第44話 変わること、変わらないこと

 「魔素過敏…?」


 フレンスは俺の言葉に怪訝な顔をする。


 「そうなんじゃないか、と俺は思うんだけど。ルーヴ持っている手、赤くなってるだろ?」


 そういえば…という顔で彼女は自身の右手を見る。痛かったりしないのか、と聞くとしばらく手を開いたり閉じたりして感覚を確かめているようだった。


 「確かに最近痛い…っていうか痒いとは思っていたけど、これってそのうち慣れるんじゃないの?ルーヴが当たるし、跡がつくのは仕方がないと思ってたんだけど」


 痒さというのは、弱い痛みのことだと聞いたことがある。やはり肌に負担がかかっているのは間違いなさそうだ。


 今日の分の実習内容を終えて、今は夜。

 秋の色が少しずつ濃くなってきたと感じるのは、朝晩が冷えるようになってきたからだ。ニアはそんな気候に合わせて、今日は暖かな食事を用意してくれた。俺たちが普段、あまり褒められない食生活を送っていることを気遣ってくれたのだろう。

 相変わらずニアの人の機微を感じ取る能力は凄いと思う。彼女が言うには俺が疎いだけらしいが…。

 ちなみにそんなニアも今晩は、商工会の一階で夕食をともにしている。今日はこちらで借りている家に泊まっていくらしい。俺が言えた義理ではないが、レストロやサンライニ側での仕事はいいのだろうか…。

 フレンスが一緒なのは今更である。そしてシスティもごく当たり前のように居座り、ニアが作ってくれたご飯を食べている。


 「それで魔素過敏…ってどういうことなの?」


 フレンスは不安そうに俺に聞く。自身の体に何か不足があるのではないかと心配なのだろう。こんな表情をさせたくはないが、現状を理解しておかなければ今後に差し障りが出てしまう。俺が説明を始める前にシスティが話をしてくれた。


 「魔素を動かすとき、普通の人は魔力の無駄がある…と言ったら良いのかしら。動かそうとした魔素の一部が不本意な動きをするの。自分が動かせる魔素のすべてを、思った通りに制御できるわけじゃない」


 フレンスはもちろん、ニアも興味があるらしくシスティの説明を頷きながら聞いている。


 「これはどれだけ訓練しても、普通は一定の割合で制御できない魔素がでるらしいんだ。けれど、中にはそうはならない人がいる」


 魔素操作に関してある種の天性を持った人と言えるだろう。今の所後天的にこういった能力を習得した人の話は聞かない。なのでとても貴重な技能ではあるのだが、問題もある。


 「フレンスちゃんはそういう人ってこと?」

 「あ、あのニアさん…ちゃんはちょっと…」


 ニアがちゃん付けでフレンスを呼ぶ。スタンレイには強く当たるフレンスだが、こちらへの抵抗はやや抑えめだ。好感度の違いだろうか。


 「ええ…おそらく。私達が学園にいた頃にも同じような学園生がいたわ」


 システィがニアの質問を肯定する。


 「あなたとその学園生に共通することは、ルーヴを含めて合金製の魔法道具を使う、もしくは長時間触れると炎症を起こすってことね」

 「合金…?」


 フレンスには合金の話をまだ詳しくしていなかった事を思い出す。俺はルーヴが単一ではなく複数のアモーリテの合金でできていることを簡単に説明する。


 「そうなの…ルーヴはそうやってできてるのね…。合金のほうが魔素が通りやすいっていうのはちょっと想像しにくいんだけど」

 「合金になってると、さっき言った思い通りに動かない魔素を吸収できるんだ。だから普通の技師からすれば魔素を通しやすく感じるわけ。とはいえ通常の魔法道具はここまで手をかけないけれどね。手間もかかるし、技師ほど精密な操作を要求されないから」


 食事を終えた様子のフレンスは改めて今使っているルーヴを観察する。やはり人差し指の付け根あたりに赤みがさしている。


 「ただ逆に魔素操作が精密すぎると、合金は一部の魔素を反射してしまうの。だから合金の魔法道具を使うと、魔素が肌に当たり続けることになるわ。訓練によって魔力が上がれば反射する量も増える。これに肌が反応するのよ。

