7話:始まりへ

―助けてくれっ!

―逃げろッ!早く、馬車に乗れッ!

―ママーッ!ママーッ!!



雪の降る夜、小さな町…いや、村だろうか大勢の人々が逃げる姿が見える。

…雪国なのかモコモコとした暖かそうな服を着ているが、中には寝巻のような比較的薄着の姿で逃げている人たちもいる。

あちらこちらで火の手が上がり、暗い夜が明々と照らしだされると、さながら昼間のように明るい…。


『これは……夢…か?』


そう思った俺は自分の身体を見ると白っぽいもやが体中を覆っているのが分かる。

逃げ惑う人々が俺がいる方に走ってくるが、次々と俺の身体をすり抜けていく…。倒れた人を起こそうにも振れるすることすら出来ない…やはり夢なのだろうか…。



―ギィギィギィ!!

―グゲゲゲ!!


奇声が上がる方を見るとこの村の一番高い建物をグルグルと回るように飛ぶ生き物が見えた。

それは燃える炎によって夜空に飛ぶモンスター達で、獲物を狙うように上空を旋回しているように見える。


どれも醜く、トカゲのような爬虫類やカエルのような両生類に羽が生えたようなモンスター、トンボのような昆虫型さえいる。

そのモンスター達が次々と火を吐き火災を広げ、人を襲い被害が増えていく。


―ぎゃああ!!

―ひっ、来ないでぇぇ!!


逃げる人々に襲い掛かるモンスター達、牙や爪で突き殺し、馬乗りになって捕食するものもいれば、まとめて吐き出した火炎で火だるまにしていった。


もう見ていられない…


『クッソ、やめろ!なんで何もできないんだ!!』


隣で兵士と思わしき男がモンスターに首をはねられ絶命した。

俺は死んでいる死体から剣を取ろうとするが、実体が無い様に掴むことができない。この剣が取ることが出来れば救える命があるのに!


何とかして剣を取ろうとする俺の視線に、小さな女の子がやってきた…寝ていた姿で出てきたのだろうパジャマ姿に両手で熊のぬいぐるみを抱きしめている。足取りがおぼつかなくフラフラしながら…。


無理だと分かっていても声をかげざる負えない、直ぐに近くまで駆け寄り女の子に声をかける。


『ここは危ない!直ぐに逃げるんだ、早く…ッ!?』


声を失った。手は震え、嫌な汗が全身から流れ出る。心臓がまるで全力で走ったかのように大きく早く動き、呼吸もまともにできない。


―ママ…パパ…どこにいっちゃたの…?痛いよ…ママ……マ…マ…


女の子はうつ伏せに倒れた、両手で抱きしめていた熊のぬいぐるみが転がる…女の子の背中にはいくつもの矢が刺さっており、血で汚れていない所を探すのが難しいほどだった。


『う、うわああああああああああああああ!!!!!』



俺の絶叫と共に場面が変わる。

同じ村の中だが先ほどとは場所が違うようだ。

熱さこそ感じないが、炎に包まれた家々が並び立つ場所にいるらしい。



『ハァハァ…頭が…気が狂いそうだ…』


先ほど見た人が死ぬ光景ビジョンのせいで頭痛と吐き気をともない、過呼吸に似た症状が襲ってくる…ここでもあのような物を見せられるのか。



―パパ!ママ!しっかりして!


すぐ目の前にある大きな屋敷の中から子供の声が聞こえる…また女の子のようだ。

先ほどの声とはまた違う子だと分かる。


場面が飛ぶ。

どうやら屋敷の中に入ったらしい。

 

屋敷全体が火の海になっているようだ…火の手が迫っている広間と思わしき部屋に男性と女性が倒れていて、その二人を揺さぶっている少女がいる。あの声は彼女の物だろう…金色の髪の毛の女の子だ。


―さない!絶対…ない…!


