第14話 僕のお手伝い

それが、今の僕にとっての願いなのだと思った。

 

ふと時計を見ると、既に深夜三時半を周ったところだった。

これだけ起きていたのは受験勉強をしていた時以来だろうか。

あと少しすれば新聞配達のアルバイトが家にやってくる。

要するに、夜明けは近いという訳で、僕はそろそろ明日に備えて寝なければならない。


しかし、かと言ってこのまま眠りに就くわけにもいかないのだった。


布団では小晴が寝息を立てて眠っている。

やはり体調不良だったこともあってか、目を覚ますような様子は全くない。


時折、僕の鳴らすキータッチの音に反応して寝返りを打つようなことはあるが、

それでも起きる気配はどこにもなかった。

やはり、精霊も睡眠が必要なんじゃないのか?


「さてと」


それはともかく、今は計画を練らなければ。

かれこれ五時間近く、僕はパソコンの画面とにらめっこしていた。


左手でパソコンを操作し、右手でルーズリーフにメモを留める。

こうして明日…正確に言えば今日になるが、今日の細やかな計画を立てることで、小晴に充実した一日を送ってもらいたかった。


何より、急に決めた外出だ。

この世界の面白いことならば知っていると豪語したが、ここまで野球一筋で生きてきた少年がそう大そうな娯楽を知っているはずもなかった。


僕は、何も知らない。


休日になれば練習に明け暮れ、野球を辞めてからは読書と勉強の日々だ。

どこか遠くへ遊びに行った記憶も、幼い頃に旅行をした記憶もほとんどない。


今から思えば家族には申し訳ないことをしたとも思うが、僕のことをよく理解してくれていた両親は、家族旅行を我慢してまで僕の野球をサポートしてくれていたのだ。

もう少し、周りを見る余裕があればよかったと今になって思う。


「よし、こんなものかな」


五時間かけて調べ尽くしたのは水族館についてだった。

海の生き物を見たことがないと小晴は言っていた。

水族館に行きたいと話すのならば、叶えてやりたいとも思った。

僕のなけなしの小遣いで行ける範囲の水族館をピックアップし、その見取り図を元に計画を立てていく。


そういえば、精霊は食事をすることは出来るのだろうか。

僕が家や学校で食事をする際には小晴はどこかへ行っていて、何かを食べている所を一度も目にしたことはない。

一応、両方の計画を立てておいた方が良いだろう。

 

小晴が食事をすることが出来るのなら、中途半端なランチを予定したくはない。

せっかくの機会だ。美味しいものを食べることが出来たのなら、それだけでも幸せになれるだろう。

 

だが、小晴に食事が必要ないのならば、それを計画に入れるだけ無駄な時間という訳だ。

僕が一人で昼飯を食らう時間を作るくらいなら、小晴に色々なものを見せてやりたい。


ここまで真剣に悩むのも久々のことだった。

小晴の境遇が昔の僕と似ているような気がして、居ても立っても居られなくなった。

 

それが小さな夢だろうが大きな夢だろうが、目の前に叶えられる可能性があるのなら諦める訳にはいかないだろう。


まるで雨の精霊だと思った。


僕が今やっていることは、精霊の『お手伝い』とあまり変わらない。


おかしな話だ。


雨の精霊のやるべきことを、僕がやっているだなんて。

 

水族館へ行ったあとは、この街の景色を見せてやりたい。

景色を見たあとは、この街の人と会ってもらいたい。

そうして人と出会ったあとは、小晴に何か素敵な物を渡してやりたいとも思った。

それら全てを実現するために、しっかり計画を練りたかった。

 

こんなこと、今まで思った事もないのに。

 

もしかして、僕は。

気のせいかもしれないし、そうじゃないかもしれなかった。

その答えを知ることは今じゃなくても良いと思った。

とにかく今は。


今は、時間が惜しい。

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