第9話 裏世界の人間


「ふぅーーーー」

(不覚、、、、、)

玲奈は大きくため息を吐く。


大きな木の下、そこにあるベンチに玲奈と奏斗は腰掛けていた。

「落ち着いた?玲奈ちゃん」

「、、、、、うん」

奏斗が献身的に声をかけるも玲奈は自責の念にかられていた。


(まさか久々に日の下で運動したら)

(暑さに耐えきれず倒れるなんて)


ズコーーー

かれた音が手元で響く。

「ふふ。美味しいよね!このジュース」

「、、、、、うん」

(?)

奏斗の言葉になんの考えなしに返事を返す。

しかしそれで初めて玲奈は自身の状況に気づく。

(ん?)

(ジュース?)

「ズコーー」

(!!!)

頭が回っていないのに体は動いている。

口をそこから外して呆然と下を見る。

「えっ?」

「ん?」

玲奈のその反応に、隣にいた奏斗も不思議そうに手元を見つめる。

「ジュース!!!???」

「!!」

玲奈の驚きの声が響き渡る。

奏斗もその状況、その声にに驚きが隠せない。


(しばらくお待ちください)




「ごめん、奏斗くん」

玲奈はそのままジュースの入ったカップを握りしめると申し訳なさに頭を伏せる。

「ううん、まさか無意識的に飲んでたなんて、、、はは。」

状況を察した奏斗は驚きつつも玲奈に気を遣わせないと優しい笑みを浮かべる。

玲奈はそれを受け入れつつ申し訳なく感じるとともにある重要なことに気がつく。

「あ、お金!」

そう、無意識でもらい、飲んでいたため無論代金など払っていないのだ。

「いいよ!僕からのプレゼントってことで」

「で、でも、、、、」

「本当気にしないで!」

「!」

懐が広いというかお人好しというか。

でもそれが嫌ではないことを玲奈は体でわかっている。


溢れるのは温かさ、そして感謝の気持ちだ。

「ありが、、、、とう」

「うん!」

そういうと奏斗も嬉しかったのか明るい笑みを返してくれた。



「あっ、授業とか大丈夫?」

「そういえば」と思い出したように玲奈はまた慌てて声を上げる。

(次期幹部候補生なのに、、、、)

「次の授業春賀先生だから事情伝えたら大丈夫だって」

「!」

(よかった、、、、、、)

(私のせいでってなったら嫌だし)

ホッとするとともに自分の中に出た邪念に玲奈は少し戸惑う。


それを知らない奏斗からまた明るい声が掛かる。

「このジュース聞くでしょ?」

「!」

「本当は保健室に連れてくのが1番なんだろうけど、熱中症とかの時はここのジュース飲むとすぐ治っちゃうんだよ」

「!」

(確かに、、、、元気になった、、、、)

玲奈はそのまま手元に握るジュースのカップへと目を向ける。

中身の見えないオレンジ色の紙コップにストローがさしてある。

見た目は至ってどこにでも売ってあるジュースである。


「調合の魔法の人が作ってるかららしいんだけど、凄いよね!魔法って。どんな不可能なことだって可能にしちゃうんだもん」

キラキラと目を輝かせて奏斗はそう話す。

玲奈はそれを見てふと思うのだった。

(その分失うものも大きい、、、、、)

(とは)

(流石に言えなかった、、、、、)

「、、、そう、だね」

「あ、玲奈ちゃんもそう思う?」

「うん」

目を合わせず玲奈は頷きを返す。

(こんなに目を輝かせて魔法の話をする人を私は今まで見たことがなかったから、、、、)



ーーーーーーーーーー


キーンコーンカーンコーン

「あ、チャイム鳴ったね、、、、」

(お昼休み、、、、か)

チャイムと奏斗の発言に玲奈は現実に思考を戻す。

すると、

「「玲奈ちゃんー!奏斗くんー!」」

「!」

遠くから自分たちに手を振り、駆けてくる姿が見える。

「あ、桃花ちゃんと奈々子ちゃんだ!」

奏斗もそれに気づき、かけてくる2人の名前を呼ぶ。

(そして、、、、ハル先生、、、、)

