第5話 行こう、シュティと共に

「だから古代龍とは…今からおよそ500年前、かの人類の英雄アルトマンと……うぅ、ほーかぁ~ほーかぁ~~~~古代龍を知らぬか……いや、忘れたのかぁあああ~~うぅ~~~」


 土の上で、突然ごろごろしだしたシュティだった。そこまで悶絶されるとは思っていなかった。


「あ、あの……なんか、ごめんなさい。そこはさっき聞いたからわかるんですけど、そうではなくって、古代龍ってその、生き物なんですよね? 」


「……! そこからか!」


「すみません」


 少年が再び謝ると、シュティは首を横にふった。


「……良いのじゃ。確かにちと、ショッキングではあったが致し方ない。記憶がない事を考えてみれば至極もっともな話じゃったな。常識についてどこまで記憶があるのか、というのも確かめる必要がありそうじゃが。まぁ、古代龍のことはともかくじゃ」


 と、シュティは少年に改まった。どうやら、散々呻いた割に、古代龍のことは教えるつもりは今の所ないらしい。


「古代龍などそのうちにわかる話じゃ。今大事なのは古代龍ではなく、この先お主がどうするかではないかの」


「このさき……ですか」


「そうじゃ、ここにずっとおるつもりか? 妾はそれはそれでいいがの、ヒマじゃし。しかしここには何もない。かと言って、地上に戻ろうにもその姿のお主では如何にも心もと無い。じゃから、考えねばならん」


 その言葉には「確かにその通りだ」と少年は腰巻布しかつけていない自分の体を見てから、そして天井を見上げた。相変わらず光がさしているものの、そこには何も見えはしなかったが。

 少年はここから落ちてきた。ならば、上に行くのが自然だろうか。もしかしたら、上にたどり着くことが出来れば少年を知っている人間もいるかもしれない。しかし人間を襲う魔物もいるような場所に一歩踏み出て、少年は生きて地上にたどり着けるのだろうか。そもそもどうやって土を掘っていくべきなのか。


「上には、行きたい……です。でも、どうやったらいいのか」


「そうじゃのぅ。まず、お主が何を出来て、何を出来ないのか、それを確かめてみるのはどうじゃ。幸い、ここには魔物は現れぬからの。色々試してみるには、いいかもしれぬし。……そうじゃ、そういえば、あれがあったわ。お主、ちとこっちへ来い」


 シュティはそう言うと、焚き木の光の陰になっていた場所に少年を連れて行った。恐らくシュティはここで寝起きしていたのだろう、岩の間の少し小さなくぼみに少々の藁が敷いてあり、その横にいくつかの道具のようなものが、ガラクタのように積まれていた。


「これ、なんですか?」


「これは、大体がお主のお仲間じゃよ。」


「……お仲間」


「ほとんど、上に探索しに来ていた人間が使っておったものの残骸じゃ。時々お主と同じように落っこちてくるのを拾い集めておったのじゃ。妾ヒマじゃからな。大体は壊れてしまっておるのだがな……だが妾がお主に見せたかったのはこれよ」


 シュティはそう言うと、ガラクタの中から大きな乳白色の板を取り出した。それ一つで、少年のお腹がまるまる隠れるくらいの大きさはあった。シュティがそれを傾けるたびに、少ない光を反射して虹色に光る。まるで大きな宝石の板だ。


「なんだか、すごく……綺麗ですね」


「そうじゃろう? これこそが、古代龍の鱗よ。真に美しいものじゃ。そして、とてつもなく固いのじゃ。それに、これと……これもある」


 さらにシュティは牙と、爪を取り出した。どちらも少年の体の半分くらいはある。

 でも、シュティはこれを一体どうしようというのだろうか。


「まったく、想像力の無い奴じゃのぅ。ほれ、人間というのは器用なんじゃろう?これを、こうして腹に当てて、紐かなにかでくくれば……これぞ立派な『どらごんめいる』じゃろう!」


「……どらごんめいる?」


「それに、ほれこっちも持ってみよ。このように軽いが、切れ味は抜群じゃ。そこらへんの魔物なぞ、軽く当てるだけでぎったばったと……なんじゃ、何か文句でもあるのか」


「いえ……特に、ないです」


 少年はとりあえず口を結ぶことに決めた。


 少年が黙ってされるがままにしていると、シュティは少年の体に竜の鱗を当てながらガラクタの中にあった紐を片手に、あぁでもない、こうでもないと言いつつ周りをぶんぶん飛び回った。


