第50話 これは先行投資です


 今日から十二月。

 冬もこれからが本番と言いたげなほど外は寒く、この快適な温度を保たれている空間から外へ出たいなどという気持ちは無くなってしまうようなそんな冬の日の朝。

 僕は昨日の夜に三日後の十二月三日が愛莉の誕生日だと知り今は愛莉へのプレゼントをベッドの上で考えている途中。

 誕生日の話が終わったあと愛優さんに「えっ? 知らなかったんですか!?」と、驚かれたのは言うまでもないが今はおいておこう。

 ちなみにその愛莉なのだが今日は誕生日パーティーということで家にはいない。

 念のため言っておくとこのパーティーは仕事上の付き合いとかの人が主催してくれたらしく、僕達が行う誕生日パーティーとはまた別らしい。

 なので今日一日ゆっくり考えられるのだが……。

 これが全くと言っていいほど思いつかないのだ。

 あまり衝動買いとかしないからつい忘れてしまいそうになるが、愛莉は軽々と億単位のお金さえ動かせてしまうお嬢様……そして今日のパーティーに出席しているのは様々な会社の社長とかそこら辺のお偉いさんだろう。

 となると、ただでさえなんでも手に入りそうな愛莉の元に送られるプレゼントは間違いなく僕なんかでは到底手の届かない物ばかりと考えるのが普通なわけで。


 「あーっ! もうどうしろって言うんだよ……」


 このようにただ今絶賛絶望中。


 「せめてもう少し早く知っていたらなぁ……」


 そう言いながら僕はパソコンの方へと目を向ける。

 そこにはいつも小説を書く時に使っているソフトが開かれていた。が、ただ開かれているだけで文字は一文字も書かれてはいない。

 愛莉へのプレゼントと言われて一番最初に思いついたのはやはりというかなんというかで愛莉のための小説だった。

 元はと言えば愛莉が僕のファンでそれがきっかけでこうして出会えたのだ。

 だからこそほかの誰でもない愛莉のためだけに書く小説の方がプレゼントに最適だと思ったんだが……。

 圧倒的に時間が足りなかった。

 僕は更新ペースが早い方ではなく、むしろ遅い部類に入る。

 どんなに頑張っても一作品十万字くらいにするとしても一週間以上は必須だ。

 その上今はどうしてかアイディアも降りてこないため完全に静止していた。

 そうなると僕だけのプレゼントととしての最有力候補が無くなるわけで。


 「……文才が欲しい」


 ただただ自分の才能の無さに絶望するのみだった。

 こうして枕に顔をうずめていても何か思いつくわけでもないが、こうしていないとやってられない気持ちになっていた。


 「お悩みですか湊様」

 「……うん、物凄く悩んでる。プレゼントの事とか、扉に鍵をかけていたはずなのにどうして愛優さんが隣にいるのかとか色々と」

 「自分で言うのも恥ずかしいですが、私は超一流のメイドですので」

 「恥ずかしいとか言っておきながら結構大胆な事言ったなあこの人」

 「今はそんなことはいいんです。それよりも愛莉様の誕生日プレゼントの話です」

 「もしかしなくても最初から居ました? ベッドの下とかに」

 「な、何故わかった……というのは冗談で、ちゃんとピッキングツールを使って扉から入りましたよ」

 「……う、ん?」


 今なんか不穏な単語が聞こえた気がしたけれど気のせい……だよな?


 「別に何かお悩みの湊様にちょっかいをかけようとしたけれど部屋の扉には鍵がかかっていて、でも鍵は下に置いてきてしまったから今から戻るのはめんどくさ……時間がかかると思ったからたまたま常備していたピッキングツールで扉を開けたわけではないですよ?」

