第16話 糸
はや君、どうか無事でいてっ!
私はそう願いながら、大学を出て急いではや君の家に向かう。後ろから和也さんも着いてきている。でも、走るんじゃあまりにも遅すぎてもう何か起きていたらとてもではないけど、間に合わない。
「このままでは間に合いませんね・・・」
同じことを考えていたようで、和也さんはふとつぶやいた。
「倉橋さん、式神を使いましょう」
「え、式神ですかっ?でもここでは人がいて目立ってしまうんじゃ・・・」
「大丈夫です。目くらませの術を使いますから」
すると和也さんは、胸ポケットから人型の紙人形を取り出すと、呪文を唱え始める。すると紙人形は白く光りだし、和也さんの手元を離れるとそのまま大きな龍の姿に変わった。白くて私たちの身長をゆうに超える龍だった。
「え、えー・・・」
圧巻です。移動に龍を使われるなんて、はい。
「では、行きましょうか。案内、よろしくお願いします」
つい驚いて固まってしまったけど、そんなことをしている場合ではない。今は急がないと!
「は、はい!」
先に龍に跨った和也さんから手を差し伸べられ、その手を取ると引っ張られそのまま龍に跨った。
「で、では龍さん、よろしくお願いします!」
私の言葉に無言で頷くと、龍は天高く出発した。
龍で移動すると本当にあっという間で、すぐにはや君のいる部屋の前に到着した。
「はや君!聞こえる?私!撫子だよ!」
扉の前で声をかけてみる。しかし、反応はない。
「はや君・・・。もしかしていないのかな」
その時、夢でのはや君と長い髪の女性の話ているシーンと、私が首を絞められたシーンのことを思い出す。
そんな、はや君・・・妖怪に食べられたとか・・・ないよね?
私の隣では陣を組んで術を発動している和也さんの姿がある。
「どやら部屋の中にはいないようですね・・・。この中から、人間の気配が見当たりません」
「そんな・・・どこに行っちゃったの・・・?」
「可能性があるとすれば、あの妖怪に連れて行かれたか、ですね。1回当主に相談してみた方が・・・」
しかしその時、和也さんは驚いた表情で私の方を見た。
「和也さん・・・?」
「・・・倉橋さん。あなたなら、あの妖怪を見つけることができるかもしれない」
「わ、私ですか?」
確か、以前和也さんは、妖怪が私にご執心って言ってたけど・・・。何か関係しているのかな?
「あなたから1本の糸が伸びているように見えます。おそらく、相手も倉橋さんが来ることを望んでいるのかと」
私が来るのを望んでいる?私は和也さんほど力があるわけじゃないし、狙われる理由がさほどあるわけじゃないのに、どうして?でもそれは、はや君も同じだ。私の幼馴染のお兄さんであって、力がるとかそういうのはない。でももしかしたら、私に関係あるから狙われたのかもしれない。
「私、どうすればその糸を辿れますか?」
私には和也さんが言う糸が見えていない。
「・・・私が案内をします。でも絶対に私から離れないでください」
「はい、わかりました」
何もありませんように。妖怪のところにはや君がいませんように。
ただの杞憂でありますように。
そんな私たちの姿を、紅い目がじっと見つめていたことを、私は知らなかった。
今は使われなくなったとある部屋の一角。
傷だらけになった青年–加藤 颯が横たわっていた。どうやら失神しているようで意識はない。
そこにやってきたのは、紅い瞳を持つ妖だった。
「申し訳ない、こんなことに巻き込んでしまって・・・」
気配からして、この青年は強い霊力の気配はない。つまり、陰陽師などとは関係のない一般人だ。そんな彼を巻き込んでしまったことに、妖は申し訳なさそうに呟いた。
しかし、彼女が選んだということは何かある青年なんだろう。
獲物を探し始めた彼女は、妖の自分ではスピードがあからさまに違うため、止めることが困難を極めている。しかし、今回は幸いに犠牲者が出る前に見つけることができた。しかし、本当に狙っているのはもしかしてこの青年ではなく、あの女性なのでは・・・?
そんな考えが過ぎるが、彼女があの女性を確保することは難しいだろう。蘆屋の次期当主が近くにいなくとも。女性1人でもきっと、厳しいだろう。
その時、遠くからこちらに近づいて来る影を2つほど察知した。そして反対から、彼女の気配が近づいている。
戦いが始まる。
それも、かなり激しい。
生き残るのは、果たしてどちらなのか。
妖には検討がつかなかった。
そして同じ頃、蘆屋書店にて。
「・・・嫌な気配が立ち込めている・・・」
書店で勤務していた弘文も空を見上げ、そう呟いた。
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