第04話 夜の遭遇戦

 ティアラはカードを取り出す。

タロットカードのようなカードが数枚、ティアラの手の中にある。

そのうちの一枚を選別し、テリウスに手渡す。

「これを」

テリウスはひざまづき、カードを受け取る。

「ありがとうございます。ティアラ様、御武運を」

ティアラは大きく頷いて、リースを見る。

「お気をつけて、なるべく早く戻ります」

そう言って、走り出した。


「それは」

ティアラの姿を見えなくなるまで眺めていたリースはテリウスに尋ねる。

「これは『マジックカード』です」

「『マジックカード』?」

リースには聞きなれない単語だった。

「はい。これには低ランクの魔法を登録することが出来ます」

「そんなアイテムがあるなんて聞いたことないけど」

リースはそのようなアイテムの存在など知らなかった。


テリウスの表情が失敗したといった困った表情に変わったのを見逃さなかった。

「えっと、これは……『レイザーク帝国』の一部の地域のみで使用されていまして……」

リースには明らかに嘘をついていると分かる。

しかし、今ここで真偽を確かめている時間など無い。


「そうなのだ。でどんな魔法が登録されているの?」

リースの言葉に少し安堵したテリウスはカードの裏に刻まれた文字を見て

「氷属性の『スノー』が登録されています」

「氷属性?雷属性ではないの?」

リースはてっきり雷属性が登録されていると思っていた。

「はい。雷属性ならティアラ様が使えますし、カードに登録する必要性がありません」

テリウスの言葉にリースは納得した。

「では、私は先に行くから、行商人の方たちを少し下がらせて、安全を確保出来たら、私の所まで来て」

リースは後ろにいる行商人に視線を移し、最後にテリウスに視線を戻して言った。

「了解しました。くれぐれもお気をつけて」

「ありがとう」

リースは走り出した。


 目の前には人の二倍はあるだろう熊のような魔物。黒色の二本の角が特徴的で鋭い牙と爪がある。その数ざっと見積もっても二十体以上。

魔物にしては珍しく隊列を組んでゆっくりと森から平野に向かっている。

ティアラは木の枝に上りデザストルの集団を見る。

デザストルはティアラには気づいていない様子だった。


デザストルが近づくのを待った。

木から降りてデザストルの前に立つ。

デザストルが動きを止めた。

ティアラは左手を前に出した。

ゆっくりとティアラの左手に光が集まってくる。

集まった光がやがて一つの形を形成する。

光が収束しそれははっきりとティアラの左手に握られていた。

金色に輝く剣。見るからに立派な装飾がされている。

ティアラは右手で剣の握り部分を握る。

そしてゆっくりと鞘から抜いていく。


剣身部分が金色に輝いている。

明らかに星々の光ではないことが分かる。

デザストルの一体がティアラに襲い掛かる。

ティアラは難なく左に交わすと一回転しながら剣をデザストルに向けて切りつけた。

デザストルは一瞬にして上半身と下半身に分かれた。


そのままの勢いでデザストルの群れに走り出す。

次々と繰り出されるデザストルの攻撃はティアラにはかすりもしない。

まるでダンスをするかのように一瞬でデザストルの群れを駆け抜けた。

ティアラが駆け抜けた跡には切り刻まれた複数のデザストルの残骸だけが残った。


ティアラの前に最後の一体が残っていた。

デザストルは両手を真上にあげ手を組みそのままティアラ目掛けて振り下ろした。

バーン

何かに激突した音が森中に広がる。

ティアラ目掛けて振り下ろされた手はティアラの前で止まっている。

いや、阻まれていた。

ティアラは金色の円のようなものに包まれていた。

「お疲れ様」

そう言って剣を鞘に戻すと、

右手の人差し指をデザストルに向けた。

「ライトニング」

ティアラの指先から黄色の光が一筋放たれた。

その光はデザストルを貫通する。

デザストルは後ろに倒れこんだ。

ティアラは乱れた髪をサラッと後ろに流す。

そして、振り返りリースの元に急いだ。


