第17話 これが末路

 再び龍に乗って私から伸びているという糸を辿っていく。近くなるにつれて感じるのは、背筋が凍るような感覚と空気がよどんでいく感覚。その感覚が、方角が合っていることを裏付けているようだった。

 でも、全然嬉しくない。先ほどから何かこれから大きなことが起こるのではないかと予感してならない。

「倉橋さん、大丈夫ですか?」

 私の不安を感じ取ったのか、和也さんが声をかけてくれる。しっかりしなきゃ。

「はい。大丈夫です。・・・でも、なんだか嫌な予感しかしなくって・・・」

「確かに、この気配を感じれば誰でも眉をひそめると思います」

 時刻はまだおやつの時間どきにさしかかろうとしているのに、いつも強い風で流れている雲が立ち込めていて、太陽の光は遮断されてしまっている。まるでこれから雨でも降るかのよう。

 でも確か今日の気象情報は雨じゃない。

「・・・見つけました。あそこの建物から伸びています」

 和也さんがそう言って指差したのは、前橋の郊外にあるとある建物。でも雰囲気としては人が住んでいそうな建物。

「おそらく、建物の1室を使っている可能性があります。周りの方に気づかれないように行動しなくては」

「はい」

 人気のなさそうな少し離れた場所で隠れ身の術を和也さんに施してもらい、地面に着地。そして、例の建物に急ぐ。

 いざ目の前に建物が来ると、その気配に圧倒されそうになった。つい体重が後ろに行ってしまい、それを和也さんが手を添えて支えてくれた。

「私だけが行ってもいいのですが、どうされますか?」

 本当は和也さんだけが行った方が安全なのかもしれない。でも聞いてくれてるってことは、私のことを信頼してもらってるんだ。県庁のところで教えてもらった術しか使えないけれど・・・。でも、はや君が危ない状態にあるなら助けたい。

 私にそれができるなら、助けたい。

「私のご一緒させてください。危ないと思ったら、ちゃんと引きますので」

「・・・わかりました。本当に危ないと思ったら、絶対に引いてください。私が対処しますから」

「はいっ」

 和也さんとそう約束して、いざ建物の中へ。

 各階には人が住んでいるようで、一見すれば普通の建物である。しかし気配だけを辿れば、普通と言えない。

 そしてついに、私から伸びているという部屋の前に到着した。

「行きますよ・・・」

 和也さんがドアノブに手を伸ばす。そしてゆっくりと扉を開く。

 中はとても静かで、誰かがいるような感覚は無かった。しかし、それは結界が張られているからであると、和也さんが教えてくれた。

 そして和也さんを先頭に中に入って行ったその時。

「これ以上先に行ってはいけない」

 右手首を急に後ろに引かれ、私は後ろに倒れそうになったが誰かが私の体を受け止めてくれた。

 この声、もしかして。

「・・・あ・・・あなたは・・・」

 紅い瞳の妖だ。

「どうして止めるんですかっ。もしかしたら、私の大切な人が危ない目に合っているかもしれないのに!」

「この先は危険すぎる。お前では怪我をするだけだ」

 私より圧倒的に背丈が高くて力が強い妖を相手に、手が振り解けるわけもなく右手首は掴まれたままだ。

「手を離しなさい」

 その時、妖の周りに術が展開され、すかさず妖は私から離れた。

「・・・ありがとうございます」

「いえ、気がつかなかった私も一理ありますから。すみません。お怪我はないですか?」

「はい。大丈夫です」

 少し距離をとる形で妖と会い向かいになる。

「この先が危険って、何が起こるかわかるってことですか」

「あぁ。小娘が行ったところで、何もできない」

「そんなの、行ってみなきゃっ・・・」

 すると、和也さんが私の前に出て右手で私のことを制した。

「なんだか、倉橋さんのことを心配しているかのようですね。何か思い入れでも?」

「・・・」

 どうやら、和也さんの質問に答える気はないらしい。

「・・・なるほど。では私たちは先を急がせていただきま・・・」

 和也さんがそう答えたまさしくその時。

「ぐあぁぁぁぁっ」

 男性の叫び声。この声は知ってる!!!

「はや君っ!!!」

 私は妖のことはすっぽり頭から抜けてしまい、声の聞こえた部屋の奥へと走った。最後の扉を開けてそこに広がっていたのは、はや君の首を両手で掴み体ごと持ち上げている女性の妖怪と、首を絞められ苦しそうな表情をしているはや君の姿だった。

「はや君っ!!!!」

 女性は大きな口を開けて、今にもはや君を食べようとしていた。

 なんてことをっ!!

