第12話 母との再会

 夜シルの意識が戻り、目を開いて最初に見たのは、見知らぬ天井だった。


 規則正しい、四角いプレートで埋め尽くされた、奇麗な天井。

 体を起こそうとしたが、体中に近くの機械から伸びた管が付けられていて、起き上がることが出来ない。


「赤井・夜シルが目を覚ましました!」


 慌ただしい人の群れ。


 力が上手く入らず、息苦しい。

 喉が痛いくらいにカラカラで、頭はぼんやりとしている。


 唯一動かす事の出来た首を横に倒そうとしたが、何かの管が引っ掛かり、上手く動かせなかった。

 口まで伸びたそれを、舌で触れる。

 人工呼吸器かと思ったが、見たことは無いので確証はない。


 ふと視線を動かすと、近くのベッドに複数人の人間が横たわっているのが見えた。

 その頭には夢見マシンを装着し、ぐっすりと眠っているように思える。


 だが、意味のある思考はそれまでだった。


 夜シルはドッと体に疲労を感じ、続けて空腹感で胃が痛くなったが、どうすることも出来ず、意識を失った。


 ――――――――――


 次に起きたのは、翌日のことだった。


 やはり体中に付けられた管が体の自由を制限していたが、それでも、息苦しさのようなものは若干軽くなっている。

 窓から光が差し込んでいて、少し眩しかった。


 一体、今、何時だろうか。

 夜シルは思ったが、時間の感覚など、自分の体のどこにもない。

 窓から差し込む光の角度から思うに、午前中のようだが……


「赤井・夜シル君」


 白衣を着た女性が名前を呼んできた。

 どうやら、視界の外にいたらしい。

 夜シルの上から覗き込み、優しげな眼を向けている。


「あの、ここは?」

「ここは病院で、私は医者だ。気分はどうだね?」

「気分? あの、いったい、何が……?」

「君は正体不明の病気で、11日も眠っていたんだ。すぐ、お母さんに来てもらうよう、連絡しよう」

「……母が、日本にいるんですか?」

「ああ、アメリカからわざわざ飛んで帰って来たとのことだ。仕事があるとかで、今は病院を離れているが、死にかけていた息子が目を覚ましたんだ。連絡すればすぐに来てくれるよ。夜シル君はまだ寝ていなさい。すぐ、連絡をとるから」


 医者がそそくさと出て行き、夜シルは静かになった病室で独り、機械の作動している音を聞いた。


――――――――――


 夜シルの母がやって来たのは、夕方になってからだった。


「夜シル。起きたのね」

「母さん」


 夜シルはベッドから起き上がると、母の顔を見た。

 相変わらず美人で、そして、視線が冷えている。


 最後にその顔を見たのはいつだったか。

 海外には高校に上がる時に出発したが、そもそも仕事ばかりで家に帰ってくることもまれだった。


 そんな母は、夜シルの顔を見て、ため息をついて、言う。


「全く、世話をかけさせないで。たまたま日本に来る用事があったから、夜シルの病院にも来たけれど」


 ついでに、と言う言葉が、酷く夜シルの胸に響く。


「母さん、俺」

「白村さんのところの遊ヒト君、亡くなったそうね」


 母は夜シルの言葉なんて、聞いていなかった。


「あ、ああ。そうなんだ。遊ヒトが」

「聞いたわ。あなたとずいぶん、学校でバカなことをしてたって。あなた、評判悪いわよ? あまり失望させないで」

「それは」


 二人で走り回った日々が、夜シルの心によみがえった。

 二人でロックが好きだと騒ぎ、『赤白コンビ』なんて言われて良い気になっていたのは認める。

 でも、違うんだよ、母さんと、夜シルは思う。


 ――俺、あんたみたいな母さんだろうと、顔を見たら、やっぱり安心したんだ。

 それなのに……こんな時に、そんな話をしなくたって良いじゃないか。

 俺、すごい病気だったんだろ?

 それに、怖い夢を見たんだ。

 いや、ただの夢じゃないかもしれないけれど、でも……

 少しくらいは心配してくれよ。


 そうした夜シルの、子供から親への必死な願いは口から出ない。

 母は、黙り込んだ夜シルにフンと鼻を鳴らすと、言う。


「夜シル。あなた、遊ヒト君と同じ病気にかかってたみたいよ。死ななくて良かったわね」


 その内容に夜シルは戦慄した。

 同じ病気?

 夢の中で会った、部ノの言葉がよみがえる。


『例えばこの夢の中で私に銃で撃たれて死ぬと、現実の世界でも死にまーす!』


 瞬間、理解した。

 やっぱり、あれはただの夢じゃない。

 遊ヒトも、自分と同じように夢の中で襲われ、そして、殺されたんだ。


 それは、あの悪夢を経験した者の感ではあったが、確かな実感として、夜シルの中に生まれた。

 そんな夜シルの顔をじっと見つめていた母は、ため息をつきながら言う。


「まぁ、どうでも良いわ。私、仕事がありますから。病院のお金は払ってあるし、生活費はいつもより少し多めに振り込んでおいたからね。バカな事ばかりしてないで、勉強して、少しくらいは成績上げなさい」


 話はそれだけだと言わんばかりに、母は立ち上がる。


「母さん、俺……!」

「まったく。あの人の嫌な部分だけ似ちゃって。それじゃあね、夜シル」


 何かを言いかけた夜シルの言葉は、忌々しげにつぶやいた声にかき消される。

 ……あの人。

 夜シルの記憶の、遠いところにいる、父。


 母は仕事ばかりで、父はそれが嫌になって出て行った。

 今、そばに居てくれればと思うが、父はどこかで死んだと聞く。


 コツコツと鳴る、靴音。

 母の後ろ姿を目で追った夜シルはまた一人になった。

 だが、それは一瞬で、母とほぼ入れ違いで、誰かが病室に入って来る。


「良いかい? 赤井・夜シル君」

「……あなたたちは」


 それは、夢の中で会った人たちだった。

 金髪碧眼の女性、派手な服と頭をした長身の男。

 それから筋肉隆々の男が前に出て、夜シルに言った。


「面会時間がギリギリらしいから簡潔に言うぞ。とりあええずは、生還、おめでとう」

「おめでとうって……俺、状況がまだよくわかってないんです。夢の中で会いましたよね、あの夢、何なんですか?」

「言っただろ? 夢魔だ。夢魔が見せていた、悪夢だ」


 夢魔?

 聞いたような、聞いてないような……


 混乱する夜シルに男が畳みかけた。


「夢の中に現れて、人を殺す悪魔が急増しているんだ。君はそれに襲われて死にかけていた。最も、俺たちが助けるまでもなく、自力で乗り切ったみたいだがな。しかし、だからこそ俺たちはもう一度、君に会いに来た。とりあえず、要件を言うぞ」


 夜シルは身構える。

 一体、何の用なのか。


「君をスカウトに来た。ナイトメアバスターズの一員として、俺たちと一緒に戦ってくれないか?」

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