第5話 Endless Evolve Genome


 風、大気の流れが生まれている、木漏れ日の下のキャットと毛玉を優しく撫でる。

「かぜ、カゼ、風、ねぇ毛玉、私、この風が好きだわ」

「自分もです」

 風に吹かれて毛並みが揺れる。

 その動きは、近くの草原の揺れと、まるで同期しているかのようだった。

 草原を見渡すと、その先には見慣れないものがあった。

 大きく盛り上がった大地、『山』だ。

「ねぇ毛玉、せっかく創ったんだし、こんど行ってみましょうよ。やま」

「大変そうですけどねぇ、特に自分が」

 一度、転がってしまったら止まれそうにないと毛玉は言う。

「私が毛玉を持って歩けば大丈夫でしょう?」

「それなら、まあ」

 ゆるやかなひと時、風と山を気まぐれに創って以来、二人はこうした状態でなにも創らずに過ごしている。

「そういえば、『はな』という草があるって毛玉言ってたわよね」

「ええ、それがどうかしましたか?」

「あの山に行ったら、その一番上に、そのハナを創るのはどうかしら」

「いいんじゃないでしょうか、でもなぜわざわざ山の上に?」

 提案を否定はしないが、それはそれとして疑問もある。

「きねん、キネン、記念というものよ、山に行った記念」

「なるほど、それはいいですね、記念、思い出の花になります」

「私、もう山に行きたくなってきたわ! 行きましょう毛玉!」

「わわっ、ちょっとキャット! 急に持ち上げないで!」

 キャットは毛玉を掴むと、小走りに駆けていく。

 山は遠くに見えていて、かなり距離がありそうだった。

 世界樹から離れる二人。

 その時、二人が少しでも世界樹を振り返っていれば気づいたかもしれない。

 その違和感に。

 もしかしたら、ここが、分岐点だったのかもしれない。

 もちろん、そうではない可能性もある。

 未来とは必ずしも定まったものではない。

 ただやはり、今、この時に気づいていれば。

 世界樹の枝、そこに出来ていたに。

 二人だけの、ゆるやかな悠久はもっと長く続くことだっただろう。

 閑話休題。

 さして山のふもとへと辿り着いたキャットと毛玉。

 人間ならば息を切らすどころかまず、飲まず食わずで走り続けるなどしたらまず死ぬであろう距離を、しかし少女の形をしていても神であるキャットは出発前と同じコンディションであった。

 その神から分離した毛玉はそもそも持ち運ばれていたので関係ない。

「すごいわ、遠くから創ったからわからなかったけど山ってこんなに大きいのね、私が何人いたら上まで届くかしら、毛玉わかる?」

「そうですねぇ、これでも山としては小さい方ですし、千人くらいじゃないでしょうか」

「千人!」

 キャットはとても驚いた顔をした。目を丸くした猫のよう。

「すごいわ!」

 両手を広げ喜びを表す、その拍子に手から毛玉が落ちる。

「うわぁっ!」

「あっ、ごめんなさい!毛玉だいじょうぶ?」

「ええ、大丈夫ですけど、山を登り始めたら絶対今みたいにはしないでくださいよ……ずっと転がり続けるなんて流石にごめんですよ」

「わかったわ、気を付ける」

 改めて毛玉を持ち上げ、いざ登頂を始めるキャット。

 なかなか急な斜面を難なく登っていく、もちろん神なので、この程度の斜面で躓いたりはしな――

「あっ」

「えっ」

 キャットが盛大に足を滑らせる。

 毛玉ももちろん一緒に落ちる。

 山の半ば、毛玉どころかキャットも一緒にふもとまで転がっていく。

「なーんーでーこーうーなーるーんーでーすーかー!」

「わーかーらーなーいー!」

 絶賛転落中だというのに嬉しそうなキャット。

 毛玉は流石に目を回していた。

 ふもとの平な地面に来ても、まだ転がり続け、ゆっくりと速度を落としていき止まる二人。

 世界にまだほとんどなにもないゆえに止める物も無かったのだ。

「あはははっ! なんだかすっごくおかしいわ!」

「じぶんはぜんぜんたのしくないれす~」

 キャットより少し遠く離れたところで毛玉は言う。

 キャットより遠くまで転がっていったのだ。

「一回、世界樹まで戻りましょうか毛玉」

「え、いいんですか? まだ頂上まで行ってませんけど」

「転んだところに、『転んだ記念の花』を創っておいたわ、次はそこから登りましょう?」

「はぁ、なんか記念ていうより目印ですねぇ」

 そんなことを話ながら世界樹へと戻る二人、そこでようやく気付く。

「? なにかしら、毛玉、世界樹になにかくっついてる」

「あれは、鳥の巣……それと卵、それもかなり大きい……キャットが創ったのではないのですか?」

「いいえ、私はなにもしないわ」

 二人の前に現れた謎の卵、その大きさはまるで人間一人分は入れそうなほど大きい。

 そして、その卵はピキリと音を立てて、その殻にひびをいれるのだった。

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