カンチの失恋

俺はカンチ。

血統書付きのフレンブルドックである。

耳がでかくてヒロコは俺を「スティッチ見たい」だと言って耳を引っ張りやがる。

柄はハチワレ猫柄。

足は短い。

真っ白い短毛に背中にチヨさんが作るジャガイモくらいの黒いワンポイント柄が入っている。

かっこいいだろ?

自分で言うのもなんだが割とイケメンだと思う。鼻は潰れているが。

しかしながら俺にはタマがない。

このことについて俺はイマイチピンとこなかった。


カンチの失恋。


ユウタはバカだと思う。

全くのバカだと。

でも俺はこいつを嫌いじゃない。

俺が仁科家に来た時ユウタが言った。

「カンチは道を覚えてどっか行っちゃうと良くないから、散歩コースは固定にしない。」

わかるか?

そのランダムな散歩コースのおかげで俺は3年かけていろんな場所を覚えたわけだ。

チヨさんの友達のヨシエさん家、

トシコさんが特売で行くスーパーと、いつも行くスーパー。お豆腐屋さん。

用宗駅。ユウタの友達のマリちゃん家、塾の先生のお家。

いつもおやつを分けてくれる田中さん家。

ヒロコの友達のユキちゃん家、彼氏が迎えに来る交差点。親戚のカズコさん家、、、、。

だからユウタはちょっと浅はかだったわけだ。

ちなみにフレンチブルは比較的賢い。

だから物覚えが良いのだ。


ユウタとダラダラしていた夕方、縁側の窓からフレンチブルドックのメスが歩いているところが見えた。時刻は16時。

次の日も16時にあの子を見かけた。

毎日この時間が散歩コースらしい。

ガールフレンドが欲しい俺はすかさず16時10分まえになったらユウタに散歩の催促をした。

「おいユウタ!おい!」

俺はユウタのスエットの裾を引っ張った。

「なんだよカンチ。まだ散歩じゃねーだろ?」

そうだ俺の散歩時刻はいつも17時過ぎてからだ。

でも譲れない。友達が!ガールフレンドが欲しいのだ!

「わん!」

「うるせーな。わかったよちょっと待ってろ。」

と言ってリードを俺につけた。

「カンチはもう散歩に行くのかね?」

玄関先で、エシャロットを剥いていたチヨさんが言う。

「こいつがうるさいから。」

「気をつけておいきよ。うんちの袋は持ったかね?」

「持った持った!」

俺は引っ張るようにして道まで走る。

俺は道路に出る前にしゃがんだ。

待ってるのだ。あの子が通るところを。

「おい。おいカンチ、、?」

おすわりの状態の俺をユウタがためいき混じりの態度でリードを引く。

「カンチ行くぞ。たてよ。」

俺は聞こえないふりをして、右の方向を凝視。

あの角からきっと来る!

ーーーーー来た!!

「うわ!」

俺は勢いよく走り出した。

ユウタが引っ張られる。

あの子のところで俺は止まった。

「あ、どうーも。」

飼い主に女性にユウタが挨拶する。

「あら、お宅もフレンチブル?」

「そーなんですよ。」

「名前は?」

「カンチです。」

「うちの子はミミなの。」

ミミちゃんは俺よりも一回り小さくて、クリーム色の一色。

俺はすかさず挨拶のケツを嗅ぐ。

『ミミちゃん、俺はカンチです』

ふがふが。

『なぁにあなた、見ない顔ね?』

ふがふが。

『俺は3年前ここに来たんだ。よかったら俺と友達に、、、』

『嫌よ、あなただってあれでしょ?』

『あれ?』

『タマがないでしょ?匂いでわかるわ!』

そう、俺にはタマがない、、、。

去勢している。

『ミミは血統書付きだからボーイフレンドはタマがないオスとはならないの!』

『、、、!!!?』


「三吉って言って、3丁目に住んでます。」

「そうなんですか、俺そこの仁科って言います。」

ユウタと三吉さんの声がする。

なにやら話が聞こえて来る。

「えー勿体無い。こんなにイケメンで血統書付きなのに、かけられないの!?」

「そうなんですよ。ここに来る前からそうだったんです。」

「もし去勢してなかったらうちの子とブリードして欲しかったのに。」

「勿体無いですよね、世間的には高い犬なのに、、、」


俺は血統書付きのフレンチブルドック。

世間的には“高く高価”な犬でおまけに“イケメン”。


しかしながらタマがないだけで俺は男として価値のないことを理解した。


俺のこれまでの犬生活において初の失恋と絶望を味わった。

しかしながら三吉さんとミミちゃんとは何度か散歩を共にしたが、、、、。

1年後にミミちゃんは子供を5匹うむお母さんになった。

、、、、俺の儚い思いは散った。




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