Blank On Xanadu

亜未田久志

第1話 人造神、箱の中の猫


 真っ白。

 どこまでも白。

 常人なら発狂するかもしれないほどの白さに、しかしその少女はなんの感情も抱かない。

 彼女にとっての世界はこれが全てだから。

 なによりも、彼女はたった今生まれたのだから。

 世界に溶け出しそうな白い髪に白い肌、白地に黒いフリルがたくさんついたドレスを着た少女はこの世界を世界たらしめるために生み出された。

「キャット、キャット・ライブス・ダイス、聞こえるかい?」

 なにもないはずの虚空から声がする。

 少女のものではなく、少女へと向けられた声。

「誰? キャットって?」

「聞こえているようでなにより。聴覚に問題なしっと、おっと失礼、キャットとは君の名前だ。覚えておくといい」

 キャットは金色の瞳をあちこち見回しながら問い続ける。

「私の名前、それはわかったわ、それであなたは誰?」

「これまた失礼、私は……そうだな、メタ・インテリジェンス、とでも呼んでくれたまえ」

 虚空からの声は、あたりを見回し、声の主を探すキャットの動きを見て少し笑いをこぼした。

「メタ? どうしたの?」

「いや、なんでもない。辺りを見回す君があまりにもかわいかったものでね」

 小首を傾げるキャット。

「だってあなたの姿が見えないんだもの」

 どこか不満げになるキャット、しかしその感情の機微はどこか薄く溶けていくようにその表情は無機質なものへと戻っていく。

「いやいや、君には失礼なことをしてばかりだ。なんど謝罪してもしきれないな、すこし待ってくれたまえ」

 そうすると虚空から青色の球体が現れる。

 それがなにか分かる者がいれば、それは0と1の集合体だとわかっただろう。

 しかしキャットはそれを知らない。

「変な姿をしているのね」

「ああ、よくいわれるよ。まああまり気にしないでくれたまえ」

 まるで、猫じゃらしを目の前に出された猫のようなキャット、名は体を表すとはいうが、人の形を取る彼女が、その小さい手を軽く握りメタに触れようする様はまさしくといった感じだ。

「はははっ、私に触ることは出来ないよ」

「残念、やっと私以外の物体が現れたと思ったのに」

「自分以外の存在が欲しいなら創ればいい」

「えっ?」

「それが君の使命さ」

 そう、この白紙の世界、『外』からは「BOX」などと呼ばれるここは、人類の避難地であり新天地だった。

 その管理人であり、もっといえば新世界の創造神の役割を与えられたキャットは、このBOXの中ならばなにもかも思い通りにすることが出来る。

 彼女は未だそれを自覚をしてはいない。

 メタは外からの干渉で、それを促そうとしていた。

「私が創るの?」

「そうだ、好きなようにするといい」

 本来ならば、人類が移住する新世界を、一人の少女の判断でデザインしていくなど正気の沙汰ではないが、現在このBOXを巡る状況は混沌としており、たった今、まさしくこのメタと名乗る一人の開発者が、暴走しキャットに世界の全権を委ねようとしているのだった。

「何を創ればいいのかしら」

 小首を傾げメタを見つめる。

 その小さな顔からは、薄っすらと迷いの表情が読み取れた。

「私はもうあまり、長い時間いられない、だからまずは話し相手でも造るといい」

「話し相手?」

「そうだ、一人だと寂しいだろう?」

 ずっと傾げていた首を戻し、顔を伏せなにかを考えこむキャット。

「寂しい、私寂しいのかしら」

「きっとそうなる」

「じゃあわかったわ、私、話し相手を創る……でもどうすれば創れるの?」

「念じたまえ。頭の中に思い浮かべたまえ、その辺りの「白」を掬ってこねてもいいぞ、これだけは覚えておくといい、この世界、いやいまだ世界にもなってない白紙は君の自由によってどんな姿にでも変えることが出来る」

「自由に、どんな姿にでも……」

「そう、思い通りにね。……おっと、そろそろタイムリミットみたいだ」

「メタ、もういってしまうの?」

 どこか縋るような視線。

 しかい無常にもメタの青い球体は輪郭がぼやけ、音声にはノイズが混じり始める。

「あ……もう会えザザ……最後……私にザザ……って君は……娘ザザ……」

 そのまま消えてしまったメタ・インテリジェンス。

 残されたキャットは少しの間、ただメタのいた虚空を眺めていた。

 頬をなにかつたっていったが、それが彼女にはなにか分からなかった。

「……そうだわ、創らなくちゃ、話し相手を、あと、そう世界を」

 こうして、人が造った神による創世期が、ここに幕を上げる。

 その果てに何があるかは、神にさえ知る由もない。

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