 「……うん、わかった、わかったから一旦落ち着こうか……ツッコミどころが多過ぎて追いつかないんだけど……え、ピッキングツール? 常備?」

 「ふふっ、乙女には秘密がたくさんなんですよ♪」


 そう言いながら向けられた笑顔に僕はドキドキしてしまう。

 何故なら……ピッキングツール以外にも色々と秘密があると知ってしまったから。


 「と、そんなことより今は愛莉様のお話です。ずばり聞きますがプレゼントにお悩みなんですよね?」

 「確定させられている事に色々言いたいけど……事実だから何も言い返せない……」

 「ふっふっふっ、これも盗聴……もとい女の勘というやつです」

 「ぜんっぜん凄くもないですし後で回収させていただきますが、今回は説明する手間が省けたので助かりました。それでそのプレゼントの事なんですが……」

 「わかってます湊様。この月山愛優……おふたりの将来のために一肌脱がせていただきます!」

 「おぉ!!」

 「もちろん服は脱ぎませんが」

 「…………」


 この無駄な一言がなければ完璧なのに……この人はどうしてこうも一言多いのだろうか……。

 ともあれこうして僕と愛優さんによる愛莉への誕生日プレゼント会議が始まったのであった。



 そして数分後。

 僕は愛優さんに連れられて地下一階にある監視室……基本的に地下生活しているからあまり会うことのなかった紗奈さなさんのいる部屋。

 確かに話し合うのなら人数が多いに越したことはない。


 「そんなわけで……第一回愛莉様へのプレゼントを何にしようか会議を始めたいと思います」

 「「おー!」」


 愛優さんの掛け声で会議が始まる。

 この時の僕は知らなかった……この会議がまさかあんな結果になることを。


 「ではまず、最近出番のない紗奈から!」

 「お姉ちゃん本当の事だけど今のはグサッとくるものがあったよ……。こほん、えー、私が提案するプレゼントはこれです!」


 言いながらあるモノを掲げる。

 それは布地のようで、小さめで、薄いピンク色、そしてどことなくつい最近見た……と言うよりは一緒に選んだような……。

 ここまでこれば答えが出るのに時間はいらない。


 「これはまさかっ!!?」

 「そう下着です!! この下着可愛いですよね、湊先生!」

 「確かに可愛いけど却下です!」

 「なんでぇ!?」

 「なんでじゃないですよ、常識的に考えてください。貴方はランジェリーショップでもなんでもいいんで店員です、そこにこんなロリコンみたいな男が小さい女の子用の下着を買っていったらどう思いますか?」

 「うーん、プレゼントは考えにくいので『お使いになりますか?』とか『お盛んですね』とかですね」

 「惜しい! いや惜しくないけど惜しい!」

 「そうですよ紗奈。答えはこうです『せいこうを祈っています』と言ってこっそりゴムも入れておくんですよ」

 「そのせいこうは成功じゃなくて性交の方だよね? まだ紗奈さんのが惜しいよ!!」

 「えー……」

 「えーじゃありません。答えは……まぁ単純に事案だと思われて通報がオチ……だと思う」

 「なら女装して──」

 「却下です」

 「ちょっとだけでも──」

 「却下です」


 なんだろう……あまり紗奈さんと話すことは無かったから知らなかったけど、やっぱり姉妹は姉妹……ちゃんと血が繋がっているんだと思わされるな。


 「後ですね、その~下着は少し前に一緒に買っちゃってるんです」

 「いつの間にっ!?」

 「ほら紗奈に高性能隠しカメラとかを借りに行った次の日ですよ」

 「あぁ……あの日かぁ」

 「どこから隠しカメラとか盗聴器とか出てくるのかと思ったらお前が原因か……」

 「あくまでも私は自宅警備員というお仕事のために使っているですけどね湊センセ」

 「ん、湊センセ? ……まぁいいけど……」


 そこで僕は部屋の片隅に置かれている開かかったダンボール箱に目を向ける。

 その隙間からはどこかで見たようなカメラなどが沢山置かれていたけれど、愛優さんならともかく紗奈さんならまだ信用できるから見なかったことにした。


 「なんだか遠まわしに私は仕事ではなく私事のために使っていると言われた気がしたんですが」

 「遠まわしじゃなくてそう言ってるんですよストーカーメイドさん」

 「なんですかそのストーカーって! 私は愛莉様のお母様のために毎日愛莉様の成長記録をつけるべく一分一秒無駄にしたくないからこそ常にこっそりと見つからぬように記録しているだけです! これのどこがストーカーなんですか」

 「全部だよ……と言うか今から愛莉に謝ってこいよ……」

 「でも湊様もこの前私から盗撮写真受け取りましたよね?」

 「そうなの湊センセ?」

 「いやそんなことは……ないはずだけど」

 「嘘は良くないですよ湊様、湊様のスマホのフォルダの奥の奥……しっかりと丁寧に『Loli』というパスワードをかけてまで厳重に保存しているじゃないですか」

 「まてなんでその事を……って、はっ!?」

 「湊センセ……」

 「うぅ……してます、してますよぉ! だって愛優さんの持ってる写真全部魅力的すぎるんだもん!」

 「ここまで開き直られるといっそ清々しいですね……っと本題から結構それてしまいましたね。それで愛莉様へのプレゼントなのですが、紗奈は他にもアイディアとかあります?」

