4. 梛神社


 木々におおわれた山の中、昼でも陽光が差し込まず、陰気な雰囲気に包まれた道路沿いに、小さな鳥居があった。梛神社前宮と書かれたその鳥居の奥には、細くて急な階段が続いている。

 鳥居の手前にある小さな空き地に二台のバイクをとめ、杏子たちは鳥居の前に立った。


「本当に大丈夫なんですか? まだ顔色悪いですよ」

 大介が、心配そうに杏子の顔をのぞき込む。


「大丈夫よ。あたしが行かなきゃ、場所がわからないでしょ」

 杏子は、かぶっていたヘルメットを大介に返した。


「椎名、もしぶっ倒れても、おれが担いで行ってやるから安心しろ」

 梶原はニヤリと笑うと、鳥居に向き直る。


「ここが梛神社か。椎名のおかげで、ようやくたどり着けたぜ」

「カジさんて、ほんとに図太いですよね」


 大介が声を低くして言うと、梶原はフンと口をゆがめる。


「生きてようが死んでようが、見つけてやるのが佐々木のためだ。せっかく探してた神社に来たんだ。ついでにお参りしとこうぜ」


 細くて急な石の階段を上りつめると、小さな円形の広場に出る。その広場の真ん中に、巨木が立っていた。広場を覆うように枝葉を広げ、空を隠している巨木の太い幹は、ところどころ樹皮がはがれて、赤茶けたまだらになっている。


「これがウワサの梛の木か」


 三人が木を見上げると、急にザァーッと強い風が吹き、鳥が一斉に羽ばたいてゆく音が聞こえて来た。

 杏子は思わず身を震わせた。


「なんか、ちょっと不気味な感じですね」


 大介は巨木に背を向けて、あたりを見まわした。

 円形の広場の先は、どこも木々におおわれていて、梛の木の他にあるものと言えば、龍の口から水を吐き出す手水舎と、小さな社があるだけだ。見るからに、人のほとんど来ない無人の社のようだった。


「あれ、珍しい。このしめ縄」


 大介は社に近づくと、二礼四拍手と書かれた札を横目で見ながら、ポケットから小銭を取り出してさい銭箱に放り込んだ。

 後からやってきた杏子と梶原が、同じようにさい銭を投げるのを待っていると、梶原がパンパンと柏手を打つ。


「カジさん、この神社は四拍手みたいですよ」

「あらほんと、珍しいわね」


 杏子も札を見つけ、その通りに二礼四拍手する。


「二回でも四回でもいいじゃねぇか」

 梶原は、面白くなさそうに腕組みをする。


「四拍手の神社って珍しいんですよ。確か、出雲と宇佐と……全部で四か所くらいだと聞いたような気がします」

「ふーん、大介くん詳しいのね。回数って何か意味があるの?」


「はい。まあ諸説ありますけど、面白い説だと、四は死に通じるってことで、ここから出ないでくださいって意味だと聞きました。神を祀るっていうより、神を封印するってヤツですよ。天津神と戦って敗れた国津神が暴れないようにとか、そんな意味です」


「神を……封印」


 杏子は両手で自分を抱きしめるようにして、社を見つめた。そして目を閉じると「何も見えない、何も見えない」と呪文のように唱えはじめた。


「あー、でもこれって、昔は色々だったのを明治政府が二礼二拍手に統一して、そのあと戦後に元に戻して良くなった時に、ほとんどの神社がそのままにしたって話もあります」


 大介はあわてて付け加えたが、杏子はちっとも聞いてないようだった。


「大介さぁ、おまえ何でそんなこと知ってるんだ? 宗教系の大学でも行ってたのか?」


「違いますよ。普通の大学で、真面目に教師を目指してました。これは単なる雑学です」


「へぇ、元は教師を目指す大学生で、今は塾講師のバイトと〈さがし屋〉の居候ねぇ。なんだかなー」


「なんですか、その言い方。カジさんだって、元新聞記者のヤクザなフリーライターじゃないですか!」


 大介はにらんだまま、梶原にぐっと頭を近づけた。梶原はがっしりとした体格をしているが、背はほんの少しだけ大介の方が高い。


「なんだよヤクザなって、元新聞記者のフリーライターなんて、フツーだろ普通!」

 腕組みをして、梶原も大介をにらみ返す。


「何やってんのよ二人とも、早く佐々木くんをさがしましょう」


 杏子は社の右側に、山に向かう小道を見つけて歩き出した。

 梶原は、後ろを歩きながら杏子に声をかける。


「なぁ椎名、おまえの力なら、あの社に触っただけでも、あの場所でおきた出来事が見えるんだろ?」


「そうね、見えるかもしれないわ。でも、見たくないものは遮断するようにしてるの」


 杏子はそう言いながら、肩越しに梶原を見上げた。


「ふーん、もったいねぇ」

 梶原はあごに手をやり、無精ひげをじょりじょりとさわりながらつぶやく。


「あたしはカジさんと違って、心臓に毛が生えてる訳じゃないのよ。自己防衛は必要だわ」

 杏子は前を向いて、山道を登りはじめた。


 常緑樹のあいだに、萌えはじめた若葉が見える。下草もかなり生い茂ってはいるが、意外と来る人がいるのか、山道は草に侵食されてはいない。

 天気は良いのに、日光は木々にさえぎられて薄暗く、そのせいか、かなり寒い。


 三十分ほど歩くと山道は突然終わり、山の頂上にたどり着いた。木に囲まれた細長い広場は、そこだけぽっかりと空が見える。

 広場の一番奥を見ると、石造りの小さな祠があり『梛神社奥宮』と書かれていた。


「で、涼介はどこにいるんだ?」


 広場の中ほどで、梶原が杏子に聞いた。

 杏子は黙ったまま手を差しのべて、震える指先を祠の奥に向ける。

 梶原は、杏子が指さした方へ歩き出すと、何のためらいもなく、祠の奥の茂みをのぞき込んだ。


「こっ、これは……」


 立ち止まったまま動かない梶原の顔は、見た事もないほど青ざめていた。

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