 はじめは魔素に対して過敏なんだと思われていたから、今でもそのことを魔素過敏って言うわ」


 システィが言う通り今は赤みがさすくらいで済んでいても、彼女の能力があがるほどにその炎症は酷くなってしまう可能性がある。

 フレンスの肌は月銀族に並ぶほどの白さだ。ここに不本意に跡が残ってしまうのは良くないと思う。…せっかく綺麗な肌なんだから大事にしたほうがいい。まあ気持ち悪がられそうなので言葉にはしないことにしよう。


 「フレンスちゃんはその…ルーヴは使わないほうがいいってこと…?」

 「…」


 とても心配そうな声で俺に聞くニアと、ますます不安そうな表情になるフレンス。まあこんな風に症状だけを話されれば心配にもなるだろう。


 「大丈夫だよ、ちゃんと対処法はあるから」

 「言ったでしょう、学園生にそういう子がいたのよ?ちゃんとルーヴは使えるわ」


 その学園生もきちんと卒業していたし、対策さえすれば問題はないだろう。ただし…


 「それでもスタンレイに頭を下げないと駄目でしょうね」


 お姉様のその言葉を聞いた時、フレンスは少し目を瞬かせた後。


 「えぇ…」


 心の底から嫌そうな表情をして、思わず声を漏らす。ちゃん付けで誂われる相手に頭を下げるのは、確かに抵抗がありそうだ。元令嬢の彼女なら尚更かもしれない。とはいえあまりの表情である。女の子がして見せていいものではないと思うので、外では控えたほうが良いと思う。


 というか、こんな顔させるほどスタンレイって嫌がられてるのか…。

 友人としてちょっと可哀想な気は…ほとんどしなかった。俺よりモテるのが常々癪なので、たまには女の子に嫌われるべきである。



 そんなこんなで翌日、彼女は単一のアモーリテでできたルーヴを手に入れてきた。彼女の魔素過敏は無事収まったが、料金は出世払いらしい。背景を知っている彼なら少しは配慮しただろう…と思ったが、後で確認した所彼女から言い出したらしい。


 「倍にして払ってやるわよ!」


 だそうだ。

 口は災いの元だって、自身が慕うお姉様との一件で学ばなかったのだろうか…。



 

 ともかく、彼女の魔素過敏については確認が取れた。

 しかしもう一つ問題は残っている。それは当初の依頼でもあった、スコラ・リーティフだ。


 一般の魔法道具は単一アモーリテが主流だ。貴族が使うものでも単一アモーリテか、プラティウム合金である。しかしリーティフは証明のために頻繁に魔素を通す。そのため学園が用意するのは例年混ざりもののアモーリテ製である。

 これはむしろ学園側の配慮でもある。合金のアモーリテに慣れることで、同じく合金であるルーヴに魔素を流す感覚を体に覚えさせることができるのだ。学園が提供するリーティフを使用するのは基本的に庶民である。少なくとも貴族よりは合金製の魔法道具に慣れていない彼らにとっては、この気遣いは有り難いものなのだ。


 しかしフレンスの場合はこれが裏目に出てしまう。


 彼女は魔素過敏の症状が、プラティウム製の腕輪で既に起きていた。手首のところが赤くなっていたのはそのためだ。基本的にプラティウムもスタンレイが言っていた通り合金だ。意識して魔素を流していなくても、長時間身に着けていれば反応が出てしまう。

 それを防ぐために腕輪は大きめだった。なるべく肌に密着しないように設計されていたわけだ。細身に作られていたのは肌に触れる面積を少なくする必要があったからだろう。

 思い返せば、リーティフを注文するときも密着しないものを希望していた。後で確認したが、密着する腕輪は大抵痒くなるから、そうでないほうがいいと思っていたらしい。蒸れることによる痒みとも取れるが、魔素過敏が起こす炎症が原因と考えておくべきだろう。


 となると、彼女の提案するプラティウムはそもそも使わないほうがいい。純プラティウムなら炎症はないだろうが、リーティフとしては扱いにくくて仕方がないだろう。そして、学園からのものも使わないほうがいい。


 結局、彼女には彼女用のリーティフが必要なのだ。


 幸いもともとの依頼はリーティフの製作だ。そもそも講師もどきとしての指導は、本来とてもお金を受け取れるようなものでもない。個人的には料金をもらうことが憚られるくらいである。成功した技師の自負があるならともかく、自己中心的な技師であり、もっと言えば邪教布教の疑いもある教祖だ。


