第24話 幻想の襲来②

 冬馬の言葉に、雪姫は絶句していた。

 要するに冬馬は、剣士としての限界を悟ったから、刀を捨てたというのだ。

 そして、その限界を手っ取り早く超えるため、銃を選んだのである。


(……ふざけないでよ、そんなのって……)


 一人の剣士として、彼のその決断には沸々と怒りが湧いてくる。


「何よそれ。そんなの……そんなの、ただ剣士として逃げているだけじゃない!」


 苛立ちを隠せず、雪姫はつい喧嘩腰になってしまった。

 一度の敗北で勝手に限界を決めて、それを刀のせいにしているだけではないのか。

 刀のせいで負けたと言い訳して、安易で手軽な力に逃げている。

 彼には悪いが、どうしても雪姫にはそう思えてしまうのだ。

 すると、そんな彼女の反応を予想していたのか、


「う~ん。なぁ雪姫。多分、お前少し勘違いしてんぞ」


 と、明るい声で冬馬は語る。


「勘違いって、何を?」


 頬を膨らませて問い返す雪姫。冬馬は頭をかきながら、


「俺は別に剣士までやめた訳じゃないぞ。未練になるから刀は持ってないけど」


 雪姫はぱちぱちと瞬きした。刀を持たないのに剣士……?

 何だろう? その『羽はないけど鳥です』みたいな表現は。


「ふざけてるの冬馬。刀も剣も持ってないあなたが剣士だなんて……」


「いや、ふざけてねえよ。なんて言ったらいいのかな。これは剣士の定義で――」


 と、剣士の定義について語ろうとしたその時、


「あ、あの、クロさん……」


 涼やかなソプラノ声が、彼らの話を中断させた。

 冬馬達が驚き振り向くと、そこには紙袋を持ったフィオナが立っていた。

 もこもこの白いセーターを着込んだ彼女は、まるで子羊のような瞳で冬馬を見つめている。


「あれ? フィオ、いつからそこにいたんだ?」


「プーさんの話ぐらいから、です」


(……プーさん? ああ、クマのことか)


