俺版の『夢十夜』

こんな夢を見た。

腕組みをして枕元に坐っていると、仰向きに寝た『俺』が、「もう死にます。」と云う。


なぜ死ぬのかね、と尋ねると「優しかったあの人を、楽しかったあの日々を、大好きだったあの場所を、戻れないあの瞬間を思い出すと一夜が百年にも感じる日がある。それが自分には耐えられない。」と云う。


日頃の『俺』を見るに、愛想を振りまいて、楽しそうに生きている。とうてい死にそうには見えない。

しかし、『俺』は気付かぬ内に、ベランダから飛び降りようとしている。

『私』も確かにこれは死ぬな、と思った。


百年も、こんな状態でいるのは可哀想だ、と一思いに『私』は『俺』の背中を押した。


その刹那、『私』は浮遊感を覚えた。

嫌だ、死にたくない、と思ってもがくが、身体はどんどん落ちていく。


思わず目を瞑った瞬間、夢から覚めた。

枕には涙の跡が残っていて、私を縛っていた全てを綺麗さっぱり忘れていた。

そして俺は、生きよう、と決意した。


「百年はもう来ていたんだな」とこの時始めて気がついた。

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聞いたことがあるようで無い台詞の話 ブラッド・キット @BradKitt

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