 目の前に居るのは見たこともない熊のような魔物。その後ろにはオーガが三体。

足の震えが止まらない。

オーガぐらいならなんとかなったかも知れないが、目の前には得体の知れない魔物がいる。

確かデザストルという魔物。

昨日の『タリスマン』よりは弱いと言っていたけど、リースにとってはその差は分からなかった。どちらも自分より強いことだけは直感的に分かった。


リースはこの状況で考えれることを考えた。

まずはオーガから仕留めるべきか、それともこのデザストルとやりやうべきか。

迷っているリースの元にデザストルとオーガは徐々に差を詰める。


リースは走り出した。右に旋回しながら腰に収めていた魔導銃を取り出す。

走りながら照準をデザストルに向け、引き金を引いた。

魔導銃の銃口の先端に赤い光が集まり、やがて球体となった。

その球体はデザストル目掛けて発射された。


ドンと音と共に小さな煙が出た。

「やった」

そう思ったつかの間、リースの表情は驚きに変わる。

「……効いてないの?」

デザストルは何事も無かったかのように立っていた。

デザストルはリースに体制を向けた。


恐怖で一瞬リースの体が硬直するが、首を横に振り恐怖を振り払った。

「それならこれで」

リースは目を閉じてぶつぶつとこの世界の言葉ではない言葉を話している。

目を見開き、

「フレイムロック」

大きな声で叫んだ。

デザストルの周囲から炎の塊がデザストルに目掛けて襲い掛かる。


ドーン


先ほどよりも大きな振動と煙が立ち上る。

「よし」

やがて煙が晴れていくのを確認した。

リースは言葉を失った。

デザストルは無傷だった。

黒い不気味な目がリースを捉えている。


デザストルはリース目掛けて走り出した。

徐々にリースとデザストルの差が迫る。

リースは恐怖で動けない。

デザストルの右こぶしがリースの左側から襲い掛かった。

激しい音と共にリースは吹き飛ばされた。


かろうじて意識がある状態。

リースは起き上がることさえままならない。

死。初めて自分の意識の中にその言葉が入ってきた。


「わー」

テリウスは走りながら腰に収まった剣を抜いた。

ミスリルで作られた一般的な剣。

剣をデザストルに向けて振り下ろす。

カーンと共にテリウスは弾き飛ばされた。

デザストルは一瞬テリウスに視線を移すがすぐに倒れこんでいるリースに戻す。


「スノー」

周囲の気温が突然下がった。

空気中に含まれる水分が結晶化し雪と代わった。無数の雪は螺旋を描き周り始める。

雪の風となってデザストルに襲い掛かった。

デザストルは右手でその雪の風を振り払う。

雪の風は一瞬で消えた。


テリウスはふさぎ込んだ。

その周りには三体のオーガがテリウスを囲んでいる。


「に、逃げて」

リースはやっとの思いで出した言葉。

その声は弱弱しくてテリウスには届かない。

デザストルの両手が真上に上がった。

手を組みリース目掛けて振り下ろされる。

これで終わった。

リースは死を覚悟した。


しかし、振り下ろされた手が届かない。

ゆっくりと目を開けるとそこにはティアラが立っていた。

「遅くなりました」

ティアラの言葉に言葉では言い表せないほどの安堵を感じたリース。

ティアラの手には黄金に輝く剣が持たれていた。

デザストルの両腕は綺麗に切断されていた。


ティアラは剣をデザストル目掛けて切りつけた。

まるで紙を切るかの如く綺麗に切断されたデザストル。

次にティアラはオーガ三体に向けて走り出す。

結果は言うまでもなく瞬殺だった。


剣を鞘に納め、リースの元に駆け寄る。

「これを」

緑色の液体が入った小瓶。

「回復薬です」

リースは受け取り飲んだ。

先ほどまで激痛が走っていた痛みが嘘のように消えていた。

「ありがとう」

「いいえ。ご無事で何よりです」

ティアラは屈託のない笑みでリースに笑いかけた。

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