同じことを繰り返しながら、違う結果を望むこと、それを狂気という。Ⅲ

「えっ!?」


 あれだけ平気な顔をしていた毒ヶ杜さんの顔は、真っ赤に赤面していた。


「だって私達付き合ってるし、今までと同じ呼び方って変化がないじゃない?」


 恥ずかしいのか僕から顔をぷいっと背けて、毒ヶ杜さんが言った。


「ちょっ!? もぉ、目島君」


 そんな毒ヶ杜さんを見ていたらついつい苛めたくなってしまった。


 顔を背けた方向と反対の頬をつんつんと指でつついてみる。


「じゃあ、毒ヶ杜さんも名前で呼んでよ。呼べる?」


 笑顔で言った僕の顔を見て、頬をぷくーと膨らませて、毒ヶ杜さんは対抗してきた。


「で、できますぅ~だ。名前で呼べばいいんでしょう! す、すす……すにゃおくん」


 噛んだ。可愛い。かっこ確信。


「ははははは。すにゃおって僕は猫?」


 声を出して噴き出して笑ってしまう。


「わ、笑うなぁ~!! じゃあ、目島君も呼んでみてよ」


「さり気無く目島君に戻ってるし」


「う、うるさい!! 早く呼んで!」


 顔を真っ赤にして言い訳する毒ヶ杜さん悶える程可愛い。


「いいでしょう。僕がお手本を見せてあげますよ」


 自信満々にそう言って僕は息を吸った。


「こほん。では一つ。……い、いばらひゃん!? ごほごほっ」


 勢い余ってむせた。ごほごほっ気管に唾液入った。ごほごほっ……


「ははははは。目島君も一緒じゃん」


 相当つぼに入ったのか腹を抱えて転げまわる毒ヶ杜さん。


「む、咽ただけだよ。僕は! 噛んでないし……ぷっ。ははははは」


「ははははは」


 僕等は顔を見合わせて笑いあう。


「二人とも、だね」


「だね」


 毒ヶ杜さんは笑いすぎて、涙まで出てる。


 すんと鼻を啜って、僕は改めた。


「い、棘。……ははっ。何か慣れないなこの呼び方」


 名前で呼ばれて嬉しかったのか、口角を上げてから棘は口を開いた。


「す、直。……本当、変な感じ」


 お互い顔を真っ赤にして下の名前を呼び合う。


 それだけなのに距離がぐっと近づいて、想いが強まる。


 こういう小さい思い出も僕は大切にしていきたい。


 心からそう思った。


***


「プリン買おうプリン」


 玄関で靴を履きながら、棘はそう言ってとろけた様な表情をする。


 というのもこれから僕達は近くのコンビニに行こうとしている。


 唐突にコンビニに行きたいと言い出した棘の希望でこうなった。部屋に篭りっぱなしというのもよくないからな。


「お邪魔しました~!!」


「じゃあ、母さん。ちょっとコンビニ行ってくるね」


 そう言い残して僕達は家を出た。


「ん~いい天気。お日様が気持ちいい~」


 背伸びをして言った棘は本当に気持ちよさそうに身体を伸ばす。


「よし、出発」


 言って僕達は敷居を出て、歩き出す。


「にしても直の家に上がれる日が来るなんて私は感激だよ」


「何、急に」


 肩から斜め掛けにバッグをかけて、キャップを被って言った。


「いや、お弁当棄てられた事思い出して」


 それを聞いて愛想笑いをする。


「それは棘が作ったものって知らなかったから。だから、約束したでしょう?」


「まぁ、そうだけど。今度作ってあげるから待っててね」


「楽しみに待ってる。……ん?」


「どうしたの?」


 僕の顔が歪んだ事に気づいた棘は首を傾げる。


「何か、今二階の僕の部屋の窓に何かいた気がして」


「ちょっとやめてよ! 私怖いの嫌いなの!」


 言って棘は僕の腕にしがみついた。


 何か女の子らしき人影が見えた気がする。……背筋が凍る。気のせいという事にしよう。


 僕は考える事をやめた。……にしても棘はホラーが苦手なのか。良いことを知ったぞ。


「今度、ホラー映画でも一緒に見ようか?」


「無理無理! 絶対泣いちゃう」


 泣いちゃうのか。可愛いな。


「てか、おばさんじゃないの? いるのおばさんだけなんでしょう?」


「それだ。きっとお茶を片付けに部屋に入ったんだ」


 納得。これで解決。……よかった。お化けじゃなくて。


 もし幽霊だったら、十数年幽霊と同居暮らしって衝撃的真実過ぎるからな。


「もう、早くコンビニ行こう」


「だね」


 僕達はコンビニに歩き出した。

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