第11話 新手

「ぐっ……! ぎッ! ……こいつ!」


 銃が部ノの手を離れて落ちる。


 夜シルは手を離さず、そのまま背負いあげて地面に叩きつけた。


 だが、それで終わりではない。

 部ノが落とした銃を蹴飛ばし、夜シルは跳んだ。


「うああああああああ!」


 相手が女の姿をしていようが、構わない。

 夜シルは、部ノの顔を全力で踏み付けると、そのまま馬乗りになった。


「ぐ、ぎぃ! ぎぎぎぎ、人間、ごときが……! グッ! ガッ!」


 倒れこんだ部ノを、夜シルは再び殴る。

 手は止めない。

 殴る手は痛かったが、それでも。


 思った。


 ――守るんだ!

 何に代えても、木村だけは!

 俺たちの、楽しかった思い出だけは!


 そうしているうちに、3Dホログラムの英雄たちが、演奏を終えていく。

 観衆達の拍手と喝采。

 混沌と化していたサウンドが少しづつクリアになっていき、最後には笑う遊ヒトの映像だけが残されていた。


「負けんなよ、夜シル」


 その声は確かに聞こえた気がした。

 映像ではなく、遊ヒトの肉声に聞こえる声で。


 と、その瞬間、ダラララララララと言う、連続した轟音と共に、夜シルのすぐ近くの壁が削れた。


「なっ!」


 圧倒的な破壊。

 夜シルが顔を上げると、部ノが持っていたものとは形も大きさも違う銃を構えて、こちらを見ている者がいる。

 タンクトップを着た、筋肉が隆々としているの男だ。


「あ、新手? くそ!」


 呟きながら、咄嗟に立ち上がり、思った。


 ――ようやく部ノを無力化させたと思ったら、また新しい銃を持った敵か?

 ひとまず、身を隠さないと……!


 夜シルは、玖ユリがいた方角を見て、叫ぶ。


「木村!」


 だが、玖ユリは夜シルの声には答えず、座った姿勢で夜シルに背を向けていた。

 そして、玖ユリの背中の向こう側に、新たな人影がある。


 長身。派手な髪の色、服。

 みるからにガラの悪そうな男だ。


 そして、視線の先にある曲がり角から、動きやすそうな服を着た、長髪の女性が顔を出した。

 金髪碧眼の美人。

 顔は優しそうだが、安心はとてもじゃないけれど出来ない。


 しかし、絶体絶命だ。

 もはや逃げ場はない。

 夜シルは、気をしっかり持たねばと歯を食いしばり、玖ユリの元へ走る。


「き、木村! 立てるか! とりあえず逃げよう! あいつ、銃を持ってる!」


 だが、玖ユリはぼんやりとした表情のまま夜シルを見上げているだけで立とうとしない。


「木村……! しっかりしてくれ、くそ!」


 派手な服を着ている男が、すぐそこまで歩いてきていた。


「んー、状況が読めねぇなぁ。おい、ガキ。悪い奴がいたろ? お前を殺そうとしていた奴だ。そいつはどうした?」

「部ノのことか!」


 部ノを知っていると言う事は、やはり敵なのだと夜シルは思う。

 だが、どうする?

 すでに囲まれているに等しく、一人は銃を持っている。

 警戒する夜シルだったが、そんなこと気にもしない様子で男は話を続けた。


「部ノ? 良くわからねぇけど、とりあえず聞いてることに答えろよ。お前、赤井・夜シルだろ?」

「……な、何で知ってるんだよ」

「何でって、お前が目的なんだから、知ってるに決まってるだろ?」


 目的が自分だと聞いて、夜シルはうろたえた。

 こいつらは、やはり部ノの仲間に間違いない。


「答えろって、そいつがどこに行ったのか、聞いてるんだぜ?」

「ど、どこに行ったかだって?」


 夜シルは振り向いた。

 そう言えば、殴っていた部ノを放り出して、玖ユリの元まで走ってきてしまった。


 今、部ノが起き上がってきたら、厄介だ。

 これ以上銃を持った敵が増えるのは避けたい。


 ……だが、夜シルが向いた先に部ノはいなかった。

 身に着けていた際どい服と、ドクロの飾りのついた帽子を残し、本人は消失しているのだ。


「市川、様子が変だ」


 筋肉隆々の男が部ノの服を拾い上げて、何やら調べている。

 それに対して答えたのは、派手な服を来た男だ。


「ああ、分かってるぜ。夢魔の痕跡はあるが、姿がどこにもいねぇ。それに赤井・夜シルが眠ってから、10日だって聞いてたぞ? 10日も持ちこたえてるってのも驚きだったが、そもそもレベル5の患者じゃなかったのか? おい、リナ、どういう事だよ? そいつ、元気に見えるぜ?」

「え、ええ、観測ではそのように。ですから、三人で来たのですが……」


 女性も困惑しつつ、夜シルを見ている。


「もう一度、確認するぞ。君の名前は赤井・夜シルだな?」


 背後から声が聞こえて、夜シルは再び振り返った。

 筋肉隆々の男はすでに至近距離まで近づいている。


「そ、そうだ! 俺は、赤井・夜シルだ。お前たちこそ誰だよ! 部ノの仲間なんだろ? 俺は最後まで戦うからな! 絶対にあきらめねぇ!」

「戦う? 何をするつもりだ?」

「う、うおおおお!」


 殴りかかった夜シルは男に腕を掴まれ、地面に倒されてしまった。

 体を打って、意識が飛びそうになる。


「ぐぁっ……ち、ちくしょう!」


 肺の中の空気が強制的に吐き出されて、夜シルは喘いだ。

 だが、それでも気をしっかりと持って、叫ぶ。

 今もまだ、呆然としている玖ユリに向けて。


「き、木村! 早く逃げろ……! お前だけでも……木村ッ!」


 だが、その言葉は夜シルを抑えている男に遮られる。


「ちょっと待て! 俺たちは、お前に危害を加えに来たわけじゃない!」

「銃を撃って来ただろ! 何を言ってんだ!」

「お前が襲われていると思ったからだ! ……いや、悪かった。とりあえず答えてくれ。さっきまでお前を殺そうとしていた奴がいたはずだ。そいつは今、どこだ?」

「そんなの知るかよ! ぶん殴ってたらお前らが現れて、いつの間にかいなくなってたんだ!」


 笑い声が響いた。


「アハハハハハ! ぶん殴ってたって? まさか、反撃してぶっ倒したわけじゃないだろうな? 何の訓練も積んでねぇ、子供が!」


 何をそんなに笑っている?

 声は派手な頭をした男の声だが、顔が見えない。


「まぁ、とりあえず戻ろうぜ! 夢魔がいないんじゃしょうがない」

「そうだな」

「待てよ……! なんなんだよ、あんたたちは」


 夜シルの質問に、男が答える。


「ナイトメアバスターズ。夢魔殺しさ。君を助けに来たはずだったんだが……詳しい話は、起きてからにしよう」


 瞬間、夜シルの意識は急に朦朧とした。


 景色がぼやけて、歪んでいく。

 そして、視界の隅、ぼんやりとこちらを振り返った玖ユリの顔が一瞬だけ笑った気がした。


 それを最後に夜シルの意識はフッと途絶えて、そして、何も分からなくなった。

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