『何だ…声が…聞こえづらく…』


さっきまで鮮明に見えていた世界が、急に白黒のモノトーンになり

音までがノイズ混じりになって良く聞こえない…


女の子が誰かに向かって叫んでいる、口調からして怒りをぶつけるかのようだ。


またも場面が飛ぶ。


燃える広間から外へ続く扉に立つ…真っ白なドレス姿の女性がいた、頭には雪の結晶を模った冠、首には六角形の不思議な形をした首飾りをかけている。


 その女性が手を差し伸べている。女の子は険しい表情をしたまま扉へと歩いていく。


『駄目だ…』


感情的にそう思った。その手を取ったら戻ってこれなくなるような気がしたからだ。


『行っては駄目だ!戻るんだ!!』


俺の叫びが聞こえたのか、女の子は一度振り向いたがそのまま歩き続ける。


無理と分かっても…俺は手を伸ばす。だが、今度は見えない空間に阻まれた、柔軟性のある…柔らかい壁のような物に。


掴んでも決して壊れることがない壁に阻まれどんどんと女の子は彼方へと歩いて行ってしまう…本当になんなんだこれは!


扉の前にいた女性がこちらをじっと見ている…見えているはずがない、誰一人もモンスターですら気が付かないんだ…そんな俺を細く笑うと。



「いずれ分かることだ。いずれな、だから今は大人しくしているといい、ぼうや」


『!?』


 女性が呟くと世界が回り始め、俺の立っていた場所も崩れ去り真っ暗な闇が広がっている。


 まるで高いところから落ちている感覚が全身を襲い、さながらスカイダイビングのようだ…やったことないけど


『クッ…夢なら早く覚めてくれ…!』


何もない空間でひたすら手を伸ばしあるはずの無い、掴まれる場所を探す。さっきだって不思議な壁があったんだ、きっとあるはず…!


俺は落ちていく真っ暗な闇に向かって右手を伸ばす。…何かがある、掴めるものが!


『と、届えぇぇぇ!!』


限界ぎりぎりまで腕をそして手を伸ばして何かを掴んだ!



*



…目を開けると眩しい太陽の光が丁度いい具合に当たっていた、鳥の鳴き声、草木が風になびく音…やはり夢だったのだ。


 飛び交う悲鳴、燃え盛る炎、何一つない。いわゆる『悪夢』っていう物を見たようだ。


「はぁ……何て夢を見たんだ、俺は…最悪の朝だ…」

「そうね、私も最ッッッ悪の朝を迎えているんだけど?」

「ん?」


俺のすぐ横にアリシアが座っているみたいだが…

何故かほんのりと頬を赤くして笑顔を引きつらせながらこちらを覗き込んでいる…ん?何だこの右手の柔らかい感触は?

自分の腕をなぞるように見ていくと、その先にアリシアの胸を掴んでいる俺の右手がいた…って、何やってんの!?


