第53話 そこまでにしてくださいね、兄さん♪


 薄暗い和室、そこから幼い女の子の甘い声が響く。


 「あっ、やっ、だめ……ん」


 いくら俺達が夫婦(仮)だからといって小学生とこんな淫らな関係になるのは如何なものか……そう考えた時期もあった。

 しかしそんなものはすぐに消えた。何故なら俺は彼女のことを本気で愛していたし、彼女も俺のことを本気で愛していたからだ。


 第一章、幼い花嫁とひみつの特訓♡


 ……などといったようなことが、これから先は延々と書かれているゲームを見て僕は思わず頭を抱えながら、このゲームを共に見ている親友に問いかける。


 「お前ガチな幼妻いんのにこんなもの買ってるのか?」

 「バカを言うな! 俺と奈穂はまだ……付き合ってるだけだ!」

 「あんなプロポーズのようなことをしておいてなにを……。というか本気でこれを買うのか? 僕からしたら体験版だけでもうおなかいっぱいなんだが」

 「もちろんだ。この作品にはそれだけの価値がある」

 「そう言って前回も前々回も失敗していただろ……。それでその度に『やっぱり奈穂の会社のゲームしか俺には合わない』とかなんとか」

 「それは過去の話だ。今回ばかりは絶対に大丈夫」


 そんな会話をするロリコンふたり。ふと外を見ると既に日が沈みかけていた。

 今はもう十二月の中旬、冬の寒さもそろそろ訪れ始める頃。

 ちなみに今は昔使っていたアパートにいる。こんな日は黙って暖かい朝武邸の自室に籠っていたいのだが、流石にこの手のゲームを愛莉のいるそっちでやるわけにもいかずこのような処置をとることになったのだが……。

 僕は先程パソコンの画面に映っていたロリの描かれているパッケージを手に取る。


 「それにしても充はこの手のゲームをよくほいほいと探してくるよな」

 「そりゃあお前、他社のゲームを知ることは大切だろ?」

 「いやそういう意味で言った訳じゃなくてだな……。今のご時世、基本的にエロゲと言えば巨乳キャラ中心のゲームばかりなのにお前が見つけてるのはヒロインが基本貧乳だろ?」

 「はっはっはっ、むしろそこで選んでいると言ってもいい。だけど苦労するんだぜ、やっぱり拓海の言った通り今は巨乳の時代と言わんばかりに巨乳ばかり……。今はどこの業界も売れると思ったジャンルというか性癖ばかり出すのが流行っているのかね」

 「でもそれは仕方ないことなんじゃないか? やっぱり売り上げも大切だし」

 「うーん、それはそうなんだが……」

 「充の気持ちもわからなくはないけどね」


 そんな雑談をしつつも画面内はサクサクと進んでいく。

 しかしある時、画面が止まる。

 そこには結婚指輪とそれを嬉しそうに受け取るヒロインの姿。


 『──俺と正式に結婚してくれ』

 『……はい♪』


 最初こそふざけているような内容だったものの、様々なイベントを超えて最後にはしっかりとした夫婦になる。むしろあそこからよくこんな展開に持っていけたものだと感心してしまう。