2人の後ろを歩いてくる春賀にもそのまま玲奈は目を向けるのだった。



「どう?玲奈ちゃん、具合はもう大丈夫?」

「、、、、、はい」

春賀の問いかけに玲奈は短く答える。

するとそれを横で聞いていた桃花と奈々子が嬉しそうに声を上げた。

「あー!よかった!」

「急に倒れちゃうからびっくりしちゃった」

「、、、、、、、。」

玲奈にとってはある意味黒歴史。

心配されるのは嫌な気はしないがその倒れた事実は揉み消したいほど嫌な記憶である。


そんな複雑な感情に揉まれる玲奈の前で春賀が声を上げる。

「あ、そうだ!」

「!」

「今みんな空いてる?」


ーーーーーーーーーー

ーーーーーー


5人は中庭へと移動する。

中庭には白を強調としたガーデンテーブルとイスが用意されており、昼食時は風が気持ちいいそこでお昼を食べている生徒も少なくない。

幸い今日は誰もおらず、5人は1つのテーブルを囲って座った。

「じゃあ奏斗くん、お願いします!」

全員が座り、一息ついたのを確認すると春賀が号令をかける。

「はい。じゃあみんな一旦目をつぶってくれるかな?」

「「はーい」」

「!」

(目を、、、、、、)

慣れたように従う桃花と奈々子とは別に玲奈は警戒する。

目を閉じる、それは無防備になるのと変わらないからである。


「あ、大丈夫だよ!別にそんな変なことしないから!ただ途中見ちゃうとびっくりするかなって」

(途中、、、、、、?)

春賀のその言葉に逆に疑問が強くなる。

「見ればわかるよ」

「、、、、、、、。」

優しくそう告げる春賀と見つめる奏斗に玲奈は躊躇いながらも目を閉じ従った。

スッ

「それじゃあ行きます!えいっ」

それを見計らい、奏斗が少し頼りない声を上げる。

「?」

目をつぶっているため何が起きているのかはわからない。


「はい、じゃあみんな目を開けて」

するとすぐに春賀からまた指示が出された。

フッ

ゆっくりと目を開けると、、、、、




眼下に広がるのは学園全体。

自分が今空を飛んでいるのかと思うほど学園全体が見渡せる。


「!!!!!!」

それには流石の玲奈も驚きを隠せない。

(これは、学園の上空、、、、?)



「具現化魔法」

「!」

近くから春賀の声がする。

隣を見るとそこには同じく学園の上空を飛んでいる彼の姿があった。

「奏斗くんの魔法だよ」

「!」

「脳内に浮かべたものを具現化して相手に見せる魔法だ」

そういえば今まで一緒にいることがあったとは言え、彼がなんの魔導士でどんな魔法を使うかを玲奈は知らなかったことに気づく。

「わぁ!いつ見てもすごいねー!」

「本当にリアルー!!」

同じく隣にいる桃花と奈々子はそれも知っていたかのように楽しそうに声を上げる。



「新しく学園に入学する子がいたらこうして奏斗くんの力を借りて学園の説明をしているんだ」

「!」

春賀が言葉を続ける。

「でも奏斗くんの負担にもなるからパートナーっていう制度を設けてるんだけどあんまり効果を発しなくてねー。翔くんにまだ学園のこと聞いたり教えてもらったりしてないよね?」

「、、、、、、、、。」

返す言葉もない。

そもそもなぜ自分に敵意を向けている彼をパートナーにしたのかという疑問すら口にはしないものの玲奈の中にはあった。

「まあ、いいや。じゃあ学園の説明ササッと始めるね」

それを知ってか知らずか春賀はいつものマイペースさで話を進めていく。


「見てご覧。この端から端まで、これすべてが魔法学園の敷地だ」

春賀が人差し指を使い、外との境界線とも言える所を西から東へと指さす。

(思っていた以上に、、、広い、、、、)

顔を動かしてやっと見える上空からの全体像にこの学園の計り知れない大きさを目の当たりにする。

「森が東西南北すべてにあって、学園を隠すように広がっている。そしてその中に僕達の学校があるんだ」

木が覆い茂り緑色に染まっている。そこが森であり、春賀の言うように東西南北全てにある。

そして中心には平地、そして建物が点々と点在していた。


「あれが私たちの生活している寮で、隣の赤い屋根が初等部よねー」

「!」

桃花が建物を指して声を上げる。

「そうそう。大正解!初等部は2歳から7歳までの幼児クラスと8歳から12歳までの児童クラスに分かれてるんだ」

(2歳、、、、、、)