「うぉう!?待て、これは間違いだ!夢で落ちそうな夢を見て、何かに掴まるので必死だったんだ!!」

「へ~そうだったのね~…で、いつまで掴んで、んんッ!…揉んでいれば気が済むのかしら…?」


艶っぽい声を出しながら静かに右の拳に力を入れ始めている。

悲しいかな、俺の右手は俺の意思とは関係なしにアリシアの胸を掴んだまま離さない。

黒の魔女服からでも分かるほどに立派な物を持っているアリシア、実際に触ったことは今までなかったがすごく柔らかい…


「……で?何か言い残すことはあるかしら??」

「……すごく…柔らかいです……」


次の瞬間、目に留まらぬ速さで飛んできた右ストレートは俺の左ほほをえぐり込むようにして打ち、空中で数回転させるほどの威力でぶっ飛ばした。


目を覚ますまで更に一時間を要した。


***



「ところで何で俺を置いて行かなかったんだ?お前の性格だったら服でも剥ぎ取っていくものかと思ったんだが?」

「あんたね、一晩中付き合ってあげた私に言うセリフがそれ?最低ね、あんたそんなんだからモテないのよ」

「ぐっ…すまない、とりあえずありがとう。で?理由は?」

「それは…そう、アレよ!一応?あいつヴォルから守ってくれたし?借りを作っておきたくなかっただけなんだからね!」


目覚めの一発からようやく目が覚めるとアリシアに聞いてみた。

てっきり身ぐるみを剥がされてもおかしくない感じだったので気になったからだ。

話の内容から一応は感謝しているし、一晩中死んだように寝ていた俺のそばを離れず見張りをしていてくれたらしい…変に疑って本当に申し訳ない。


ふとアリシアが小さな取っ手付きのナベのようなもので何かを調理しているようだった。ジュー…と何かを炒めているような音がするが、何を焼いているんだろう?