 しかしだからこそか、僕達はそこから進むことが出来なかった。

 それから数分の時が経ち、やっと充が口を開く。


 「……なぁ拓海。お前あれからどうだ?」

 「どうって……婚約の後のことか?」

 「……あぁ」


 充は隣でゆっくりと頷くと、再び画面の中のストーリーが進み始める。


 「別にどうと言われても。これといって大きな変化はない、かな」

 「ないって、まだ手を出したりとかしてないのか?」

 「あはは、それはまだかな。僕の中で色々決めてるから」

 「そのことは愛莉ちゃんは知ってるのか?」

 「いや、まだ話してない。……いつかは話さなきゃいけないとは思ってるけど」

 「まぁそうだよなぁ」


 再び充の手が止まる。


 「そういう充はどうなんだ?」

 「俺? 俺も拓海と似たようなもんだよ。こっちは愛莉ちゃんとは違って、奈穂もそういうのを意識してるみたいだけど」

 「……意外だな」

 「ん、なにが?」

 「いやさ、話を聞く限りじゃ僕と愛莉以上にイチャイチャしてるみたいだったから、てっきりそれ以上までいってるのかと」

 「あぁ、そういう。……ま、実のところ何回かはそういった雰囲気になったことはある」

 「……それは僕も、まぁ」

 「でもさ、最初こそドキドキしていい感じなんだけど、いざって時にふと我に返って冷静になるんだ。本当にこれでいいのかって」

 「……小学生との恋愛、それは決して普通とは違うとはわかっていてそれでも好きだからしたのにな僕たち」

 「住む世界が色々な意味で違う者同士がくっついた結果、なんだろうけど」

 「お互いに苦労や悩みは尽きないね」

 「……まったくだ。っと、そういえばそっちの方はどうなんだ?」

 「どうってなにが?」

 「愛莉ちゃんの胸の話だよ」

 「……シバいてやろうか?」


 真剣な顔でなに人の彼女の胸の話を持ちかけて来てるんだこいつは。


 「いやいや落ち着け。そういうことじゃなくて、成長具合はどうなのかなって。ほら奈穂も愛莉ちゃん、沙々ちゃんも成長期だろ」

 「……もしかしてだけど」

 「……お察しの通り、最近奈穂の胸が、胸が……大きくなっていってる気がするんだ!!」

 「それは、かなり重大な事件だな」

 「俺、もうどうしたらいいか……」


 言いながら充が手にしているマウスがカタカタ震えているのがわかる。

 こいつ、そうなるほど心配なのか。

 自分も似たような悩みを持つのに他人のこうした悩みを見るとガチで引きそうになるのは何故だろう。

 と、そこで僕はとある都市伝説みたいなものを思い出した。


 「……そういえば胸って揉めば小さくなるって聞いたことがあるな」

 「有名な都市伝説だな。しかし俺はその逆、揉むと女性ホルモンが分泌されて大きくなるとか聞いたことある」

 「どっちが正解なんだ?」

 「……知らん。でももしかしたら柿本なら──いや、ないな」

 「あぁ、ないと思う」

 「「……大きさで悩む必要がないからなぁ」」


 そう柿本明音は大きいのである! ナニがとは言わないけれど!!

