第2話 始めに、毛玉ありき


 が目を覚ました時、やはり世界は真白のままだった。

 辺りを見回してもなにもない。

 どころか後ろを見ようと振り返ろうとしたら身動きがとれないでいる。

 ソレは何かに掴まれていた。

 何か、と言ってもここにいる者などもともと一人しかいない。

「あの、自分はなんでここにいるんでしょう……?」

 キャットに掴まれているソレ、どうあがいても『毛玉』としか形容出来ないような存在は一体どこから発声しているかわからないまま問うた。

 その問いには色々な意味が込められている。

「私が創ったから」

 返ってくる答えは端的だ。

 実に分かり易い。

「そうではなくて、そもそも何故創られたかという話を」

「言われたの。最初は話し相手を創るといいって」

 どこまでも単調な答え。

 見る者が見れば、とてもおかしな光景、毛玉と喋る少女。

 しかし見る者などいない。

「誰にです?」

「えっと、確か……メタ?って言ってたかしら」

 どうやら朧気な記憶らしい。

 そんな曖昧な指示で自らが創られた事実に、毛玉は少し落胆する。

「なんでこんな形なんです?」

 至極当然に生じる疑問、他にも聞くことはあれど、先に聞くことの候補には絶対入るだろう。

「さあ……私の髪の毛を入れたからかしら」

 自らの、まさかの構成要素を聞かされる毛玉。

 少しの驚きと戸惑いを抱えながら、いまだ自分を掴んだままのキャットをなんとかして見上げる。

 注釈しておくと一応、毛玉に目らしきものはある。

 そこにいたのは紛う事なき少女。

 白髪を長く伸ばし垂らしている。

 その髪の天辺には、猫のようなはねっ毛があり、まさかあのあたりから髪の毛を引っこ抜いたのではあるまいなと、少し嫌な想像してしまう毛玉。

「あとは、その辺から掬って適当にこねてみたの、そしたら出来たわ」

 まるで粘土細工である。

「そうですか、まあでも納得は出来ましたけど、なんで自分にこんな知性やら感情があるのか疑問でしょうがなかったので」

 神の一部を(危うく駄洒落になるところだった)入れて作られたのだ。

 それならば毛玉といえど人並みの知性を得ても不思議ではあるまい。

「イヴって感じでもないですけどねぇ」

 あれは肋骨だし。

「イヴ?」

 キャットは小首を傾げる。毛玉も同じように小首を……首?を傾げる。

「自分とあなたの知識量は同程度のはずですけど……?」

 毛玉はキャットに制作過程を踏まえると創られたというよりキャットから分離したようなものだ。

「知識……私は、なにも知らないわ、なんにも」

 キャットは言う、毛玉から視線を外し、真白を眺める。

 毛玉もそれに倣う。

「……そうか、知識にリミッターかなにか付けられているんですね」

 全能の神は、しかして全知にはしてもらえなかったらしい。

「あなたにはないの? りみったー」

 リミッターの意味もわかっていないような発音だった。

「どうやら解除されているみたいですね。いや解除というよりはリミッターの影響下から抜け出したというか」

 まさしく抜け出した頭の上から。

「そう、よくわからないけどよかった。話に困ることはなさそうだわ」

 キャットの顔が少しほころぶ。

 しかし、そんな表情は毛玉含め誰も見ていなかった。

 本人さえ自覚してはいないだろう。

「ねぇ、あなたのことなんて呼べばいいかしら、どっちもあなたあなたじゃ紛らわしいわ」

 そうだろか、二人しかいないのに紛らわしいもなにもあるだろうか、声がしたほうが呼んだ方で、声を出してないほうが呼ばれた方だ。

 とはいえこんな白紙の世界だ。

 確かに色々と感覚が崩壊してもおかしくはないかもしれない。

 時間の感覚なんかないに等しい。

 区別は大事かもしれない。

「私はキャット、キャット・ライブス・ダイス、あなたは?」

「あなたは?と言われてもあなた……キャットが生み出したのですから、たった今生まれたのですから、名前なんてありませんよ」

「そう、じゃあ名前を付けなくちゃ、なにがいい?」

「さあ……毛玉、でいいんじゃないでしょうか」

 どこかぶっきらぼうに言う毛玉、事情を把握出来てきたせいか、どこか自らに対する興味が薄れているようだった。

 話し相手として生み出されたならば、それさえ全う出来ればあとはどうでもいいだろうという考えである。

「けだま。ケダマ。毛玉……面白い名前ね」

 またも顔がほころぶキャット。

 今度はその表情を毛玉も見ていた。

 毛玉に表情というものがあれば彼(彼女?)の顔もほころんでいたかもしれなかった。

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