煌めく街の凡人 エピローグ

「最近、あの人来ませんね」


「う~ん?誰が~?」


 営業を終了した店内ではマスターと少女しか居ない。


「よく小説を書いて持ってきたあの人ですよ」


「忘れた~。私って忘れっぽいからね~」


 少女は言いながら目の前にあった酒を空にする。


「飲みすぎですよ、花梨さん」


「私だって飲みたいときくらいあるのよ、営業中じゃないんだからいいでしょ?」


 不貞腐れた物言いに彼女にノボさんと言われているマスターは困ったようにため息をつく。


「そんなに辛いなら別れを言い出さなきゃよかったでしょうに」


「付き合ってたわけじゃないわよ、ただの客なんだから変なこと言わないで…」


 酒精で真っ赤に染まった頬をカウンターにくっ付けながら「ノボさん、もう一杯」

とねだる。


「はい、スクリュードライバーね」


 すでに三杯も飲んで、大分酔いが回った彼女は空になったグラスを指で軽く弾いて、早くよこせと催促する。


「だってあの人、自分は凡人だって言うのよ?才能なんて最後までやり遂げないとわからないもんなのに…」


「まあそこまで続けられること自体が才能ってやつですからね」


「私はね?この街の女王になるの。お母さんと同じくね、だから負け犬なんて欲しくないの、お客は沢山居てもいいけど、相棒は…仲間はそんなにいらないの」


 すでに大分酔いが回っているらしく、段々と話す言葉が支離滅裂になっていく。


 そんな彼女の言葉にノボさんと呼ばれた男は「うん、うん」と頷く。


「この人ならって…思ったのに…また期待はずれよ…」


「まあ、そのうち良い男に巡り会えますよ」


 トン、とカウンターに酒を置く。 その件の男がよく飲んでいた酒を。


「だってしょうがないじゃない…あんだけ才能があるのに、私のことしか見ないんだもの…それなら離れるしかないじゃない」


 グラスに満たされたオレンジ色の液体を見ながらうわ言のように呟く。

 

「私は私、それをやめられないの。だから同じように自分は自分って言い切れる人を望んでるのにさ…そりゃ飲みたくもなるわよ」


 もはや愚痴だな。 こんな姿お客にはみせられない。


 苦笑するノボさんをよそ目に傷心の歌姫は言葉を紡いでいく。 


「だから傷をつけてやったの…最大限に痛い言葉で、あんなに辛い顔をさせて…でもね?それを乗り越えられるって…きっと乗り越えられるって信じてるから…私は……すー、すー」


 そのままカウンターに突っ伏して寝てしまった。


 寝入ってしまった少女をマスターはカウンターを出てその華奢な肩に寒くないように毛布をかけてあげる。


 そして満杯のグラスと空になったグラスを片付け始めた。


 それが出来る男なんて滅多に居ませんよ、でもそうじゃないと辞められないのでしょうね


 そう、そういう人でないとこの少女の孤独は癒せないのだろう。


 『煌く街の未来の女王の孤独』は。


 果たしてこの子にそんな男がいつか現れるのだろうか?

 

 彼女の母にかつて魅了されたファンであったマスターはそれがいつか叶えばいいのにと、薄暗い店内で空になったグラスを一人洗うのだった。

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煌めく街の女王。 中田祐三 @syousetugaki123456

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