 と、なると頼れる人は一人しかいない。


 「愛優さんか紗奈さんに聞いてみる?」

 「紗奈さんはともかくとして、愛優さんはやめておきたいかな俺は。あとが怖い」

 「……軽く想像しただけなのに冷や汗が止まらないわ。よし、ここは紗奈さんだな」


 早速僕は紗奈さんにメッセを飛ばす。

 流石は有能自宅警備員……メッセージの返信もとても早い。僕達はウキウキ気分でメッセージを確認する。


 『お姉ちゃんに相談してみますね』


 「……詰んだな」

 「……詰んだね」


 愛優さんに聞けないから紗奈さんに送ったのに何故かそこを素通りして愛優さんの元へ。

 僕達は二人してやっちまったと空を仰いでいると、続けて別の人物からメッセージが飛んでくる。その相手は確認するまでもない、愛優さんからだ。


 『揉み方によります。PSいま隣に愛莉様と奈穂様がいます』


 「「おぅ……」」


 なんという素晴らしいコンボ。

 どうしてこういう時って必ずと言ってもいいほど最悪な流れになるんだろうね。

 やがてどうがんばっても脳内処理が追いつかなくなった僕達は、現実逃避するようにゲームを進めた。




 ──それから一時間後、僕達は再び難関に居合わせていた。

 あれから順調に進んでいたゲームだったが、今はとある画面で止まったまま動きを見せない。

 もちろんパソコンが壊れたとかフリーズしたとかいう理由などではない。


 「……これは、どうするべきだ」

 「……自分の信念に問いかけるしかないだろ」

 「でも、でもっ!」

 「気持ちはわかる。だけど男には選ばなければいけない瞬間ときがあるんだ!」

 「わかっている、わかっているけど俺は、俺は選べねぇよ!」


 そう言って充は画面に移された四つの選択肢の場面でセーブをする。


 「健気な幼妻がお試しで呼び方をお兄様、お兄ちゃん、兄さんのどれかに変えるからどれがいいか選べだなんて!!」


 ……そう、今僕達は選択肢という壁にぶつかっていた。

 画面には今まで懸命に主人公に尽くしてくれた丁寧語、黒髪ロング、そしてロリと揃ったヒロインが今までの『旦那さま♪』呼びをお試しで変える選択肢……あぁこのゲームメーカーはなんて酷な選択肢を出してきたんだ。

 これは製品版なのだが、体験版のデモでここの選択肢をそれぞれ少しだけ見られるらしく、少し前に僕は見せてもらった。故にここまで悩んでいる。

 ちなみに三つの選択肢はこんな感じだ。


 ①『お兄様、ご迷惑でなければ私と一緒にお風呂、入ってもよろしいでしょうか?』と言ってどこかの妹様みたいな感じでお風呂シーン。


 ②『お兄ちゃん♪ 今日はお兄ちゃんの部屋で一緒に寝てもいい?』と上目遣いで無邪気に主人公の部屋に突撃し、そのまま一夜を共にするシーン。


 ③『に、兄さん……。その、今日は久しぶりに私の部屋で一緒に寝ない? べ、別に私が寂しいからとかじゃなくて、たまにはこうしてあげないと兄さんが寂しがるかなって……』と恥ずかしそうに赤面しながら自室へ誘い、そのまま一夜を共にするシーン。


 最終的には全て見るのだが、ここでは見る順番が重要なのだ。

 最後にどれを持ってくるかによって残る印象がガラリと変わる。

 言うなれば食事後のデザート並に大切だ。

 いくら最初と次が良くても最後で微妙なのが出されたら萎えてしまう。故にここでの選択はかなり重要なものとなる。


 「ちなみに最後に残して起きたい選択肢は決まっているか?」

 「……それはもちろん」


 それでも最後に残しておきたい選択肢は決まっているのが性というものだ。

 だって最後に残して起きたいものは純粋な性癖──もとい気持ちなのだから!

 僕達は「せーの」と言って同時に性癖をぶちまける。


 「俺はお兄様!」「僕は兄さん!」

 「「…………」」


 部屋になんとも言えない空気が漂う。

 いくら仲良しだからといって、僕達にも譲れない一線というものはある。なので二人してゆらりと立ち上がると、


 「ふっ、拓海くんよ。お前はお兄様の良さを何も分かっていない」

 「はっはっはっ、言うようになったじゃないか充くん。キミこそ兄さんの良さを理解していないように見えるが?」

 「……それなら柿本にも聞いてみようか」

 「そうだな。きっと柿本なら冷静な判断をしてくれるだろう」


 こうしてさっそく充はメッセージを飛ばす。

 そして返ってきた返信は、


 『お兄ちゃん呼びこそ思考に決まってるでしょJK』


 三竦み! こうなってしまった以上、僕と充を止めるものはなにもない。

 ──戦闘開始だ。


 「仕方ないから拓海くんにお兄様の良さを教えてあげよう。いいか、このように普段から丁寧なキャラだからこそ逆にお兄様呼びがはえるというものだ」

 「なるほど?」

 「確かにギャップ萌えという観点からすると弱いかもしれない。しかし想像してみてくれ、お風呂に入ったときのことを!」


 そうして熱弁を繰り広げる充。

 これが僕達の戦闘。性癖関係で衝突したときはお互いに良さをアピールし合うというのが『幼子の楽園』での暗黙のルールになっている。

 同志のサークルとはいえ、みんながみんな微妙に違うため時折こうした衝突があるからだ。

 しかしこういった衝突も別に悪いことばかりではない。こうしてそれに熱狂なもの同士が語り合うことで、より相手のことを理解出来るうえにその事も詳しくなれるからだ。

 ……まぁだから大体は勝ち負けとかじゃなくて双方手を取り合うことで終わることの方がほとんどだが。


 「──故にお兄様は最強なのだ!」

 「……ちなみにだけどそれは奈穂ちゃん相手にも言えることなのか?」

 「もちろんだ! 奈穂は確かにこのヒロインと似ているようで違うが、それでも俺はあの天使のような笑顔で『お兄様♪』と言って欲しいんだ!」


 充はそう言って拳を天高く突き上げる。

 そんな充を見ていると僕も身体の奥底から熱い何かが込み上げてくる。


 (いいね、充。そのパンチすごく効いたよ。……だけど今の僕には物足りない!)


