4. 長い片想いの終わり


「あー寒い寒い!」


 昼をすぎた頃、杏子が事務所のドアを勢いよく開けて帰ってきた。


「杏子さん……」


 事務所のデスクに向かっていた大介が、慌てたように立ち上がる。


「どうしたの、ぼーっとした顔しちゃって?」

「今日は遅くなるのかと思ってたから。その、美紀さんが、岸田刑事は杏子さんの初恋の人だって言ってたから……」


 おろおろと大介は答える。


「美紀が来たんだ。それじゃあ、話は全部聞いたのね?」

「はい。ひき逃げ事件の話、聞きました」

「まったく、おしゃべりなんだからぁ」


 杏子はそう言いながらコートを脱ぐと、ソファーの上に放り投げた。


「まぁ、これであたしの片思いも終わりよ」


 そう言って、杏子は笑いながら、湯気を上げているコーヒーポットを手に取った。


「ええっ! 終わりって、両思いになっちゃったんですか?」


 情けない顔をして大介は叫んだ。


「バカね、片思いが終わったってのは、失恋したってのと同義語なの! あんた他の女の子にそんなこと言ったら張り倒されるわよっ!」


 自分が張り倒しそうな勢いで、杏子はそう言った。


「そっ、それじゃあ」


 大介はあからさまに嬉しそうな顔をする。


「岸田刑事、来年の春に結婚するんだって」


 そう言った杏子はほんの少しだけ寂しそうで、大介は笑顔を引っ込めた。


「でも、何だかすっきりしたなぁ。あたしね、もう片思いはしないんだ。今度は必ず両思いを目指すわ!」


「そうですよっ! 人類の半分は男なんだし、案外身近なところにいい出会いがあったりするもんですよ!」


「身近なところねぇ。うちのお客さんは女の人が多いからなぁ。それとも、ご近所の商店街の人とかかしら」


 コーヒーをカップに注ぎながら、杏子はちょっと楽しそうな笑顔を浮かべる。

 そんな彼女を見つめながら、大介は大きなため息をつく。


「一番身近な人を忘れてるし」


 ぼそぼそと口の中でつぶやいた大介の言葉は、杏子の耳には届かなかった。

 もうすぐクリスマスがやって来る。そして新たな年も。


                おわり

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