 そこそこ前からいたらしい。


「プーさん、凄い、ですね。クロさんよりも強いの、ですか」


「いや、その言い方だと俺があのファンシーな奴よりも弱いみたいだから、やめてくれ」


 どうやらフィオナの中で冬馬の強さの序列が『プーさん』よりも下がったようだ。

 何気にショックで、つい冬馬が肩を落としていると、


「ぷぷっ、あはははははっ! プーさんに負ける冬馬かぁ……」


 雪姫が笑みを浮かべていた。さっきまでの険悪な雰囲気も消えている。

 少女が笑顔を取り戻してくれて、冬馬はホッとした――が、


「……冬馬、さっきの話は後でね」


 と、小声で念を押されてしまった。やれやれと冬馬は頬を指でかく。

 ともあれ、フィオナのおかげで重かった空気は払拭された。

 そのことに、冬馬が密かに感謝していたら、


「あ、あの、クロさん。元気出して、下さい」


 何故かフィオナに励まされた。


「へ? なんで? 俺元気だぞ?」


「……あなた、さっきまで無茶苦茶荒れてたじゃない」


 雪姫の指摘に、「ああそっか」と冬馬が納得する。


「まあ、かなりショックだったからな……」


 思い出すだけで再び落ち込みそうになり、つい苦笑を浮かべていると、


「――はいっ! そんなクロさんに、元気になるプレゼント、です!」


 フィオナが、手に持つ紙袋を差し出してきた。


「一ヶ月かけて私が作ったもの、です。きっと元気になりますよ!」


 彼女はにこにこと笑みを浮かべている。

 へえ一体何かな~、と期待しながら、冬馬は紙袋を手に取る。

 そして、何気なく紙袋の中のものを取り出して――ピシリと固まった。


「こ、これは……」


 フィオナのプレゼント。

 それは光沢のない漆黒のロングコートだった。

 ――まるで拘束衣を彷彿させるこのコートはまさか……。


「お、おう……。ら、らいおっと=おーがす……」


「はいっ! そうです! ライオットの神父服、です!」


「神父服!? これが!?」


 思わずツッコんでしまう冬馬。そして、ふと思い出す。

 そう言えば、フィオナの着ていた巫女服は――。


「そっか……。あれは《フィオナ=ブロッサム》の戦闘服だったのか……」


 あの身震いするような《悪夢の五十九日間》で刻みつけられた知識と、初めて出会った時の少女の姿が記憶の中で見事に重なり合った。


「はい。お姉ちゃんがいつも言っていました。こういうのはまず形から入るものだ、と。だから私、クロさんの分も作りました」


 と、フィオナは言う。冬馬としては頬が引きつるばかりだ。


「ねえ冬馬。ライオットって誰なの?」


 雪姫の素朴な質問。少年は遠い目をして答えた。


「《メルザリオシンワ》ノ、トウジョウジンブツ、ダヨ」


「なんでカタコト?」


 雪姫は不思議そうに首を傾げたが、そう尋ねた瞬間、冬馬が大きくひきつけを起こしたので、それ以上は黙っておくことにした。

 そのおかげか、しばらくすると冬馬も調子を取り戻し、


「はは、形から入るか……」


 と、しみじみと呟いていた。しかし不意に目を細め、


「でも、折角だけど、もう意味はないかな。結局俺には……」


 つい諦観の言葉がもれてしまう。すると、


「クロさん、諦めちゃダメ、です! ライオットは不屈の戦士、です!」


 フィオナがそう励ましてくれた。そして小さな両手をぎゅっと胸の前で握りしめ、「ガンバ、です!」と応援までしてくれる。

 そんな少女の姿を見ていると、何やら元気が湧いてきた。


「ふふ……そうだよな。この程度で諦めていられないか。ありがとうフィオ。――うん! じゃあ、折角フィオが作ってくれたんだし、ちょっと着てみるか」


 そう告げて、冬馬はライオットコート(命名)を、制服の上から羽織ってみる。

 薄くて軽い割には、意外と暖かいコートだ。


「おっ、暖かいな。どうだ、似あうかな? フィオ、雪姫」


 と、少女達に訊くか返事がない。訝しんで二人の顔を見てみると、


「……? どうしたんだ? 二人とも?」


 少女達はぼうっとした表情で冬馬を見つめていた。

 何故か二人とも少し頬が赤い。

 不思議に思い、冬馬が「お~い?」と手をぱたぱたと振ってみたら、


「――ク、クロさん! 凄い、です! ライオットにそっくり、です!」


 フィオナが、キラキラと瞳を輝かせて声を上げた。

 そして、ずっと興奮したまま「ライオット」の名を連呼している。

 銀髪の少女の暴走っぷりに、思わず冬馬が引いていると、


「……冬馬、カッコいい……。まるで鬼堂院コウハみたい……」


 今度は雪姫が、うっとりとした表情で「本家」の名前を呟いていた。


「……お前ら、どんだけあのキャラが好きなんだよ……」


 二人の少女の様子を半眼で見つめ、冬馬が呆れ果てる。

 そして、やれやれとコートを脱ごうとした――その時だった。


 ヴィ――ッ、ヴィ――ッ、ヴィ――ッ!!


「「「ッ!」」」


 突如鳴り響く警告音。三人の表情に緊張が走る。


「これは、まさか敵襲なのか……?」


 冬馬が鋭い眼差しでフィオナを見つめて問う。


「わ、分からない、です。けど、警告音が鳴るなんて、初めて、です……」


 少女は不安げな表情で答えた。冬馬は雪姫の方にも視線を移し、


「何にせよ嫌な予感がする。雪姫、フィオ。とにかく高崎支部長の元へ急ごう」


 こくりと頷く少女達。

 そして、三人は重悟のいる観戦室へと駆けだした。

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