5. 渋沢刑事


 救急車と警察が来るのに三十分もかかった。

 かろうじて息のあった佐々木涼介を救急車で送り出し、警察官たちが広場を調べている間、杏子たち三人はいろいろと話を聞かれたが、山を下りて警察署へ行ってからも、三人別々に話を聞かれ、とりあえず放免された時には、あたりはすっかり暗くなっていた。


「おれ、疑われてるのかな?」


 ファミレスで夕食をつつきながら、梶原がつぶやいた。言い方があまりにものほほんとしていたので、杏子と大介は何の事だかわからなかった。


「おれが佐々木涼介を探していたことは、調べればすぐわかる。何かトラブルがあって、おれが佐々木を殺そうとしたと思われても不思議はないだろ?」


「まさか。カジさんは、行方不明の佐々木くんを探してただけじゃない。疑われるなんて変よ。第一、どうしたら人をあんな風にできるのよ」


 杏子は思い出して、また青ざめた。

 結局、救急車が来るまでの間に、杏子と大介は佐々木の姿を見てしまった。服はボロボロに破れ、全身に骨折があるのか体は奇妙な形に折れ曲がっていた。


「……ですよね」

「だよな」


 重苦しい沈黙がおりた。


「お食事中、すみません」


 突然声をかけて来たのは、さっき会った刑事たちのうち、若くて感じのいい渋沢刑事だった。

 丸顔で童顔の彼は、一見学生のようにも見えるが、今年で三十歳になるのだという。梶原とひとつ違いとは思えぬさわやか青年だ。


「みなさんの宿泊先をお聞きするのを、すっかり忘れてました」


 渋沢はテーブルの横に立ったまま、ニッコリと笑った。


「そう言えばぼくたち、まだ泊るところ決めてませんでしたね。カジさん、どこに泊まってるんですか?」


 大介が聞くと、梶原は名刺サイズのカードを取り出した。


「ここだ。おまえらも泊めてやるから安心しろ」


 三人は同時にカードをのぞき込んだ。そこには『貸別荘すわの森ロッヂ3号』と書かれていた。


「貸別荘? ホテルじゃないの?」

「ああ。部屋数もあるし、温泉付だし、何より安いんだ」


 梶原は得意げにニヤリと笑うと、タバコに火をつけた。


「マジですか? 貸別荘ってことは、自炊ですよね?」

「大介くんがお料理得意でよかったわー」

 杏子がホッとしたように笑う。


「面白いですねあなた達。友達にしてはなんかバラバラだし、どういう関係なんですか?」


 渋沢はさりげなく梶原の隣に座り込み、コーヒーを頼んでいた。


「それにしても、よくここにいるのがわかったな。さてはシブちゃん、おれ達をつけてきたんだろう?」


「シブちゃ……いえ、バイクがあったので、ここかなって思っただけですよ」

 渋沢はめげずに笑う。


「ねぇシブちゃん、警察はあたし達を疑ってるの? あたし達の関係なんて、さっき話したじゃない。ウソは言ってないわよ」


「杏子さん、シブちゃんなんて失礼ですよ。ああ見えて年上ですよ!」

「いいじゃない。可愛くて、なんか似合ってるもの」


 杏子と大介の言い合いに、渋沢はふっと笑みをもらした。


「いいですよシブちゃんで。椎名さんと木場さんがさがし屋さんで、梶原さんがフリーライターでしたね。以前、梶原さんがさがし物の依頼に来たことから知り合いになる。そして今回の件も、梶原さんが椎名さんに人探しを依頼し、椎名さんも別件で依頼された相手が、偶然同じ場所にいるらしいということで、一緒にあの神社に向かった。そして、山の頂上で佐々木くんを発見したわけですね」


 渋沢は三人を見回した。


「ああ椎名さん、さっき三枝夫妻がみえましたよ。正式に娘さんの捜索願を出されました」

「……そうですか」


 杏子は神妙な顔でうなずいた。急がなければ、理恵の身にも佐々木と同じような災いが降りかかりかねない。そう思うだけで恐ろしかった。


「その時、面白い話を聞きましたよ。あなたは、写真や私物があれば、その人の居場所を探せるとか?」


 渋沢は変わらず笑顔を浮かべていたが、杏子を見つめる瞳の中には、今までの笑顔とは違う何かが潜んでいるようにも見えた。


「そうよ。それを話さなかったのは、今までの経験上、信じてもらえると思わなかったからよ。でも、あたしがどんな方法で人をさがしても、事件には関係ないはずでしょ?」


「もちろんそうですけど、個人的に興味があったんです」

 渋沢はニッコリと笑う。


「椎名さんにそういった力があるということは、梶原さんは、椎名さんの力を知った上で依頼をした訳ですよね? 何度もさがし物の依頼をしてるんですか? 初めはどういうきっかけだったんですか?」