 「うーーん下着以外のアイディア……あっ、アレとかどうですか?」

 「アレ?」

 「はい、湊様の使用済みパンツです」

 「……は?」

 「だから湊センセの使用済みパンツですよ!」

 「いや二回も言わないでいいから! というかなんで僕の!?」

 「湊センセは愛莉様の婚約者的ポジションですよね?」

 「まぁそうだけど」

 「ならいいじゃないですか~」

 「だからそこに至ったまでの経緯を教えて!!」

 「逆に考えてみてください。湊センセは誕生日に愛莉様の脱ぎたてパンツを貰ったらどう思います?」

 「誕生日に……脱ぎたて……うーーん」


 ※ここからは湊拓海による残念な妄想であって現実の世界ではないのでご安心してください。



 「せんせーい!」

 「そんなに急いでどうしたの?」

 「だって今日は先生の誕生日じゃないですか! でも学校があったので朝は全然祝えなかったので……これから盛大にお祝いもします!」

 「ありがとう愛莉、でも僕なんかのためにそこまでしなくても」

 「いいえ、先生のためだからです! ……そ、それで、ですねっ。その私からのプレゼントなんですが……」


 そう言って愛莉は顔を真っ赤に染めもじもじと腰を揺らしながらスカートの中で何かの動きを見せる。

 そしてそのスカートの中の手は少しずつ降りてきてついにスカートの中から現れたのは……白の小さなリボンがついた薄いピンク色のパンツだった!


 「は、はい、先生……恥ずかしいですけれど、これが私からのプレゼントですっ!」


 そして同時に僕に向けられるパンツ。それを僕はたまらず…………。


 「あぁクンカクンカ、クンカクンカ! スーハースーハー、スーハースーハー! いい匂いだなぁ……くんくん 

んはぁっ!」



 「もういいっ!」

 「どうしたんですか湊様」

 「途中から完全に愛優さんの捏造じゃないですかっ!!」

 「そんなことはありませんよ。私はあくまでも湊様の心の言葉を代弁して」

 「僕の心はここまで汚れてないよ……」

 「なるほど、つまり湊センセはパンツフェチだからセンセの誕生日プレゼントはパンツをプレゼントすればいいんですね」

 「こぉ~ら、紗奈さんも変な勘違いしちゃいけません! 第一どうして僕がパンツフェチになってるんですか?」

 「湊センセ、大事なこと忘れてますよ」

 「大事なこと?」

 「はい、読者は作者の性癖をだいたい理解できる」

 「忘れてました……」


 思わず両手両膝を地につける。

 この『読者は作者の事がわかる』というのはあながち本当の事だ。

 どうしてかはわからない、でもどうしてかわかるみたいだ。


 「湊センセのパンチラとかの描写はいつも丁寧に、それでいてしっかりと興奮出来て少し目を瞑るだけで本当に目の前にそのパンチラシーンを体験しているんじゃないかというくらいですし」