「朝食でもつくってるのか?ナベ…にしては何とも言えない形だな」

「あんたこれも知らないの?これは錬金鍋、好きな具材を入れて炒めたり煮込むだけで料理やアイテムをつくれる便利なアイテムよ」

「へぇ~…そういうのもあるのか」

「普段はアイテム造りのために使用するけど、こうやって野宿した時は料理で使ってるのよ……ほら、出来たわよ」


アリシアが錬金セットが入っていた鞄から皿を一枚取り出すとその上にナベの中身を乗せた。真っ黒の塊がそこに現れた。


「……」

「……」

「アリシアさんや、これは何の料理を作っていたんだね?」

「す、スクランブルエッグよ!ちょっと火を入れ過ぎただけよ」


俺が知っているスクランブルエッグは黄色と白の混じりあったものだが…この黒一色の物体が果たして本当に卵で出来ているのか甚だ怪しい…。


「貸してくれ、次は俺がやってみるから」

「いや、あんたには無理…って、ちょっと勝手に!!」


俺はアリシアから錬金鍋の調理場所を奪うと、まだ残っていた食材を使い朝食を作ることにした。

さすがに家庭科で調理実習くらいやっているし、たまに家でも自分用の食事も作ったりする…少なくともあの黒い物体よりはマシなものができるはず。


「この鞄何でも入ってるのな…えーっと、卵に牛乳…」

「あ、コラ勝手に使わないでって!聞いてる!?」

「あーはいはい、聞いてますよー。少し座って待ってろって」


さっきアリシアが最初に使っていたボウルに卵、塩、コショウ、牛乳、砂糖を入れてかき混ぜる。よく混ざり合ったらバターを鍋の中にいれて溶かす。


ほどよく溶けて来たら、混ぜた卵を入れて30秒ほどかき混ぜず待つ。いれてから直ぐに混ぜるとふわふわのスクランブルエッグが出来ないで注意。


卵の周りの色が変わってきたら火を弱火にして、軽く混ぜる。

箸よりもヘラのようなものがあればそれを使って、数回程度軽く混ぜて火を消す。

少し置いて余熱で仕上げれば……完成。


「普通のスクランブルエッグの完成だ、ほら食べてみてくれ」


鍋を空いている皿に傾けるとふわふわの黄色い卵が出てくる。

香ばしいバターの香りが今日の出来具合を教えてくれる。本日はなかなかの出来栄えの様だ

作っている途中から一言もしゃべらないで見ていたアリシアに料理の乗った皿を渡すと信じられないといった表情で俺を見ていた。


「ほら、冷める前に食べてみろって」

「あ、うん…」


アリシアは銀のフォークを取り出すと一口分にしてから口に運ぶ。


「普通…」

「はは、ならいつも通りの出来だ」

「普通に……おいしい……」


次々と口に運んで食べるアリシア、心なしか笑顔っぽく見える。

俺が見ていると気が付くとそっぽ向いてしまった…まぁ、あまり食べている所を見るのも失礼だな。

俺もアリシアが作ってくれた黒くなってしまったスクランブルエッグを食べようとフォークを刺すと、卵の割にそこそこ固い。

とりあえず一口……少し焦げっぽいが食べれるな、食感があって逆にいい感じに仕上がってる。


「あ、それは私が食べるからあんたは、こっちのやつを…」

「既に空っぽの皿を差し出すのかね、アリシア殿?」


気が付いた時には俺が作ったスクランブルエッグを綺麗に食べ終えていたアリシアはばつが悪そうに視線を逸らしている。


「えっと……」

「それに元々俺に作ってくれたんだろ?ありがたいよ、見ず知らずの人に料理を作ってくれるなんてさ」


家族以外に料理を作ってもらうなんて外食とかくらいなもんだ。

気持ちのこもった料理程うまい物はないと思うし…ん?

アリシアは急にくるっと背中を見せてしまい、顔見せてくれない。また余計なことを言ってしまったかな?


「馬鹿馬鹿……何でサラッそんなことが言えるのよ…!」


なんか独り言を呟いているようだ、ひとまずそっとしておこう。

甘くて、塩気があって、苦い卵…いろいろな味が楽しめていいな、これ。



***



「あんたの仲間になってあげる」

「…はい?」

「聞こえなかったの?その歳で耳が遠いなんてこの先心配ね…もう一度言ってあげるけどあんたの仲間になってあげるって言ったのよ!」


朝食後の片づけをしているとアリシアが関を切ったように話し出した。


「俺は構わないけど…しかしなんでだ?あの賭けゲームは無効だったはずだろ?」

「そうだけど…まぁ、あんたには色々貸しを作っちゃったし?昨夜の件くらいじゃ返しきれないと思ったのよ……その、嫌ならいいけど」


急に声のトーンが落ちて悲しそうな表情を浮かべるアリシア。

…やれやれ、人がそういうこと言われて断れないことを分かっているだろうに。


「嫌だ!…なんて言うわけないだろ。よろしくアリシア」

「!!……フンッ、私レベルの魔法の使い手の誘いを断る理由なんて無いにきまってるわよね!えっと…ミナトって呼んであげるわ、今日から!」


俺は苦笑いしながら手を差し出すとアリシアはちょっと顔を赤くしながら握手してくる。

朝の陽ざしと爽やかな風が俺達の出会いを祝福してくれるように包み込んでいく、アリシアの金色の髪が風に吹くたびになびいている。


「で?まずはどこに向かうのかしら?…ミナト」

「そうだなぁ…あ、この先に『ハジマリ』って大きな街があったと思うんだけど…」

「あることはあるけど…あそこ、好きじゃないのよね~…」


MMO最初の街にして、物語の拠点となる街『ハジマリ』

昨夜みたいに突然の戦闘やボスクラスの敵が出てくるこの世界。

おそらくMMOではなく、よく似た世界と区切った方がいいのかもしれない。


いずれにしても同じような世界ならばまずはギルドに登録しなければならないはずだ。俺とアリシアは準備を整ええるとハジマリに向けて歩き出す…アリシアは箒に乗っているが。


「なぁ、それに乗ってるから無駄に魔力消費してるんじゃないか?」

「はぁ?魔女が箒に乗らないなんておかしいじゃない」

「それで魔力切れを起こすのは本末転倒だろう!少しは歩け、太るぞ」

「ななな…!やっぱりブッコロさせてもらおうかしら、ミナト!!」

「馬鹿ッ!やめろ!魔法は無しにしろ!せめて肉弾戦に…ぐはぁ!?」


アリシア、この世界に来て初めての仲間。

俺の…俺たちの旅はこれから始まる。


ハジマリの街までまだ遠い…はず。

まず街に着くまで俺の命が無事なのかが心配だ…


「それそれ~♪ブッコロしてやるんだからね!」

「てめぇ…覚えてろよ!」


俺達は太陽がだいぶ高くなった空の下、騒ぎながら駆けてゆくのだった…



続く




















 

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