第41話

 ―王都、マルセロの邸宅―


 華麗なる獅子王スプレンディッド・ライオンキングの事務所を兼ねているマルセロの邸宅に五年ぶりにイェスタが戻ってきていた。


 幼少期からマルセロと共に暮らし、住み慣れた懐かしい家に足を踏み入れていたのだ。


 積年の功績で貴族待遇を得ているとはいえ、狩猟者ハンターであるマルセロの邸宅は貴族の家とはかけ離れ、様々な武具が収められた武器庫や、戦利品を保管している保管庫、訓練ができるように中庭には演舞場が作られている。


「へぇー、ここがイェスタ師匠の育った家なんですね」


「ヴォルフ。そんな、感慨に耽っている暇はねえぞ。通常でも一ヶ月をかけて討伐の準備する豪炎凶竜ヒドゥンヴラドを二週間で狩らないといけないんだぞ。時間が惜しい」


「イェスタ。装備はうちから持ち出していいぞ。祝儀の前払いにしておいてやる。ルイーズはうちの猟団にとっても大事な職員だからな。あの男から必ず取り返せ」


 猟団が会議に使う部屋へ先導しているマルセロもハビエルの考えに激高しており、今回の件に関しては完全にバックアップをするつもりであった。


 なんなら、ヨシフを貸し出してもいいとまで思っているのである。


 それほどまでに、ハビエルの行った行動はマルセロを怒らせていたのだ。


 自身で最高の弟子で息子と同じであると認めたイェスタを馬鹿にされ、侮られたことで、師匠であり、養い親でもあるマルセロの怒りは沸点を越えていた。


「何なら、二週間限定でヨシフを貸し出してもいいぞ。ハンターギルドへの手続きはわしがしてやる」


「マルセロ師匠の助力はありがたいけど。さすがにそこまでは――」


「私はいいですよ。二週間限定で辺境の狩猟者フロンティア・ハンターのイェスタ猟団長の下でやることに異議はないですから」


 そう言って、会議の場に入ってきたのはヨシフであった。


「マルセロ猟団長が許可をされるなら、是非、イェスタさんの下で戦ってみたい」


 イェスタの一番弟子を自認しているヨシフであるため、期間限定とはいえ、憧れのイェスタと戦えると聞いて、乗り気は充分であった。


「確かにありがたいが……。ヨシフが加わるなら、成功率は格段に上がる。マルセロ師匠、ヨシフをお借り出来ますか?」


「豪炎凶竜ヒドゥンヴラドを討伐するためなら、貸し出してやる」


「ありがとうございます。豪炎凶竜ヒドゥンヴラドを必ず討伐してみせます」


 マルセロの計らいにより、辺境の狩猟者フロンティア・ハンター狩猟者の栄誉ハンターズ・オナーを受賞したヨシフの期限付き移籍が決定した。


「現役狩猟者の栄誉ハンターズ・オナー保持者が、期限付き入団か。これはボクが目立つための絶好の布石だね。ヨシフ」


 部屋の端で話に耳を澄ませていたレクが、入ってきたヨシフに握手を求めていった。


「君がレク君か。腕は立つらしいね。期待してるよ。豪炎凶竜ヒドゥンヴラドはうちでも簡単には狩れない凶竜だからね」


 握手を返したヨシフは、レクを品定めしていく。


 纏っている雰囲気でレクの実力を察したヨシフはにこやかに握手を続けていた。


「ヨシフのいいところは盗ませてもらうから、文句は言わないでくれよ」


「是非、盗んでくれればいいさ」


 レクの方も前季に全狩猟者ハンターの最高の結果を残したヨシフの加入を契機とらえ、自身の技術を更に磨こうとしていた。


「時間が欲しいから、とりあえず、情報収集から始めるぞ」


 イェスタがそう言うと、豪炎凶竜ヒドゥンヴラド討伐に向けての会議が始まり、マルセロの邸宅には夜遅くまで明かりがともされることになった。



 ―王都、マルセロの邸宅―


 数日後、情報収集に励んでいたイェスタたちの下に、豪炎凶竜ヒドゥンヴラドの発見の情報がハンターギルドよりもたらされていた。


 王都より北西に三日ほど馬車で走った先にあるヴァンベルド山脈の火山にて、活動していると報告がもたらされていた。


 火山の溶岩をエネルギー源とする豪炎凶竜ヒドゥンヴラドであるが、常は溶岩に身を浸してジッと動かないことが多いが、成長する際に身に纏っている甲殻を脱皮するため、地上に近い場所に這い出してくるのだ。


 今回は、その脱皮の時期にちょうど当たったようで、普段は手を出しにくい豪炎凶竜ヒドゥンヴラドも討伐しやすい場所に出てくれそうであった。


 その報告を受けて、イェスタたちも色めき立ち、会議の席に集まってきていた。


「豪炎凶竜ヒドゥンヴラドが火口から出てきている今しか、討伐するチャンスはないぞ。準備に時間を割くことはできぬ」


「けど、準備不足のままいけば、相手はあの豪炎凶竜ヒドゥンヴラドだぜ。一瞬で灰にされる可能性もある」


 ローランドとイェスタがハンターギルドからもたらされた情報を元に、討伐するための方策を考えているが、相手は難易度の高い凶竜であるため、味方の被害を抑えるか、時間を優先するかで議論になっていた。


