生み出す剣であったと。その戦い以降、かの剣とその所有者を見たという情報はなかったのだが……。


「勇者が持っていたのか?」


「さあ。あくまでも噂に過ぎませんが、ここ最近、霧の谷で数え切れないほどの切り傷を負った獣の死骸がよく見つかるそうなのです。街へ行かせた私の子供たちも、似た話を聞いたと」


「そうか。それは、少し調べてみたほうが良さそうだな。もし本物だとしたら、放っておくわけにはいかない」


「ギルバートさま!霧の谷は危険です。だって、あそこには」


「わかっているさ。何か対策は考えておく」


 どこか不安げに俺を見つめるリリアを撫でてやると、突然食堂のドアが勢い良く開け放たれた。


「おいヴィヴィアンッ!!ありゃあ一体どういうことだ!」


 触手たちが一斉に引っ込む大声と共に食堂へ入ってきたのは、二足歩行する蟲の怪物。艶やかな甲殻の破片を落としながら歩き、死臭漂わせるそいつは、魔王バラムス。つい先程、あの部屋の隅に転がっていた死骸だ。


「大声出さないでください。子供たちが怖がってしまいます」


「この野郎、俺を騙しやがったな。魔力を吸われるなんて聞いてねえぞ」


「話してませんからね」


 バラムスはギチギチと顎を鳴らしながら、そのトゲだらけの腕、もとい前肢でヴィヴィアンを掴み上げるが、ヴィヴィアンの口から這い出た触手によって逆に掴み上げられ、あっさりと壁に縫い付けられる。耳障りな金切り声の悲鳴に、俺はため息を付いた。


「うるさいぞバラムス。こっちは飯食ってんだ。失せろ」


「ァ、アア……あ?お、おお。よく見たらギルバートも居るじゃねえか。さっきぶりだなあ。そっちのギョロ目も、怪我してないか?あいつ、中々強かったろ?俺ってば手も足も出なくてよ」


 触手に吊り上げられ、グチャグチャのボロボロになって血を垂れ流すバラムス。リリアは見るからに頬を引きつらせながらもぺこりと頭を下げる。


「こ、こんばんは。バラムスさま」


「あんなやつに挨拶しなくていいぞ。リリア」


「で、でも。いちおう、魔王さまですし」


「そうだぜ。なんたって俺ァ、絶対無敵の魔王バラムス様だ。見ろこの輝く甲殻、鋭い顎。自分でもたまに惚れ惚れしちまうんだよな」


 吊られてひっくり返りながら何を言ってるんだ。こいつは。


「……食欲が失せた。話の続きはまた明日な、ヴィヴィアン。俺は適当な部屋で休むぜ」


「わ、わたしも」


「はい、わかりました。おやすみなさい」


「なんだよギルバート、つれねえなあ。久々に会ったんだ。呑もうぜ。なあ、おい。あっおい、ちょっと待てヴィヴィアンなんだその棍棒」


「肉叩きです。これで邪魔な骨を砕くんですよ」


 バラムスの悲鳴を背後に、俺は食堂を後にする。本当に、やかましいやつだ。

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