第42話

 ―ヴァンベルド山脈 火山噴火口近く―


 もくもくと噴煙が上がり続ける噴火口近くの灰色の土地では、生物らしき影は見えず、赤々と熱せられたマグマが噴き上がる火口では自然の驚異ともいえる量の熱が発生して周囲を熱していた。


 そんな極限状態の続く、火口のマグマ海で蠢くものがいた。


 体長一五バルメ、身体の半分にも及ぶ長大な尻尾を器用に使い、悠々と泳ぐ姿は鰐の化け物であり、背中に無数に生えた鰭からは周囲の熱を吸収して食事代わりにするという変わった生態を持つ生物である。


 その生物を豪炎凶竜ヒドゥンヴラドと人々は名付けていた。


 そして、今、豪炎凶竜ヒドゥンヴラドはその身にまとった固い甲殻を脱ぎ捨て、更なる大きな身体を得るための脱皮を行うべく、咆哮を上げ、マグマの海から動き始めていた。



 ―ヴァンベルド山脈、火山麓の野営地―


 緑が茂る森林が途切れ、火山性ガスのせいで枯れ果てた木々が周りに広がる場所に先人が築いた野営地はあった。


 イェスタたちは、昼夜兼行の行軍によって、王都から通常の旅程の半分ほどである一日半でヴァンベルド山脈に到着していた。


「ヴォルフ、ヨランデ、ノエルはキャンプ設営。俺とヨシフとレクで火口偵察にいくぞ」


「「「「はい」」」」


 イェスタたちは野営地に到着すると、すぐさま設営班と偵察班に分かれることにした。


 馬車を停め、設営を始めたヨランデたちを残し、イェスタは装備を担ぐと、レクとヨシフを率いて、山頂の噴煙口に向かって歩き出していた。



 標高が上がると、地面には噴煙の影響により、降った灰が薄っすらと積もっており、地面は灰色に染まり始めていた。


 すでに標高は三〇〇〇バルメほどまで来ており、暖かな季節に入った大陸においても、身を突き刺す寒風が吹き荒れている。


 標高が高いこともあり、木々は植生限界域を越えているため、周り一面は灰の被った岩場と礫がほどんどであった。


 そんな、山中を三人とも無言で山登りして、目標が観測された噴火口を目指して歩いていく。


 やがて、目的地の噴煙口が見えてきたため、イェスタは防毒用のマスクを着けるように後ろの二人にジェスチャーを送った。


 噴煙口からは高濃度の火山性ガスが含まれたガスも同時に噴出しているため、マスクがないと身体的に強化されている狩猟者ハンターであったとしても、長時間の活動は命に及ぶ危険性があるのだ。


 そういった意味で、マスクの着用は必須であり、マスクによる活動限界時間を考えると長時間を掛けての討伐は成功率を大いに低下させることとなり、そのことが豪炎凶竜ヒドゥンヴラドの討伐難度を跳ね上げる要因になっていた。


「私の討伐した時は、火山の熱を吸い切って、別の火山に移動中の個体だったんで、マスク付きは初めてなんですよね」


 ヨシフがマスクを着用しながら、一度討伐したことのある豪炎凶竜ヒドゥンヴラドの討伐した時の状況を漏らしていた。


 移動中の豪炎凶竜ヒドゥンヴラドと、火山に陣取った豪炎凶竜ヒドゥンヴラドの討伐の難しさは、かなり違うため、脱皮のための火口から出てくるという条件が揃わなければ、イェスタも今回の狩猟は見送るつもりでもいた。


「火口で戦うよりは断然マシだ。俺がマルセロ師匠と火口で戦った時は、メンバー皆、ボロボロになる直前まで追い込まれたぞ。あの華麗なる獅子王スプレンディッド・ライオンキングの精鋭がだ」