 そもそも、豪炎凶竜ヒドゥンヴラドは長大な太い尻尾と、背中に熱を吸収するための多数の鰭を持つ、全長一五バルメの巨大な二足歩行の凶竜であった。


 背中の鰭で集められた熱を体内で変換して、口から熱線として吐き出したり、尻尾の裏から滴る液体は、地面に触れて空気と接触すると大爆発を起こす厄介な性質を持った物であるのだ。


 そのように凶悪な攻撃を行うため、難度指定が高く、また個体数もさほど多くないため、希少な凶竜とされていた。


「火口から離れてくれているなら、【冷感薬】の携行数も減らせる。それに、【凍結弾】、【凍結矢】はわしの馴染みの武器屋から調達できておるだろう?」


「そうは言っても、相手はあの豪炎凶竜ヒドゥンヴラドですよ。マルセロ師匠」


「確かに攻撃は凶悪であるし、高硬度化した甲殻は中々に刃が通りにくいのは分かる。だが、この機を逃せば再び火口に潜ってしまう」


「マルセロ師匠、ローランドのおっさんが言いたいことは分かる。だが、圧倒的に事前準備が足らなさすぎる。こいつらが死なねえようにも考えないといけないし」


 イェスタは、特に狩猟経験の少ないノエルとヴォルフにとって、豪炎凶竜ヒドゥンヴラドの討伐は荷が重いと思われたのだ。


「イェスタ師匠、僕は大丈夫です。大丈夫だから、ルイーズさんを助けるために豪炎凶竜ヒドゥンヴラドを討伐しましょう」


「そうですよ。私も狩猟者ハンターの誓いの際に、ヴリトラム様に身を捧げた者。怖いけど、凶竜に立ち向かうのは、私の使命です。それに女性を道具のように使うあの男の思い通りにさせるのは嫌なんです」


 ノエルは貴族の娘であり、狩猟者ハンターとなる際も親と喧嘩となり、家を勘当されている身の上であるため、今回のルイーズの件は怒り心頭に達している様子であるのだ。


「情報ではまだ脱皮してませんから、今から出発すれば脱皮直後の豪炎凶竜ヒドゥンヴラドを襲撃できる可能性が高いですよ」


 ヨシフもすでに一頭は豪炎凶竜ヒドゥンヴラドを狩っているため、その敵の手強さを熟知している狩猟者ハンターである。


 その彼から見ても、今回は僥倖に恵まれている事態であると察しており、迷う間もなく、直ぐに出立するべきだと判断していた。


「イェスタの心配もわかるけど、ボクらは狩猟者ハンターであることを忘れて欲しくないね。危険であろうとも凶竜と戦うことを厭う者もいない」


「その通りです。僕も一応は狩猟者ハンターの端くれです」


 メンバーたちはイェスタの心配をよそに、初めて戦う豪炎凶竜ヒドゥンヴラドの情報を精査することに勤しんでいる。


 現状の猟団の力を考えれば、ヨシフが加入したことと、討伐対象の豪炎凶竜ヒドゥンヴラドが成長するための脱皮期間であるための能力低下を加味し、なんとか勝利をもぎとれそうな算段は付けられているが、今までみたいに楽勝という訳にはいかなかった。


 最悪、死傷者が出てもおかしくない相手であることに変わりはなく、そのことがイェスタを決断させる障害になっていた。


 ルイーズの件は自分のわがままであり、猟団のメンバーたちを巻き込んだという気持ちもあり、イェスタとしては死ぬ可能性のある狩猟に巻き込むことへの罪悪感が強いのだ。


 そんな、イェスタの気持ちを察した、ローランドとマルセロがイェスタの背をバシンと叩いた。


「いてえ、何を!?」


「迷っている暇がないと、言っておろう。わがままでいい。最善を尽くせ」


「ローランド殿の言う通り」


「……分かった。皆、すまないが俺に力を貸してくれ。危険が無いと言えば嘘になる危ない狩猟だ。しかも、俺自身のわがままに付き合わせている自覚もある。その上で頼む、俺を助けてくれ。頼む」


 イェスタは自らの内心を余すことなくさらけ出し、メンバーたちに助けを乞うた。


「師匠をお助けするのは、弟子の仕事ですから、気にしないでください」


「これはイェスタが、ボクのために大物狩りビッグ・ゲーム・ハンティングを用意してくれたんだろ?」


「オラもレクとノエルが心配だから手を貸す」


「ひぎぃ! めちゃくちゃ怖いけど、イェスタ猟団長ならきっといい狩猟法を考えてくれると思うから、手伝います」


「みんな、イェスタさんのことは信頼してるみたいですよ。ちなみに私も信頼してますからね」


 ヴォルフ以下、メンバー全員が拒否することなく、豪炎凶竜ヒドゥンヴラドの討伐に参加する意思表明をしてくれていた。


「みんな……すまない。力を借りるぞ」


 イェスタもまた自らの力だけでは討伐できないことを知っており、助力を申し出てくれたメンバーたちに感謝の気持ちをいだいていた。


「ならば、早速積み込みを開始せねば、夜には出立しないと時間が足らぬぞ」


 ローランドの号令で、慌ただしく豪炎凶竜ヒドゥンヴラド討伐への準備が開始され、予定通り夜には、物資を満載した馬車が王都から北西にあるヴァンベルド山脈の火山に向けて走り出していった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る