第9話



 昼休みになった。


「なあ、柳生。俺の一万円札知らないか? さっきマモンちゃんからもらったカネがないんだよ。財布にしまったはずなんだけどなー。なんかキャベツの芯も入ってるし、俺、寝ぼけてたのかな」


 結城がもっこり膨れた財布から、芯を出しながら言った。

 おまえのはティッシュじゃなかったのか。

 クラスのあちこちでは、財布からティッシュを出して捨てる不思議な光景が見られた。


「あーあ、あのカネでデラックスステーキ定食、頼もうと思ってたのになー。おまえにも奢ってやるつもりだったのに」

「いらん。そんな金持ちメニューに興味はない」


 私立栄西中高は、金取り学校としても有名である。必然的に裕福な家庭の子供が集まりやすく、食堂のメニューも中高生のランチとしてはそぐわないものがちらほらある。


「え、なになに、カネが必要なのか?」


 そんな中、零司と結城の会話に目を輝かせて割り込んできたのはマモンである。


「レイジ、いくら欲しい? 一億か? 十億か? 欲しいだけ出してやるぞ!」

「おまえは食堂ごと買うつもりか。いらん。おまえの出る幕はない。大人しくしていろ」


 えー、とブーイングするマモンに、結城が両手を合わせる。


「マモンちゃん、俺にデラックスステーキ定食奢って。そしたら俺、マモンちゃんのために何でもするよ!」

「バカ! こいつに軽々しく金をせびるな!」


 こいつは悪魔なんだ。魂を取られるぞ! とまでは言えず。

 いきなり、マモンがカードを結城の額へ当てた。ピッ。


「んー五十三万か……」


 強欲メーターに表示された数字を読み上げたマモンが唸った。


「ご、五十三万だと……? それは、すごいのか……?」

「ううん。ほとんど平均値。取る価値もない魂だな」


 なんだ、某宇宙人の戦闘力と同じだからすごいのかと思ってしまった……。だが、結城の魂が取られる心配がないのは朗報だ。

 置いてきぼりにされた結城は頭に疑問符を浮かべている。


「よし、じゃあ、お昼はマモン様が奢ってやるぞ! 二人共、何でも好きなだけ頼むがいい!」

「マジで!? やった! マモンちゃん、最高!」

「俺はパスな」


 空気ガン無視。マモンと結城が「は?」と零司を見る。


「おまえらだけで行ったらいいだろう。俺はおまえらと飯を食うつもりはない」

「なんだよ、それ。二人は付き合ってんだろ。俺とマモンちゃんが昼休み、仲良くなっちゃってもいいのかよ」

「あたしとレイジは付き合ってないぞ」


 今さらの衝撃発言。

 その台詞を何故、さっき言わなかった……!

 がっくりした零司に対し、結城は「え!?」と慌てふためく。


「どういうことだ、柳生!? 説明してくれ!」

「説明も何も、今こいつが言った通りだ。第一、俺が校則違反をするわけがないだろう」

「そうだぞ。あたしは高い女なんだからな。レイジなんか相手にするわけがないだろ」


 交際を全否定してくれたのは望むところだが、ムカついた。


「というわけだ。二人で勝手にやってくれ」


 単語帳を片手に零司は教室を後にする。その背中へマモンが叫んだ。


「ふん、後悔しても知らないからなっ! デトックスステーキ定食を二人でお腹いっぱい食べてやるんだからなっ!」


 それはまた、随分と健康的なステーキ定食だな。


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