その説明を聞き、玲奈は昨日寮で見た小さな男の子を思い出した。

わかってはいたがそんな小さな子どもまでが親元を離れてここにいるのである。


春賀はそのまままた説明を続ける。

「そしてその少し北にある青い屋根が僕達のいる中等部だ。13歳からの3年生」

「中等部からは外の学校生活と同じなのよね」

奈々子も確認を兼ねて問いかける。


「そうそう。そして中等部が終われば次は高等部。黒い屋根の黄色い建物がそうだよ」


(高等部、、、、、)


「大体みんなは18歳、高等部が終わればこの学園を出るんだけど免許や資格が欲しかったり、もう少し勉強をしたいと思ったりした子はあの灰色がかった建物。大学に進むんだ。極小数だけどねー」


玲奈は春賀の説明を聞き、なんとなくではあるが学園の配置、制度が理解出来てきた。

そしてそれと同時に視界に広がる様々な建造物へと目がいく。

「あの建物が集合しているところは?」

「あそこはストリートタウン。ここでの生活で必要なものやお店などが揃ってる。所謂学園にある街みたいなものだね」

「魔法で作ったものもたくさん売ってるんだよー!」

「楽しいよねー」

「ねー!」

春賀の説明に加え、+αと言ったように桃花と奈々子が情報を伝える。

「まあ学校がお休みの時よく行ってる子多いよね」

「、、、、、、、。」

春賀のその言葉に玲奈は沈黙を返した。


「本当最初入った時は出られないと知って、びっくりしちゃったけど全部揃ってるから不自由はないよねー」

「うん!」

(出られない、、、、か)

(別に気にすることもないな)

(帰るところもない)

(私の家はマスターの元だもの)

桃花と奈々子の言葉に玲奈はまるで自己暗示と言ったように考えを巡らせる。


(マスターが「行け」といったから)

(私はここにいるんだから)


「、、、、、、、。」

そう思いつつも、それが事実だと自らでもわかりつつも何故か心の内が少し虚しく感じる気がしたー。

フッ


「はい、おしまい。奏斗くんお疲れ様!」

魔法が解かれ、元の中庭の景色へと戻ってくる。

「ふぅー久々の空中散歩楽しかった!」

「ありがとう!奏斗くん!」

「いやいや、、、、、」

楽しかったと満足な笑みを浮かべて感謝をされ、奏斗も少し照れくさそうに笑う。


「玲奈ちゃんも、、、楽しかった?」

「うん、よくわかった。ありがとう」

そう短く答えると玲奈はそのまま

スタスタスタスタと足早にその場を去っていった。


「ありゃりゃ。疲れちゃったかな?」

「あーあ、一緒にお昼食べようと思ったのに〜」

「ね〜〜」

残された者達はその後ろ姿を見ながらそう呟くのだった。


ーーーーーーーーーーーー

ーーーーーー


スタスタスタスタ

中庭を離れ、足早に歩く玲奈。

(本当に素敵な魔法だと思う、、、、)

(使い方も千差万別)


「、、、、、、、、。」

(学園を知って良かったはずなのに)

(矛盾した感情が生まれてる、、、、)

先程の虚しさも含め、玲奈の中には複雑な感情が渦巻いていた。



その時、

「!!」

玲奈はなにかの気配を感じる。

ヒュッ

近くの木に素早く飛び移ると、葉と枝の間に身を隠し、様子を伺った。


(この気配、、、、、)



「っ、はぁはぁ」

玲奈の予想通り、草むらから現れたのは息を切らした翔の姿だった。


(成瀬翔っ、、、、!)


「ごほっ、ごほっ」

翔はかれた咳をし、その場に膝をつく。

(思った以上に衰弱してる、、、、、)