 私は咄嗟に、以前県庁で教えてもらった術を展開してみる。集中して、陣を頭の中で想像して。

 すると、妖怪の足元に白い陣が展開される。よしうまく行ってるぞ。

 しかし、そんなうまくいくことは無かった。

 妖怪は一度はや君から手を離すと、その陣から逃げるように距離をとる。そしてすぐに切り返して私の方へ手を伸ばし攻撃を仕掛けてきた。

「っ!!」

 間一髪のところで避けた私だったが、すぐに妖怪の姿を見失ってしまった。

 どこにいるのっ!

 あたりを見渡してもみつからないっ。

『イガイトカンタンネ』

 そんなのも束の間、すぐ後ろから妖怪の声が聞こえて来る。

 後ろを取られてるっ!

 すると、私の後ろで結界のような白い膜が発動し、妖怪を後ろへ吹き飛ばしてくれた。すぐ和也さんの姿を探すと、やはり和也さんの術のようだ。

「すぐきます!」

 和也さんの言葉の通り、妖怪は飛ばされてもなお立ち上がり、こちらにものすごい勢いでやって来る。

 ど、どうしようっ!

 その時、私の前に紅い瞳の妖が立ちはだかった。

 どうして・・・?

「もうやめるんだっ!こんなことをしても、何にもならない!」

 妖の悲痛な叫びだった。この妖、本当はこの状況から妖怪となった彼女を助けたいのでは・・・?

 しかしその叫びは妖怪には届かず、妖は妖怪の攻撃をダイレクトにくらってしまう。

「ぐはっ・・・」

 壁にめり込んでしまうほどの一撃。もし私がくらってたら、生きていたかどうかもわからない。

 そして妖怪は「次はお前だ」と言わんばかりに私の方を向いた。

「オマエナンテイラナイ。ワタシガタベテアゲル」

 私なんて・・・いらない?どういうこと?

「倉橋さん!聞き入ってはダメだ!!」

 和也さんが向こう側で何か言っているが、全く耳に入ってこない。妖怪の言葉が絶対かのように頭から離れない。

「クラハシハ、イナクナレバイイ。アシヤトイッショニ」

 倉橋がいなくなればいい?どういうこと?

「やはり、目的は最初から倉橋さんだったかっ」

 和也さんは外から陣を組んでこちらを援護してくれるが、ことごとく弾かれてしまう。やはり元々蘆屋家に仕えてただけあって、能力はかなり高いのかもしれない。現に私も言葉が鎖のようになってしまっていて全然動けない。

 妖怪の手がこちらに伸びてくる。それなのに動けない。

 このままじゃ私が食べられちゃう。結局、足手まといになっちゃう。

 私・・・。

 

 しかしその時、突如として妖怪は青い炎に身を包まれた。


『ギャァァァァァ』

 苦しみもがく妖怪の姿を見てようやく体が動けるようになった。術が解けたのかもしれない。

「倉橋撫子」

 妖にフルネームで呼ばれてついびっくりしてしまったが、しっかりと前にいる妖の姿を見る。

「ちゃんと見るんだ。これが、蘆屋家に仕えた妖の末路だ」

 青い炎は次第に大きく広がっていく。すると妖怪の足元に白い陣が形成されていく。和也さんが陣を組んでいるんだ。

『ギャァァァァァ!!!!』

 苦しみの声が次第に大きくなっていく。

 私は妖の服の裾を引っ張った。

「・・・どうした」

「彼女の名前を教えてほしいの」

 蘆屋家で一緒に仕え、過ごした時の名前を。

「・・・彼女の名前は愛だ。沢山の妖に愛された、美しい妖だった」

「愛さん・・・」

 彼女の姿が次第に灰と化していく。彼女が最後に手を伸ばしたのは目の前にいる妖だった。

「愛・・・。すまない・・・・」

 そして彼女の体は最後まで灰となり、和也さんの術でその灰は妖力を持たないただの灰となった。

 それ見届けるとすぐにはや君の姿を探した。見つけたのは和也さんの後方で横たわっている姿。流石、和也さん。しっかりと助け出していた。

「はや君っ、はや君っ」

「気を失っているようですが、命に別状はなさそうです」

「よかった・・・」

 はや君の安否が確認できてホッと一安心。

 そして私は灰の前に両膝をついて手を合わせた。

– これが蘆屋家に仕えた妖の末路だ–

 これが、末路・・・。これが、現実。

「倉橋撫子。彼女を惨めに思うか?」

 ここで最期を迎えた愛さん。

「こうなる前に出会えていたら、きっと何か変わっていたんじゃないかって・・・、そんなことを私は考えちゃう。惨めなんか、これっぽっちも思わないよ」

 思うことなんて・・・私にはできないよ。

 

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