第14話

 梅島と話すこともなく新宿営業所を出たのは15時半近くだった。明治通りは相変わらず渋滞している。女子高校から学生たちが下校し始めていた。こんな状況で普段通りに学校へ通う千尋の気持ちを考えると心が痛んだ。


 待ち合わせ時間にはまだ時間がある。大野のアパートをもう少し調べてみようと思い立ち、俺は諏訪通りでタクシーを拾った。そのまま小滝橋まで出て小滝橋通りから北新宿へ向かった。渋滞はほとんどなかったが、消防署から救急車が出動するタイミングに当たってしまい少し足止めを食らった。新宿は昼でも夜でもサイレンが途絶えることはない街だ。


 大野のアパートは雨に濡れて一層みすぼらしく見えた。アパートを監視している不審な者は居なかった。視界の中で唯一動いているのは雨だけだ。静寂が辺りを包み込んでいた。集合郵便受けには新たに不動産屋のチラシが増えていたが、201号室のポストが開けられた様子はなかった。


 千尋から預っている合鍵を使って入ろうとしたが違和感に気づいた。鍵が差し込みにくい。鍵穴を調べてみると無数の傷がついていた。ピッキングは映画のように針金を差し込んで2、3回ガチャガチャと動かせば鍵が開くなどということはない。ピッキングツールを使って指の感覚を頼りに鍵穴の中のピンを外していかなければならない。鍵の種類にもよるが訓練を重ねても解錠には最低5分ほどかかる。その作業をするとピッキングツールの金属とドアノブの金属が擦れて無数の傷がつく。


 ハンカチを取り出してドアノブを握り回してみると思った通り鍵はかかっていなかった。俺はゆっくりとドアを開けた。ハンカチ越しに電気のスイッチを入れる。室内は荒らされているわけでもなく、見た限りでは以前来た時と何も変わっていないように見える。床を見たが土足で入った様子はない。玄関のたたきは乾いていて侵入から時間が経過していることを意味していた。


 俺は靴を脱いで部屋の中へと入った。シングルベッドに塞がれる形の押し入れの戸がわずかに開いていた。前も開いていたか思い出そうとしたが記憶になかった。押し入れを開けてみると段ボール箱が4個と衣装ケースが2つ入っていた。特に変わった様子は見受けられない。本棚も飾ってあった写真もそのままだ。考えられることは2つしかなかった。この部屋に入った何者かは部屋を荒らすまでもなく目的の物を見つけたか、目的の物が無いことを確認できたか。そして俺がここから持ち出したものはただ一つ、だった。


 通報しようか迷ったが刑事や鑑識が来て家主の同僚である俺がこれまでの経緯をあれこれ説明することになるのは面倒だった。ノートパソコンを持ち出したことも黙っていてはまずい。千尋も間違いなく呼び出される。俺は指紋を残さないようにドアを閉め、気休めかとも思ったが合鍵を使って鍵を閉めた。


 

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