いいかい? 男の娘はかわいい。いいね?

獅子岡さん

プロローグ

第1話 男の娘はつらいよ

 「ごめんね、彼方クンとはもう付き合えないかな」

 

 彼女の言ったセリフを理解するのに数秒を要した。そして、理解したと同時に体から力が抜けていくような感覚に襲われる。言葉で表すと諦めである。

 年も明け、素晴らしき日本の元旦。めでたい日に訪れたのは身も心も凍らせる寒波だった。

 深雪の紹介で出来た関係であったが実にあっけない終わり。敗因は確実にこちら側にあることを自覚しているため、彼女にも深雪にも申し訳が立たない。

 

 「参考までにどこが駄目だったか教えてほしい」

 

 これにて投了、俺は涙をかみしめ感想戦へと突入することを決めた。

 思えば半年と短い期間であった。彼女の名前は四宮恵里、容姿端麗で成績も優秀のお嬢様、俺のようなミジンコには不釣り合いなスペックの持ち主であり、彼女を彗星とするならば俺なんか道端に吐き捨てられたガムだと思う。

 

 「うーんとね、彼方クンはすごくいい人で優しくて素晴らしい人間だと思うよ。けどね、私じゃ駄目だと思う。根本的に性格が合わないよ。というよりも生理的に無理かな」

 

 全力疾走したあとに差し出された水をがぶ飲みしたら熱湯でした。そんな拒絶です。希望を根こそぎ奪っていくなんて用意周到じゃないか。さすがは俺の元カノだぜ。

 しかしながら具体的にどこが悪いかがわからない。彼女の言っていることはモヤモヤしていて霞みがかっている。止せばいいのに俺は地雷原を駆け抜ける覚悟で疑問を口にした。

 

 「その、具体的にどこが悪かったのかな?」


 彼女は困ったような顔で鋭利に言う。

 

 「何を考えているかわからないところとか、人の意見ばっかりで自分の意見を言わないところとか、何事にもやる気がないところとか……あとね」

 

 「すいません。その辺で勘弁してください!」

 

 自分でも理解していたが、こうしてアウトプットされると汚れの目立ちが浮き彫りになり悲しくなる。つうか彼女ドSすぎませんかね。

 

 「あとね、オス臭い」

 

 もう勘弁してよおおお! オス臭いってなんだよ、悪口でしょそれ!

 

 「そっか、オス臭いなら仕方ないね、人間として終わってるね、悲しいなあ」

 

 平静を装いつつも自虐的になってしまう。ここまでズタボロな評価をされては、これまでの自分の人生を一度見直す必要があるのではないのだろうか。

 

 「彼方クンは楽しかった? 私と付き合うの」

 

 「もちろん楽しかったよ、新鮮なことがいっぱいだったから」

 

 こうして振り返ると新しいことをたくさんした。彼女が出来ること自体が未知の体験で、いい経験になったと思う。未経験で終わったけどね!

 

 「それってさ、私である必要あるのかな?」

 

 「え……?」

 

 彼女の思いがけない問いに戸惑う。

 

 「他の子でも同じ感想だったんじゃないかってこと。あのね、彼方クンは誰にでも同じ顔をするんだよね、愛想笑とはちょっと違う。人形……日本の営業マンみたいな顔!」

 

 「日本の営業マンにも心からの笑顔をする人居るはずだよ!?」

 

 「あはは、ごめんね。ちょっと言い過ぎたかも」

 

 ちょっとどころではないと思うが、悔いたのか、四宮は優しく取り繕ってくれるが、その優しさが逆に俺の喉を絞めてくる。もう、がっくりと項垂れることしか出来ない。

 

 「あ、でも彼方クンの心からの笑顔見たことあるんだ」

 

 無言で放心していると彼女はそんなことを言ってくる。

 

 「深雪と一緒に遊んでる時の彼方クン。初めて見た顔だったよ、すごく満ち足りた顔だね。嫉妬しちゃったなあ」

 

 彼女はその後も何やら言ってたが、耳から耳へすり抜けるように話が入ってこない。考えがまとまらない。いつもはこうじゃない筈なのに、彼女が喜ぶ最良の選択肢が思い浮かばない。きっと何を言っても駄目なのかもしれない。

 

 「どうしたの?」

 

 「いや、フラれるって結構つらいな」

 

 「泣きそう?」

 

 「たぶん、帰ったら泣くよ」

 

 ボコボコにされたからね。とは口が裂けても言えません。

 これにて俺の恋は終了です。女の子がこんなに怖い生き物だったなんて知らなかった。

 ああ、大声を上げて走り去りたい! すぐに家に帰って枕を涙で濡らしたい!

 せっかくだからロマンチックな別れがしたいと思う。

俺は涙を見せずに背中を向けて走り去る。そしたら彼女もまた涙ぐみ嗚咽を漏らす。涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら太陽に向かって走るんだ。んー、感動的!

脳内シュミレーションを完了した俺はさっそく行動に移そうと……

 

 「あ、この後ごはん食べてく? カレー作ってあるんだ」

 

 「ええ……」

 

 女性はとても怖い生き物です。

 良い教訓になったなあ。

 あ、カレーの味は微妙でした。

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