 「……充の言い分はわかった。しかし今度は僕のターンだ!」

 「おう!」


 こうして今度は僕が語り始めようとした時だった。


 「──そこまでにしてくださいね、兄さん♪」

 「はい、そこまでにしてくださいねお兄様♪」

 「「……な、に?」」


 突然背後からかかった声に僕達は揃ってギギギ……と錆の着いた機械のような音を立てて顔をそちらに向ける。

 するとそこには今まで見た中で一番の笑顔(のようなもの)を浮かべながら立っていた。


 「ふふふ、今日は大切な用事があるからと言っていたのに……お兄様ったら湊さんのところで」

 「いや待って落ち着いてくれ奈穂。奈穂だって別にエロゲをやるのはいいって!」

 「確かに私は言いました。で、す、が! 私というのがありながら幼妻系をやるのはどうでしょうお兄様!」

 「奈穂こそ最高だよ! でも、ほら、今後のことを考えてだな?」

 「私知ってるんですよ、ヒロインがS系のゲームもやってることを」

 「……え、どうして?」

 「お兄様の……ヘンタイ」

 「ありがとうございます!」

 「ヘンタイ、ヘンタイ! ヘンターーーイ!!!」

 「ありがとう、ございます……」


 やがて充はその場に土下座するような形で崩れ落ちていった。

 ……そして僕は、こうなる前から既に土下座のポーズで待機。


 「先程、愛優さんから聞きました」

 「……はい」

 「いくら兄さんでも限度というものがあります。一応奈穂さんから聞いて、私もそういった……え、エッチなゲームに関しても理解しようとは思ってます」

 「……はい」

 「で、ですが、それでもやっぱり……嫉妬してしまうんです」

 「……え?」


 僕は驚いて顔を上げる。


 「男の人には大切なことだと理解しました。でも、兄さん──拓海さんが私じゃない女の子相手に鼻の下を伸ばしていると、寂しくなります……」

 「愛莉」

 「……めんどくさい、婚約者でごめんなさい……」


 言いながら愛莉は僕の前にしゃがみこむ。

 だけど、僕はそっと抱きしめる。


 「全然そんなことはない! 僕の方こそ愛莉がいるのにごめん!」

 「……いえ、私もイケナイんです。なので……今度からはこういったゲームをする時は一緒にやりましょう」

 「…………うん?」


 そこで僕は思考が止まる。

 やりましょう。なにを?


 「愛莉、一応聞いておくけどそれって普通のゲームのことだよね?」

 「いいえ、こういったエロゲー? というものです」

 「……それ、本気で言ってるの?」

 「はい、本気ですよ。というよりよ私が知らなかっただけで、私と拓海さんが出会ってすぐ……奈穂さんや紗々さんと初めてあった日にやっていたのもそうだったんですよね?」

 「………………」


 僕はチラリと奈穂ちゃんの方を見る。すると、奈穂ちゃんは「ご想像の通りですよ」と言わんばかりの笑顔を見せる。

 つまり、これをいい機会だと踏んで教えたのだろう。


 「私は出来る限り拓海さんのそういった趣味も知りたいんです。もちろん拓海さんさえ迷惑でなければ、ですが」

 「……いや、僕としても嬉しい、けど」

 「では決まりですねっ♪ 約束、破ったらメッですからね」

 「は、はは……」


 こうしてまた一つ。僕達のあいだで新たな約束が追加されたのだった。

 ……充はどうなったかって? あぁ、あいつはいいヤツだったよ。

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