エピローグ2

 路地の入り口で逆光の中に立つその影は、男があとをつけていたはずの女性のものに見えた。男が誰何の声をかけようとしたとき、その機先を制するように女性の影が人差し指を前に突き出し、震えそうになる声を押さえ込むように叫んだ。

「ひ、ひとつ! 平和なこの地球ほしに!」

 言い終えた瞬間、逆光の光すら上回る強さでその姿が輝き出す。

「ふたつ! ふらちにあだなす宇宙人!」

 まばゆい光が収まったあとには、どこからともなく吹くそよ風に全身の淡い彩色のフリルとリボンをなびかせながら、見事なボディラインで華麗にポーズを決めた(どうみても大人な)魔法少女がうつむき加減に立っていた。

 そして、光が収まるか収まらないかの間でその顔をまっすぐ前に向ける。

「みっつ! ミラクルパワーで……で……あ、あれ、なんだっけ?」

 動揺と戸惑いに男が動けぬまま眺めている先で、いきなりおどおどと慌てふためき出した女性の両肩のあたりにポンッという擬音が聞こえてきそうな煙の破裂とともにぬいぐるみのような小動物が2体現れる。

「おいおい、しまらねーなー」

「あと少しじゃない! ファイトよ、チカ!」

「えー、知らないよ、そもそも考えたの私じゃないしー! 時代劇見てて余計なこと思い付いたの、ププルでしょ!」

「チカだって乗り気だったじゃねえか! 人のせいにするな!」

「乗り気じゃないわよ! 嫌だってあれだけ言ったのにわざわざ台詞を考えてやったんだから、って恩着せがましく……」

「チカ! 責任の所在はこの際おいといて! このままじゃアイツが正気に返っちゃう! まずは勢いのままにいくわよ! ここはいつもの決め台詞で押しきって!」

 うなずいたその手のステッキが虹色の光の帯を周囲に舞わせる中で、朗々と力のこもった言葉がつむがれる。

「パステルカラーに想いを乗せて! マジカルパワーでお悩み解決! 平和なこの町にあだなす宇宙人をこらしめるために魔法少女マジカルチカ、ただいま参上!」

 そして訪れる沈黙。

 どうしたらいいか分からず立ち尽くす男をにらみつけていたマジカルチカが不安げに頬をひきつらし、小さな声で呟く。

「え、嘘、まさか、ただの……人間のストーカーだったり……しませんよね」

「なぜ敬語」

 その呟き(とぬいぐるみのツッコミ)に気づかぬまま、ようやく目の前の事態を把握したらしい男は怒りと焦りの入り交じったまなざしと人差し指を相手に向けた。

「貴様ら、さては次元外の来訪者だな」

 怒りに震えるその指先とは裏腹に、その言葉にマジカルチカと2体のマスコットは安堵のため息をついた。

「次元外との取り決めを知らんとは言わさんぞ。それを無視することが何を意味するのか……」

「あー、良かった。ただの人間だったらどうしようかと思った」

「外見じゃかなり厳しいからねえ」

「相手から言い出してくれると楽だよな」

「おい! 無視するな!」

 いきなりなごやかに話し出した1人と2体の会話にわって入ろうと声のボリュームを上げる男。

「貴様ら偽善者がどう感じようが、俺がこの世界でいつどうやって人を殺そうが、それを裁くことはできないはずだ」

「その通りね」

「あってる」

 うんうんと頷く2体のマスコットの真ん中でマジカルチカがにっこりと微笑む。

「だから私たちにできるのはこの意味のないやり取りを含めた時間稼ぎまで。あとはにお任せしますね」

 言葉の最後をウィンクで締める。

 次の瞬間。

「その通りだ。あとは任せてもらおう」

 1本の赤い稲妻が天空から地上へと落ちた。轟音と砂ぼこりの中から姿を表したのは流線形の赤い甲冑のようなスーツ。

「本職の宇宙警察にな」


「しかしまさかなあ……」

 人の出入りができないビルの屋上でそうごちたのは駅前で宇宙人の擬態を識別すべく張っていた男子高校生こと相模だった。

 そして隣に座るフリルとリボンに身を包んだ二十代半ばの魔法少女という矛盾した存在ことマジカルチカが不思議そうにその言葉に反応する。

「まさか、って何が? 先生が実は悪い宇宙人を捕まえる宇宙警察だったこと? それともその先生と協力して宇宙人を捕まえる仕事をする羽目になっちゃったこと?」

「両方だよ。あとクラスメートが実は魔法少女だったってことも入れておいてくれ」

「……それは忘れてくれないかなー」

 ひきつった笑いを浮かべるマジカルチカに、無茶言うなよ、と笑う相模。

「まあ、でも悪くはないかな、と思ってる。こんな力にも使い道があるんだなって分かって、正直、軽くなった部分もあるしな」

 相模の言葉にチカは、ふーん、と分かったような分からないような調子で首をかしげた。

「まあ、私もしばらくは出張でこっちも担当することになりそうだしね」

「東京にいくんじゃないのか」

 そもそも受かったらだろうけど、と相模が言うと、ププルとプルルンが姿を現した。

「いや、まあ、あれだけ見栄を切ったから受けるは受けるけどどうなるんだろうな」

「そうねえー、まさか先輩が東京の大学に行った理由がなんてね」

「知らなけれりゃまだしも、マジカルパワーで偵察に向かった初日に分かっちまう……」

 マジカルチカの両手がそれぞれマスコットをつかむと、その両手に輝く力の奔流が流れ込む。

「勝手に……」

「ちょっと、チカなにすんの!!??」

「お前、あれは俺らのせいじゃ……」

「ペラペラしゃべってんじゃねえええええええ!」

 マスコット2体は、マジカルチカの両手から移し変えられたエネルギーをジェットのように噴出しながら空の彼方に消えていった。

 グルッと感情のない眼差しを相模に向ける。

「忘れろ」

「はい」

 これは茶化してはいけない顔だ、と気づいた相模は逆らわずに頷いた。

 次の瞬間、相模のスマホとマジカルチカのステッキからアラーム音が鳴り響く。それぞれがメッセージを受信するためにボタンを押す。

「相模、倉重。無事確保に成功した。集まってくれ」

「了解です」

「分かりました」

 いこうか、とマジカルチカが手を相模に差し出す。その手をとった相模は諦めたように息をはいた。

「よろしくな、マジカルチカ」

「そうね。今後ともよろしく、相模くん」

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三者面談の生徒たちが持ち込む怪奇を解決せざるを得ない件について ギア @re-giant

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