 「そ、そうかな?」

 「でもだからこそ湊センセがパンツフェチなのがバレたわけで」

 「うっ……」

 「でもこれでいいじゃないですか湊様。今回は湊様がご自分のパンツを愛莉様にあげて、湊様の誕生日には愛莉様がご自分の脱ぎたてパンツを渡せば」

 「うーん、どうしたソコ脱ぎたてにこだわっちゃうのかな?」

 「そっちの方が素早さとか攻撃力とか高くなりそうだったので」

 「素早さはともかく攻撃力は高くなるね。じゃなくて、パンツフェチだとしてもそれは二次元限定だから三次元のパンツはいらないよ」

 「では目の前にパンツが落ちていたらどうします?」

 「そりゃ拾って懐でしょ何言ってるの?」

 「いや今回ばかりは私達の方が何言ってるの? って言わせてください」

 「だってバンツぞ!? パンツが空を飛んでいたら黙って拝む、それが男だ!」

 「男の人って……」

 「なんて悲しい……」

 「やめて! 僕をそんな目で見ないで!!」


 「……というわけで、話がそれにそれまくったので戻しますが、何かいい案とかはないですか?」

 「あの~私から一ついいですか?」

 「はい、紗奈どうしたの?」

 「思ったんだけど湊センセが愛莉様へオリジナル小説を書いたらいいのでは?」

 「ぐはっ!」

 「紗奈……あえて私はそれを言わなかったのに……」

 「あっ、ごめんなさい湊センセ……」

 「いや、いいんだ……早めに聞かなかったり書くスピードがとても遅い僕がいけないんだから……」

 「ほ、ほら湊センセ元気だして、書くスピード遅くても面白ければ大丈夫だから、ね」

 「うぅ……紗奈さん……」



 「……小説もダメ、下着を買うのも渡すのもダメ。そうなるとかなり限られてきますね」

 「いや小説に関しては本当にすみません……」

 「確かに湊様のソレに関しては色々申したいことはありますが、今は良しとして……こうなってくると湊様だけがあげられるものも僅かになってきてしまいます」

 「まだ何かあるのか……」

 「はい、ただ一つだけ。ですがこれは一回しか使えない代わりにいい思い出どころか一生の思い出になるものでもあります」

 「おっ、なんか良さそうじゃんちなみにそれって──」

 「もちろん、湊様の童貞です」

 「あーなるほどね、確かにそれなら一生の思い出になるね~って却下だわバカヤロウ」

 「どうしてですか!?」

 「逆にどうしてその案が通ると思ったの!?」

 「だって湊様はロリコンじゃないですか!」

 「ロリコンは紳士だから手を出さないんです! イエスロリータノータッチなんです!」


 なんというかこの人は毎回こんな形に持っていくよな……。


 「愛優さんはどうして毎回セックスにこだわるんですか?」

 「純粋に私が興味あるからです」

 「臆面もなく言っちゃうんだよな~この人は……ん?」


 と、そこでもう一人申し訳なさそうに手を上げる人が。


 「すみません、私も少し興味があったり……」

 「「えっ?」」

 「ほ、ほら、エロゲとかでよくしていると気持ちいいとか言ってるじゃないですか。それって本当なのかな~って……」

 「それは……」

 「確かに気になるけど……」

 「「ならやりましょう!」」

 「でも却下です!」



 「小説、下着、セックス、全てがダメとなるとどうしたらいいんでしょうか……」


 こうして何度目の振り出し。

 最初こそ張り切っていた愛優さん達だったが、流石に疲れが見えてきた。

 相談しているのは僕なのだから僕も何か出さなければ……。


 「あっ」

 「湊様なにかいい案でも?」

 「うん、と言ってもこれはプレゼントになるか微妙なところなんだけど…………」


 僕の説明を受け、二人は納得したように頷き合う。


 「……なるほど」

 「確かにこれなら下着を選んだりセックスしたり出来ますね」

 「いやそれが目的じゃないけどさ……でもこれならいいと思わない?」

 「はい、私は最後にセックスさえしてくれれば」

 「私も愛莉様の新しい下着を湊様が選んでくれるのなら」

 「それらは絶対にしないけどこれでいきます!!」


 なんやかんやでやっと決まったプレゼント。

 あとは残り僅かな時間を使い、しっかりとスケジュールを立てるのみ。

 ここから先は僕にしか出来ないから、絶対に起こるはずのない未来を夢見る二人を置いて一人自室へと向かった。

 ……その日の夜。僕は愛優さんに呼び出されみんなが眠っているなか、地下の監視室へと向かった。


 「夜分遅くにお呼び出ししてすみません」

 「ううん、いつもこれくらいの時間なら起きているし僕は構わないけど」


 言いながらも僕は愛優さんのいつもより真剣な表情を浮かべていることが気になってしまう。

 いつもはふざけたような感じでもこの時の愛優さんは本当に真面目な時だ。

 それを知っているからか、自然と背筋が伸びる。

 そんな僕の姿を見て、愛優さんは表情を崩しいつもと変わらぬ笑みを浮かべる。


 「ふふっ、湊様そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ」

 「……いつにも増して真面目だったので」

 「真面目、ですか。そうですね、そうかもしれません」

 「何かあったんですか?」