それを見た玲奈は眉を寄せて様子を見る。


すると

「見つけたぞ、翔」

「!」

また別の声が近くから聞こえる。

「っ!」

翔はその声に焦りの目を浮かべ、声の方へと振り返る。


カッ

高いヒールの音と共に現れたのは全身真っ黒な服に身を包んだこ怪しげな高身長な男の姿だった。

足元は先の尖ったヒールの黒ブーツ、目元は仮面で隠れている。

「あまり手をかけさせるな。鬼ごっこは終わりだ」

そして感情のない冷えきった声ー。

「っ、はあはあ」

逃げようにももう体が動かない翔にその男はそのままゆっくりと距離を詰める。

「まあその体じゃ逃げるのはもう無理か」

「っ、くそ」

悔しげに声を上げる翔を見て、男はほくそ笑むと

「来い。次の仕事だ」

鋭い真っ黒な爪を翔へと伸ばした。

「ぐっ、、、、」


「、、、、、、、。」

ヒュッ

スタッ

一部始終を見ていた玲奈がそのまま2人の前へと飛び降りる。

「!!」

「っ!?」

突然現れたのその姿に翔もその男も驚きを隠せない。


「っ、お前がなぜここに、、、」

「、、、、、、、、。」

ギロッ

男の問いかけに玲奈は殺気の満ち満ちた鋭い瞳で答える。

「っ!!」

そのあまりの威圧感に男は怯んでしまう。

「ーっ、てっめぇ」

玲奈の後ろでは今にも倒れそうな体を支えながら翔が声を上げている。


玲奈はそのまま男を睨みつけると短く、そしていつもより低い声で言い放つ。

「何故ここに?あなたには関係ない」

「っ」

「!」

「あなたこそ何故こんなところにいるの?ここはあなたの領域ではないはず。ここでの私たちの生活を犯そうというなら容赦はしない」

ゴゴゴゴゴゴゴ

ビリビリビリ

大気が大地が震えている。

魔法は何も使っていない。

ただ彼女が出す凄まじい殺気がすべてを震いあがらせているのだ。

「くっ、、、、」

男は無意識にも体が後退しているのがわかる。

これは危険だ。と本能的に告げているのである。

「!」

(なんて殺気だ、、、、、)

(大地が震えてやがる、、、、)

後ろに立ち、表情までは見えないものの翔もその状況が手に取るようにわかる。後にたっていてこれだけの威力だ。

これを直に向けられている人間はどれほどのものか。

「フッ、いいだろう。今日は見逃してやる。翔、せいぜいこの女に感謝するんだな。そして忘れるな。あれが私の手にある以上お前は逃げられない」

「くっ、、、、、、」

「、、、、、、、。」

シュン

そう意味深に告げるとそのまま男は姿を消した。

翔の表情は男の言葉でますます歪んでいる。



玲奈は男の去った後に流れた砂埃を見やり、自分の言った言葉に思いふける。

(私たちの生活、、、ね、、、、)

(がらでもない、、、、、、)

(ここでの生活など所詮まがい物なのに、、、)



『玲奈ちゃん!』

そう思った脳裏に不覚にも桃花、奈々子、奏斗の姿がうつる。

「、、、、、、、。」



「はぁ、、、何故助けた?」

少しの沈黙のあと後から声が掛かる。

玲奈は振り返ることもなく無愛想に言葉を返す。

「、、、勘違いしないで。そんな体で行って何が出来るっていうの?無駄死にでもするつもり?」

「!お前、、やっぱり、、、」

返ってきた答えに翔はより一層警戒と敵意をむき出しにする。

それを感じた玲奈は表情を変えないまま軽く振り返ると

「そんなに殺気立たないでよ。今はあなたと戦う気分じゃない。いずれわかるわ。私の正体も、あなたの正体も」

吐き捨てるようにそういうとそのまま去っていった。



タッタッタッタッタッタッ

玲奈の去っていくその背中を睨みながら翔は息苦しい胸に手を当て悔しげに声を漏らすのだった。

「、、、、っ、、、くそ」



ーーーーーーーーーーーーー


ーーーーーー


翔の元を離れ、玲奈はまた考えを巡らせる。

考えているのは、そう。

先程の翔の前に現れた怪しげな黒ずくめな男のことだ。


(あいつがあんなにも表の世界に堂々と出てきているなんて、、、、、)


(それに衰弱した彼への必要以上の接触、、、)


(私がこっちにいるから、、、、?)


(確かめるすべはただ一つ)


(出てきた出口に入るだけ、、、、)


(私の元いた世界、、、、、)


コツ

暗闇ー

光の入らない世界ー。

そこは裏への入口。

いや、裏世界そのものだろう。


「おかえり、玲奈」

「おかえりー」

どこからともなく現れた人影が帰宅を迎える。


それに反応を示すこともなくそのまま奥へと突き進んでいく。


そして

「やあ。外は楽しいかい?玲奈」

その最奥部。

真っ暗な部屋のその先、さらなる暗闇にいる者が声をかける。

「ただいま戻りました。マスター、お話があります!」

玲奈は強い瞳でそのままその人影へと話しかけた。

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