「えっ、おれが椎名に依頼をしたきっかけ?」

 梶原がそう言ったとたん、杏子と大介がぶっとふき出した。


「おれが椎名のことを知ったのは、新聞記者時代の同僚の話を聞いたのがきっかけだ。興味はあったし、ちょうどさがし物もあったんでな」


「それで、何をさがしてもらったんですか?」

「帽子だよ。大切なものなんだが、どこで失くしたのかがわからなかったんだ」

「それで?」

「帽子をかぶってるおれの写真を見せたら、JR新宿駅の遺失物係にあるわよーって」


「へぇ、すごいですね」


「カジさんが面白いのは、それから一週間くらい、立て続けに毎日来たんですよ。それも、最初と最後の依頼以外は、カジさんが自分の持ち物をいろんな所に隠して、杏子さんにさがさせたんです。まあ、うちは毎日仕事があって助かりましたけどね」


「要するに、あたしを信じてなかったってことよね」


「疑ってた訳じゃないさ。念には念っていうか、確率も知りたかったんでな。椎名の力を確かめたいなら、シブちゃんも何かさがし物をしてもらうんだな」


「はぁ」

 渋沢は曖昧に笑った。



 諏訪湖の畔から十分ほどバイクを走らせると、小川に沿って細い坂道になる。坂を上るにつれて木々が増え、民家はまばらになってゆく。この坂道を上りつめた所に、木々に囲まれた貸別荘が並んでいた。


 諏訪市街から近いわりには緑に囲まれ、しかも坂の上なので諏訪湖が見渡せる。明るくなれば、なかなかの景色が見られそうだ。


 貸別荘は全部で五棟建っていた。同じようでいて、各棟の造りは少しずつ違う。茶色と白のおしゃれな洋館風別荘だ。


「へぇ、きれいな貸別荘じゃない」

「そうですね。カジさんが安いって言うから、もっとボロイ所かと思ってましたよ」

「いいだろ?」


 梶原に続いて杏子と大介が別荘の中に入り、その後ろから、なぜか渋沢までが入って来た。


「中もきれいね」


 床も壁もすべて板張りのリビングは吹き抜けになっていて、二階の廊下にある二つのドアが見渡せた。

 リビングの奥には、小さなキッチンとカウンタテーブルがあり、中央のソファーの近くには、小さな暖炉までついている。


「一階の和室はおれが使ってるから、おまえらは二階の部屋を適当に使ってくれ」

「へーい」


 大介は、自分と杏子の荷物を持って二階へ上がっていく。


「椎名さん、男性ふたりとここに泊まるつもりですか?」

 渋沢が小声で話しかけてくる。

「えっ?」

 杏子は目を丸くして、思わず笑いそうになった。


「男性ふたりって、うちの居候くんと、無精ぶしょうひげクマでしょ? 心配ないって」


「クマって、そりゃああなたはそうかも知れませんけど、気をつけてくださいね。警察の仕事、増やさないでくださいね。部屋と浴室のカギは要チェックですよ」


「はいはい。シブちゃんは心配症ね。大丈夫よ、あたし達これでも仕事一筋だから」

「そうですか」

「それより、佐々木くんの容態はどうなの? 警察に連絡あったんでしょ?」


 杏子は渋沢の腕をひっぱってソファーに座らせると、自分も向かいに腰かけた。


「いえ、詳しいことはまだ。手足の骨がバキバキに折れていたらしいですけど、とりあえず命に別状はないという話です」


「そう、よかったわ」

「確かに、骨はバキバキに折れてるみたいだったな」

「骨折の原因は何でしょうね?」


 くわえタバコでコーヒーを運んできた梶原と、二階から下りて来た大介が話に加わった。


「そうよね。ねぇシブちゃん、あんな風に骨が折れるとしたら、どんな原因が考えられる?」


 微妙な熱心さで渋沢に食いつく杏子に、大介は違和感をおぼえた。やはり、いつもの杏子らしくない。


「いえ、ぼくもあんな姿を見たのは初めてですし、まだ本当に詳しいことはわからないんですよ。まぁただ、病院の人が冗談半分に言ってた言葉は印象的でしたね」


 渋沢は笑いながら三人の顔を見回した。


「まるでアナコンダに巻きつかれたみたいだなあって言うんですよ。ね、面白いでしょう?」


 ニッコリと笑う渋沢の顔から、大介と梶原はそっと杏子に視線を移した。危惧していたとおり、杏子の顔からは、サーッと血の気が引いていく。


「まあとにかく、佐々木が無事で良かったよ」

 ため息とともに煙を吐き出しながら、梶原がつぶやいた。

「佐々木の意識が戻ったら、警察はもちろん事情を聞くんだろ?」


「もちろんですよ。事件か事故か、とにかく本人に聞くのが一番ですからね」


「あの神社がらみでは、他にも行方不明者がいるんだ。そのことを忘れずに聞いてくれよ。佐々木が知っている可能性は十分あるんだ」


「ええ、わかってますよ。あなた方は、くれぐれも捜査の邪魔をしないでくださいね」


 渋沢は、何度も念を押して帰って行った。

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