「それは、面白い話を聞いた。そのトップ猟団が苦戦した豪炎凶竜ヒドゥンヴラドの討伐を、ボクがやり遂げるのか。今季の狩猟者の栄誉ハンターズ・オナーを狙ってみるか」


 レクはイェスタの話を軽く聞き流している様で、これから討伐する相手がトップ猟団ですら手を焼く、怪物クラスの凶竜であると思っていないような発言であった。


「油断したら、一瞬で黒焦げだからな。レク、お前の綺麗な髪がチリチリにされたくなかったら、常に神経を張り巡らせろ」


「そんなこと、知っているさ。ボクも気配には敏感なんでね。お客さんが出てくるみたいだよ」


 レクが噴火口を指差すと、他の二人も気配の主に気が付いたようで、近場の岩陰に身を潜めていった。


 しばらく岩陰で身を潜めていると、地響きを伴った足音とともに、この地に住まう豪炎凶竜ヒドゥンヴラドが火口から姿を現わしていた。


 全身をマグマから摂取した高硬度金属で生成した甲殻で覆いつくしており、現在のままでは、斬撃によるダメージは半減されてしまうほどの硬度を誇っている。


 そのため、豪炎凶竜ヒドゥンヴラドの甲殻は防具素材として需要が高く、甲殻を使用した鎧は、高強度であり、熱に対する耐性も高いものが作られるのだ。


「身体にヒビが入っているな。情報通り、数日内に脱皮して身体を大きくしそうだ。しばらく、あの辺で動きを止めると思うぞ」


 イェスタは地下から出てきた豪炎凶竜ヒドゥンヴラドの甲殻に細かいヒビが入っているのを見て、脱皮が近いのを確認していた。


 研究者によれば、豪炎凶竜ヒドゥンヴラドの脱皮は数日から一週間ほどかかるようで、その間は火口のマグマの海から出て、新たな甲殻を纏うまで、外にてうずくまっているそうだ。


 イェスタたちは、豪炎凶竜ヒドゥンヴラドの一番防御力が下がる、その瞬間を狙い、今回の討伐を成功させようとしている。


「確か、脱皮から甲殻が固まるまでは一昼夜ですよね? 交代で見張り付けておきます?」


 ヨシフも岩陰に身を潜めながら、豪炎凶竜ヒドゥンヴラドの様子を観察して、見張りを立てることを提案していた。


「そうだな。その方が直ぐに対応できそうだ。ここからなら、日中は光で通信できるし、夜も火を焚いていれば、下から急変が確認できそうな場所だからな。よし、まずヨシフから見張りについてくれ。やつが甲殻を割り始めたら、教えてくれるとありがたい。日が暮れる前には、交代を送り届ける」


「承知しました。監視しながら簡易的に風雨をしのげそうな物を作っておきますよ」


 歴戦の狩猟者ハンターであるヨシフは、イェスタから監視を頼まれると、周囲の岩などを集め始め、風除けの場所を作り始めた。


 標高が高いこともあり、風が強く、火を起こすにしても風を遮る場所を作らねばならない有様であるのだ。


「すまん。まだ、活動中だから、最初はベテランに任せたい。だが、あまり無理するなよ」


「分かっています。私も昔の私では無いんで、お気遣いはご無用ですよ」 


 イェスタの中でヨシフは未だに駆け出しの狩猟者ハンターのままのイメージであったが、彼はすでに狩猟者の栄誉ハンターズ・オナーを受けた手練れの狩猟者ハンターであるのだ。


 そのことを指摘されたイェスタが思わず苦笑する。


「そうだったな。これは失礼をした。どうも、お前のイメージが一新できないままだ」


「豪炎凶竜ヒドゥンヴラド戦では成長した私の姿を見せて差し上げますよ。助っ人とはいえ、イェスタさんと一緒にやれるので、全力でやらせてもらいます」


「ボクの出番を残してくれよ。ヨシフとイェスタがおいしいところを掻っ攫わないようにしないと」


 レクは、狩猟者の栄誉ハンターズ・オナーを獲得したヨシフの加入を喜んでおり、自らのライバルと見ている様子もあったのだ。


「それは、レク君次第だね。狩猟の結果はヴリトラム様がお決めになることさ」


 ヨシフは狩猟者ハンターの不文律であるヴリトラムの裁定を持ち出し、結果を出そうとするレクに対し、注意を促していた。


 今回の狩猟はおそらくギリギリのせめぎ合いとなるため、功に焦れば味方を全滅に招きかねないのであるとヨシフは言いたげである。


「ヨシフの言う通りだ。焦るな。焦れば一瞬で灰になるぞと何度も言ってるだろう」


 イェスタにも注意されたレクは肩を竦めると、逃げ出すように先に下山していった。


「腕は確かなんだがな。あの性格がもう少しマシになってくれるといいんだがな……」


「自信過剰は時にもろ刃の剣ですからね。これからの経験次第では?」


「なまじ、腕があるからな。今回の討伐で慎重さを学んでくれるとありがてぇ……」


 ギリギリの討伐になるであろうと見越しているイェスタは、ヨシフの質問に苦笑いで返す。


 イェスタは今回の経験を生かすためにも、誰一人として欠けることなく、討伐を完遂し、ハビエルの下へ依頼の品を送り届けることを心に決めているのだ。


「ヨシフ、お前には期待させてもらうからな。狩猟者の栄誉ハンターズ・オナーを得た力を見せてくれよ」


 ヨシフはイェスタの問いかけに手を挙げて応えると、無言で風除け場所つくりを再開していた。

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