第二十一回 主従関係(犬神)

「はーい、始まりました。八百万談話室です。犬神さん、今日はよろしくお願いします」

「うむ、よろしく頼むぞ」

「いやぁ、年明けを迎えたと思ったらいつの間に一月末です」

「時が経つのは早いものだな」

「そうですね。人間からすると時が経つのが早いというのは良し悪しですね」

「良し悪し?」

「楽しい時間は早く過ぎ、つらい時間は遅く進みます。体感の差ですけどね」

「誰でも楽しい時間が長く続いて欲しいと思うものであろう」

「はい。そしてつらい時間は早く過ぎ去って欲しい。叶わない願望です」

「人に限らん。生きているものはみな楽しく心地よい時が長く続くことを望むものだ」

「そうですね。ですが、時間が早く過ぎていくと思うのはもう一つ理由があるそうです」

「もう一つ理由がある? なんだ?」

「年を取った、ということです」

「……あまり喜ばしいことではないな」

「色々経験を積んで、過去の経験と合致することは感動しなくなるそうです」

「ほう」

「するとその時間は過去と同じだけ感動していても時間が短く感じるらしいです」

「それで体感的に時間が短く感じるのか」

「はい。一説には体感時間で人生を考えたら二十歳程度が折り返しという話もあるとか」

「なんだと?」

「あくまで説です。諸説ありますし、計算方法によっては変わります」

「ふむ、そうか。しかし普通に受け止めるのも難しいな」

「特に八百万の皆様方は人間よりももっと長く生きていますからね」

「うーむ、体感時間を長く有意義にする方法はあるのか?」

「新しいことにチャレンジしたり、趣味を増やしたりするといいらしいですよ」

「新しいということは、過去に経験の無いことをするということか」

「はい。頭が過去の経験と同じ処理ができなくて長く時間を感じるらしいです」

「しかし好きなこと以外をするのは苦痛ではないか?」

「あはは……まぁ、そこは新しく好きなことを探す通過点と考えて割り切ってください」

「ふむ、そうだな。それはいいかもしれん」

「でしょう?」

「一つ知識を得た。感謝するぞ、神代」

「いえいえ、ではそろそろお便りを……」

「これでニャンカス共より一つ持ち味が増えたな」

「……えー、お便りにいきますね」

「うむ、頼むぞ」

「ラジオネーム『忠臣グラグラ』さん」

「忠臣蔵か?」

「忠臣であることに揺らぎが生じている、という印象ですね」

「けしからん。忠義は全うしてこそだ。一喝してやらねばならんな」

「まぁまぁ、内容を聞いてからにしてください」

「そうだな」

「えっと『初めまして。今日はご相談があります』」

「相談?」

「『会社に入ったら三年は勤めるように、といわれてもうすぐ入社三年になります。今まで上司の理不尽な命令や厳しい要求になんとか答えてやってきました。こっぴどく怒られたことも一度や二度ではありません。とんでもない残業を課せられたことも一度や二度ではありません。僕のミスでなくても責任を取らされたこともありました』」

「最後のを除けば普通の会社ではないのか?」

「そうですね。えー『ですがようやく目標の三年が目前に迫っています。そこでご相談なのですが、僕はこのままこの会社に居続けた方がいいでしょうか? それとも袂を分かって転職に踏み切った方がいいでしょうか?』という質問です」

「そもそもなぜ三年いなければならないのだ?」

「三年の理由ですか? 石の上にも三年、という言葉からだと思います」

「石の上にも三年、か。字面を真に受けている者が多いようだな」

「え? どういうことですか?」

「石の上にも三年とは冷たい意思も三年座っていれば暖まるという意味だな」

「はい、そうですね」

「その三年は時間でいう三年ではなく、長い時間という意味の三年だ」

「……え?」

「言葉で万人といえば一万人ではなく、とんでもなく多い数の人という意味になるだろう」

「は、はい」

「それと同じで三年とは多くの月日や長い時間という意味なのだ」

「そ、そうだったんですか? 知りませんでした」

「だから三年という時間はさほど重要ではない」

「ではこの『忠臣グラグラ』さんが三年間会社にいたというのは……」

「誤った用法を真に受けた、ということだな」

「え、えー……『忠臣グラグラ』さん! へこまないでくださいね!」

「だが三年いて、会社の内情はよくわかったことだろう」

「そうですね。三年という時間は長いですからね」

「人生設計を考え、今後続けていけると判断したら残れば良い」

「あれ? 意外ですね」

「どういう意味だ?」

「犬神さんだったら何が何でも忠義を尽くせと言うかと思っていました」

「馬鹿を申すな。ただ盲目的に着いていくのが忠義ではない」

「確かにそうですが……では具体的にどういうものが忠義なのですか?」

「雇用契約がしっかりしていて納得できるかどうかが重要だ」

「ブラック企業は真っ先に除外ですね」

「そうだ。仕事量に対して納得の給金が得られているかどうか、だ」

「残業代とか、月収とかですよね?」

「うむ、こればかりはいつどの時代も変わらん」

「侍も俸禄があって仕官していましたからね」

「禄を得る代わりに役に立つ。それが正しい関係性だ」

「つまり会社との契約と仕事内容に納得がいっていたら残ればいい、と言うことですか」

「そうだ。つらい仕事に安い給与ならそこにいる意味はない」

「自分を安売りしないってことですね」

「それはそうだが、高く見積もりすぎてもいかん。自分の力を自分で把握するのだ」

「そしてその力量に見合った職場で働く、ですね」

「うむ、だから長期の雇用を気にする必要はそこまで無い」

「あっ、じゃあ石の上にも三年はどう解釈すればいいんですか?」

「その会社の仕事内容、人間、内情、将来性などをある程度把握するまで、だな」

「就職している会社を理解するまでの月日は石の上に座り続ける、ということですね」

「よく知らぬのに見切るのは時期尚早、しかし長くいても意味がなければ時間の無駄だ」

「なるほど。えー『忠臣グラグラ』さんの納得のいく判断で良いそうです」

「そもそも良い臣下とは主君の過ちを正すことも仕事の一つなのだ」

「えっと、つまりどういうことですか?」

「主君だけが満足して気分の良い状況は正常ではない。そこの臣下でいる必要は無い」

「侍もずっと一つの主家に仕官し続けていた人ばかりではありませんからね」

「納得がいっているからこそ忠義を尽くす。納得がいかないのなら出奔するだけだ」

「えー……と、いうことらしいです。『忠臣グラグラ』さん」

「今の自分をよく見つめ直してみれば自ずと道を選ぶことができるだろう」

「頑張ってくださいね。応援していますから」

「どのような未来を選んだにせよ、後悔しないようによく考えるのだぞ」

「お便りありがとうございました。いやー、ビシッと決まりましたね」

「当然だ。ニャンカス共と一緒にされては困る」

「えっと……あまり猫と関係はないような気がするのですが……」

「関係は大ありだ。我ら犬は縄文時代より人と共に生きているのだ」

「は、はぁ……」

「人とともにいる歴史はニャンカス共とは歴然の差がある」

「た、確かにそうかもしれませんね……」

「主従関係においても我ら犬はニャンカス共とは違う」

「は、はぁ……」

「一時のブームで上回ったに過ぎないこともわからぬ愚かなニャンカス共!」

「あ、あのー……」

「ニャンカス共の覇権など長い歴史の中で見れば三日天下のようなものだ!」

「あー……このパターンか……」

「我ら犬の絶対優位は揺らがぬ! ニャンカス共を再び追い落とす日も遠くはない!」

「えー……コマーシャル繰り上げでお願いします。はい、クールダウンするまで……」

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