第52話 どうやら夢の中では犬だったようです


 愛莉と正式に婚約をしてから一週間。

 ここは僕の寝室のベッドの中、ここに来た当初はセミダブルサイズのベッドなんてと思っていたがこうしてみるとこのサイズで良かったのかもしれないと、当たり前のように隣で静かに寝息を立てる愛莉を見ているとそう思ってしまう。


 「ほっぺとかつついたら怒るかな……」


 どこを触っても気持ちの良い愛莉なのだ。こうして無防備の状態の頬はどれほど柔らかいのか、気にはなってみたがそれでもこんなに気持ちよさそうに眠っていると邪魔するのは悪いように思えてしまう。


 「それにしても本当によく眠っているな……」


 僕は起こさぬようにそっとスマホの画面を確認する。時刻は七時、いつもならみんなで朝食を食べている頃だ。

 まぁここ最近ずっと忙しそうにしていたし、たまにはこういう日があってもいいかもしれないけど。

 そんなことを思いながら寝顔を観察していると、不意に愛莉の口元が動く。


 「んぅ……たくみひゃん……」

 「ごめん愛莉、起こしちゃったかな?」


 気をつけていてもふとしたことで起きてしまったのかもしれない、と思ったけれどそうでもないらしい。


 「たくみしゃん、たくみしゃん……えへへ♪」

 「…………なるほど、これが天使の寝顔ってやつか」

 「ふふっ、たくみしゃんはいい子ですねぇ……」


 寝ながらにはにかむ愛莉。

 その顔を見ているだけで、僕も自然と頬が緩んでしまう。


 「一体どんな夢を見ているんだろう。こんなにも僕のことを呼んでいるわけだし、きっとイチャイチャしている夢なのかな……」

 「ひゃう! たくみしゃんそんなにぺろぺろひたら……やん、そんなところだめれすよぉ」

 「……愛莉さん?」


 い、いったいどんな夢を見ているというんだ? 寝言から恐らく僕が出てきているのは確実だろうけど、ぺ、ぺろぺろって……。

 あんまり寝言とかに聞き耳を立てるのはよろしくないだろうけど、このままだと気になりすぎてしまう。


 「ふふっ、いい子ですね〜」

 「…………」

 「たくみしゃん、いいですか、私の言うことをちゃーーーんときくんれすよぅ」

 「……」

 「たくみしゃん……ちんちん!」

 「──ブッ!!!!」


 突然のことに僕は思わず素で吹いてしまう。

 いや待て落ち着け餅つけ僕。こういう時は深呼吸をし、素数を数えてびっくりするほどユートピアとハイテンションで言いながらおしりを叩きながらベッドを昇り降りして……。


 「たくみしゃん、お手♪」

 「ん、お手?」


 ここで一つだけ答えに限りなく近いであろう可能性が思い浮かぶ。


 「ひょっとしなくても、夢の中の僕って犬になってる?」


 そしてその答え合わせは思いのほかすぐに訪れる。


 「ふふっ、いいですねぇ。たくみしゃんがこんなにも可愛いわんちゃんになってしまうなんて」

 「…………」


 正解、コロンビア!

 ……いやあんまり正解しても嬉しくないんだけどさ。


 「それにしても犬、いぬかぁ……」


 別に犬は嫌いじゃないし、何より愛莉の顔が嬉しそうだから特に気にしないようにしたいが、


 「やん、たくみしゃんったら……そんなところぺろぺろしても何も出ないれすよ〜」

 「…………」


 夢の中で僕はいったい愛莉のドコをぺろぺろしているのだろうか!?

 そんな疑問を抱きながら僕はかれこれ三十分ほど、この気になりすぎる愛莉の寝言に付き合うのだった。




 愛莉も目を覚まし朝食を終えた後のこと。

 自動でやってくれる食器洗い機の静かな音が響く部屋で、ソファに寝そべりながらLGOでイベント周回をしていた時だった。


 「たくみさんっ♪」


 そんな声をと共に不意に軽い何かがのしかかる。

 スマホの画面をどけ、そちらへと視線を向けるとこれからどこかへ出かけるのか、少しおめかしをした愛莉が僕の腰辺りに跨っていた。

 あくまでも跨っているだけで、変な意味は無い。例え愛莉の柔らかいお尻の部分が僕の腰にあったとしても!

 僕はあくまでも冷静を装いながら尋ねる。


 「それでどうしたの愛莉? 出来れば腰を動かすのをやめてもらえると助かるんだけど」

 「愛優さんはこうすると拓海さんが喜ぶって言ってましたよ?」

 「確かに時と場合に寄らなくもないけど……い、今はダメっ!」

 「そ、そうでしたか……。っと、それはそうと拓海さんっ!」

 「はい?」

 「私たち婚約……したんですよね?」

 「まぁ、うん」


 さっきまでの勢いはどこへやら。急に顔を赤くしてもじもじするもんだから、見てるこっちまで恥ずかしくなってしまう。

 自分の顔が赤くなっているのは愛莉自身もわかっているみたいで、一つ咳払いをして続ける。


 「こほん、私は思うんです。私たち婚約した割にはスキンシップが足りないのではと」

 「それはそう言えなくもない、かな?」


 以前、興味本位で充に奈穂ちゃんとの生活はどうかと聞いた事があったけれど、あちらの方はほぼ毎日チュッチュしているらしい。……流石にそれ以上は僕と同じ理由、年齢的なことが絡んでいてまだらしいけど。

 そういえば最近は奈穂ちゃんと一緒にいることが多かったから、そのときに何か聞いたのかもしれないな。


 「それで愛莉は僕とのスキンシップを取りに来たってこと?」

 「そうですっ! やはり婚約者たるもの、き、キスのひとつくらいしなくてはいけないと思うんです」

 「なるほど?」

 「つまり私と拓海さんは一日一回はキスをした方がいいと思うんです! それも優しいやつではなくてもっと恋人らしいと言いますか、婚約者的なキスです」

 「ふむ、例えばこんな感じ?」

 「〜〜〜〜〜〜ッ!?」


 言いながら僕は愛莉を抱き寄せ、そのまま唇を少し濃いめに重ねる。

 突然のことだったからか、はじめは目を大きく開いていた愛莉も段々と目を瞑り僕に全てを委ねてきた。

 なので僕も遠慮なくキスを続ける。

 ……とは言っても流石にずっとは難しいので、小休憩のため一旦唇を離すとそこにはトロけた瞳と恥ずかしさから真っ赤に頬を染めた愛莉の顔。いくら相手が小学生とはいえ、こんな顔をされては流石に多少のエロささえ感じてしまう。

 そしてキスから開放された愛莉はままならない呂律で僕に訴える。


 「拓海しゃん、いきなりは卑怯れすよぅ……」

 「あはは、ごめんね。でもどうだった?」

 「なんといいまふか、とーーーっても、しゅごかったです」

 「なら一日一回はする?」

 「…………」


 即答で返ってくると思っていたが、予想外にも愛莉は少し悩んだ末、もじもじと恥ずかしそうに


 「……学園に行く前にこんな風になっていたらその後が大変そうなので、休みの日だけ、お願いします……」

 「うん、了解」


 こうしてまた一つ。新しい約束が増えたのだった。

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