 その間に、少年はぼんやりと考える。

 自分に、出来る事と、出来ない事。わかる事と、分からない事。

 確かに少年は何も知らないが、それは思いの他怖いとか恐ろしいという感情は抱かなかったし、悲観もするに至らなかった。もしかしたらそれはシュティのおかげかもしれないが。しかしたとえシュティがいなかったとしても、何かを『知る』という一つ一つは、今の何もない自分にとってとても大事なことだった。

 でもきっとこの先この小さな生き物は少年にとってとても重要な人物になることは間違いないと、感じたのだった。


 少年はその結論に自分の中で一つ頷くと、目の前で飛び回っていたシュティを無造作にむんずっと掴んだ。


 しかし、すると返ってきたのは少年にとって予想外の反応だった。


「ぎゃっ!? お、お主、どこを掴んでおるのじゃ!?」


「?」


「わ、わ、妾、今を時めく花の乙女になるぞ! そのような、可憐な身の上をつ、つ、掴むなどと……と、と、とに、とにかく、は~~な~~~せぇぇぇ~~~~!」


 バリバリバリバリッ!!


 顔を真っ赤にしたシュティの体が白く発光したかと思った時には、少年の体は全身が痺れて動けなくなった。

 しかしその代わり、頭の中に今までとは違った、アナウンスのような文字が浮かんだ。

 そこには、『効果雷魔法を受けました ダメージ20% 雷耐性3UPしました 麻痺耐性1UPしました』と書いてあった。石やシュティを見つめた時に出ていた『?』の文字に比べると、随分うっすらとしていて、何となく何かが壊れているような印象を受けたものの、そこには何か意味がある気がしてならなかった。


 シュティは痺れている少年の手から逃れると大きく肩で息をしていたが、そのうちはっと顔をあげると、少年の顔の真ん前で慌てふためいて大騒ぎし始めた。


「あっ……し、しまった、またつい……! ついなのじゃ、ついなのじゃぁ! お主大丈夫か?」


「しび……れて…‥」


「すまぬっ! すぐ治す!」


 シュティが少年にむけて指をさすと、すぐに『回復魔法により20%回復 残存体力85% 麻痺が解除されました』と出た。痺れはすぐに取れていく。


 やはり文字は薄かったが、これはとても重要な情報が出ている気がする。


「うぅ、今のはそのぅ……すまぬ、ほとんど条件反射というか、なんというかぅぁぅあ……」


 最後は、言葉にならずに俯くシュティだったが、対した少年は、また、出来ること、知らなかった事が増えたと内心は喜んでいたのだった。


「シュティ、僕、お願いがあるんです」


「……なんじゃ? 言うてみろ、今なら、何でも言う事聞いてやるぞ!」


「これから先、僕と一緒に来てくれませんか。上へ。」


 少年のその言葉には、シュティも口を大きく開けるしかなかったようだった。


「……お主、このタイミングでそれを言うとは、なかなか聡いやつじゃったの」


 断れるやつなどおらんな、とシュティと少年は共に大笑いをした。


「そういえば、最初からわかる言葉があるんです。魔法、とか魔物、とかそういう大雑把な部分なんですけど」


 少年の言葉に、シュティはほぅ?と促した。


「魔法とは、『人の内に眠る魔力を用いて人為的に神秘・奇跡を再現する術の総称のこと』です。魔物とは、『魔性をもつもの。また、人をたぶらかすあやしい力をもつもの』……です」


 自分で考えていた以上にすらすらと言葉が出てきた。確かにこれは、少年の口から出た言葉だったが、少年はどこか自分で話していないような違和感を覚えた。シュティも、まったく同じだったらしい。「どっかから拾ってきたようなセリフじゃの」と目を丸くした。


「じゃが、まぁ間違いではない。装備も整ったのじゃ。いっちょ、試してみるかの。お主の内に眠る、その魔力とやらを」


 シュティはそういうと、よっこらしょ、と声を出しながら空中に浮かぶと、土壁にむかって片手を差し出した。

 すると、特に呪文を唱えるといった動作も無くシュティの差し出した手の方向がまるで熱で溶かされるようにするりと動いた。

 勿論シュティの相手は土であるため、実際には溶けたという訳ではないのだろうが、事実少年にはそのように見えたのだった。


 振り向くシュティからは穏やかな笑いが消え、代わりに挑戦的な眼差しが少年を促した。


「では、参ろうかの。心せよ、ここからお主の探索が始まるのじゃ」



    * 


New equip : どらごんめいる? 腕にくくりつけられた爪 持たされた牙


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

ドラゴン掘りの採掘師 穂高美青 @hodaka-mio

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