 「これから 何か 起こるんですよ。それも湊様自身が起こすんです」

 「僕自身が?」


 僕の質問に愛優さんは頷くと、懐から妙に膨らんだ封筒を取り出しそれを僕へと突き出す。


 「これは先行投資です」

 「先行、投資……?」

 「ここに大体五十万円あります」

 「五十万!? そ、そんなに受け取れません」

 「あぁ安心してください。これは愛莉様のお金ではなく正真正銘私のお金です」

 「いやいやそんなの尚更受け取れませんよ! それに理由もわかりませんし」

 「湊様は愛莉様に正式に指輪を渡すおつもりなんですよね?」

 「…………うん」


 愛優さんたちに言ったのはそれだった。

 今までは結婚を前提に……という名目上の関係で付き合っていた僕達。だけど僕はこうして愛莉を過ごしていくうちに正式に愛莉と婚約をすることを決意した。

 そして十二月三日、愛莉の誕生日にデートをしてその最後に婚約指輪をプレゼント……なんて考えていたのだが、


 「湊様はこの言葉をご存知ですか? 『婚約指輪は大体給料三ヶ月分』と」

 「いえ、初めて聞きました。……そんなにするんですか?」

 「はぁー。まさかここに来て湊様のこんな姿を見ることになるとは……。ある意味私が相手で本当によかったです」

 「……ちなみにいくらくらいするんですか?」

 「平均的には三十六万円とかそれくらいですね」

 「さ、三十……」

 「その額を湊様は支払えるのですか?」

 「無理、です。でもだからと言って──」

 「いいんですよ」

 「えっ?」

 「……今から話すことは独り言として受け取ってください」


 そう言って一呼吸おくと、愛優さんは懐かしい記憶を思い浮かべるように独り言を始める。


 「私は、私と紗奈は元々メイドではなくごく普通の家庭で育ちました。しかしある時、私と紗奈はその普通を突然にして失ったのです」

 「……交通事故でした。家族みんなで旅行に出かけた日の帰り、私達を乗せた車は別の車と接触、そして私達の両親、そして相手の車に乗っている男性が一人亡くなりその妻と子供は重症で入院することになりました」


 その話を聞いたとき、僕は心の中でなにか突っかかりを覚えた。

 なんとなく似たような話をどこかで聞いたことがあった気がした。


 (……いや、気のせいだろう)


 そう思うことにし、僕は独り言に耳を傾ける。


 「幸い、私達は無事でした。しかし突然両親を失った私達。親戚と呼べるものも少なく、そもそも引き取ってくれる人はいませんでした。

 当時の私は高校生だったので、私一人だけであればアルバイトなりしてなんとかなったと思うんですが……。流石の私でも学校に通いながら二人を養うなんてことは無理だとわかっていました。

 そんな時でした、私たちの前に私たちの運命を変えてくれた人──愛莉様と出会ったのは。

 当時の愛莉様は今より幼かったのですが、話たちの姿を見るとすぐさまどこかに行ったかと思えば明仁様を連れて来て……私達をメイドとして雇ってくれたんです。そのうえ学費やら生活費も全て……」


 「そのとき私は決めたんです、この人のために一生を捧げる。そして私は何としてでも愛莉様を幸せにしてみせるって。まあ今となってはその役目も私じゃなくてほかの人がやってくれていますけど」

 「……ごめんなさい」

 「謝る必要はないですよ、湊様が来てからは愛莉様は本当に楽しそうに過しています。なので感謝こそしてもそれを責めたりすることはありません」

 「……それにしてもそんなことがあったなんて初めて知りました」

 「初めて言いましたからね。とにかく私はそういう事情があるので、これを受け取って婚約指輪を買って、そのあと二人で結婚指輪を買い結婚して初夜を迎えて子供さえ産んでくれれば満足なので」

 「おーい、飛躍しすぎてるぞー」

 「はっ! そうでした、愛莉様はまだ来ていませんでした……」

 「そこはナニがとは聞かないし、まだそういうことをするつもりもないけど、でもゆくゆくはそうなるんだろうな」

 「ふふっ、そうですよ。愛莉様はあれでも楽しみにしているんですよ、湊様と結婚して二人の子供を作ること。……まぁ問題があるとしたら赤ちゃんはコウノトリが運んでくると思っているところですが」

 「なんというか愛莉らしいっていうか……。本当にそんな人がいたんだって」

 「そこのところは湊様に任せるとして、とりあえず私が出来るのはこれくらいなので後は湊様が決めてください。あ、ちなみに余ったらちゃんと返してくださいね」

 「そのままネコババなんてしないので安心してください」

 「そう言ってもらえると安心できます。この日のために取っておいたものの、そろそろ新しい隠しカメラを購入したいと思っていたのですが予算が少し足りなくて」

 「逆に僕はとても安心出来なくなったけどね……」

 「とにかくそういう事なので、湊様お願いしますね」


 再び愛優さんは僕に対し封筒を差し出す。

 僕はその封筒を受け取り、頭を深く下げる。


 「ありがとうございますッ!!」


 後日、僕は愛優さんから受け取った資金で愛莉の誕生石が埋め込まれた婚約指輪を購入した。

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