 最近は自腹を切って材料を集める必要もなくなったし、懐には余裕がある。というより使い道がご飯くらいしかないのだ、給料からの天引きがあるとはいえレストロに宿泊させてもらっているうちは貯まる一方だ。

 これなら材料も買えるし、ノースモアなら半自動成形機もエドガー工房で使わせてもらえる。

 

 そして…反省の後行動を改めて、前に進もうと頑張っている依頼人。


 これだけ恵まれた環境で、全力を尽くさなければさすがに技師失格だろう。少なくとも努力を続ける彼女に、見せる顔がなくなってしまう。


 …だから俺は、彼女のために一番良いと思えるリーティフを作る。そう決めたのだ。



 食事が終わった後、システィとニアはこちらで借りている部屋に、フレンスは家へ帰っていった。

 夜になり、最近賑やかさが増した商工会が静まり返ると一抹の寂しさを感じる。とはいえ賑やかというよりフレンスの叫び声で騒がしいだけなのかもしれないが。


 商工会の個人工房室へ入る。


 

 思い返せば、ここへ来て最初に作った魔法道具も腕輪だった。



 今あの腕輪はニアに徴収され、所在は不明だが…。

 ほとんど自身の想いを叩きつけるようにして作った木製の腕輪。木工の店に駆け込んで土台になる腕輪を買ったのが随分懐かしく感じる。


 貴族に受け入れられるかどうかとか、そういうことを一切考えず。自分があったらいいなと思う腕輪を作った。そのことは後悔していないし、結果幸運にも雇ってもらうことができた。

 更に幸運は重なり、華美さを求められないサンライニ公国という環境へ連れて行ってもらえた。とても有り難いことだと思う。


 けれどフレンスと話をしたり、彼女の様子を見て最近思うことがあるのだ。



 「華美さ」は本当に不要なのだろうかと。



 俺が尊敬する技師ローエンは


 「少なさは豊かさである」

 

 と主張した。つまり魔法道具は魔法道具としての役割を全うするべきだと。温めるための魔法道具ならそれに必要な形を、明かりを灯す魔法道具ならそのために必要な最低限の形を求めるべきだと。

 エクセシオス式の魔法道具なら、装飾的な魔法回路を施すだろう。幻影をまとわせるのもそうだろうし、装飾の一部を光らせるのは常識だ。

 それに対してローエン式がもし存在したなら、もっと質素で光ることに実直な道具になったかもしれない。かつて我が家にあった魔法道具のように、見栄えも兼ねた大きなほたる石を必要とすることは無かっただろう。


 今一度「道具」とは何だろうと改めて考える。


 それは任せられた役割を果たすための物。何かを代行してくれたり、便利にしてくれる物。だからこそ同時にその道具を使う人の願望や希望が込められていると思う。

 

 我が家が欲しかったものは経済的で、長持ちする灯り。けれど、そもそもその魔法道具には「見栄」だって求めていた。そう、あの時の我が家にはある程度の見栄が必要だったのだ。


 道具への願望や希望に「華美さ」が含まれていたら。

 他者に見劣りしないという願いが含まれているのなら。


 それはその道具が持っていなければいけない特性なのだ。扱いやすさや、価格、無駄の無さだけでは受け止めきれない人の願いなのだ。


 きっと俺たちの世界から、比較が消えることはないだろう。勝ち負けが無い平等なんて理想論だし、競争があるからこそ技術も国も発展していくのだ。それは手の届かないくらい深い所に刻まれた、ある種絶対の規則なんだとも思う。


 とはいえ勝ち負け「だけ」に生きる必要はない。そうでない生き方もある。技師にだって職人にだってそういう道があるんじゃないだろうか。

 それこそ気休めだと笑われてしまうかもしれないけれど…。


 俺はリゼさんの姿に。キュリオさんの背中に。「個」を好むファリエ会長の眼差しに。それを見た気がしたのだ。

 

 そして…その片鱗がフレンスの瞳の中に宿っているように感じるのだ。


 一方技師や職人にも弱さはある。

 周囲を埋め尽くす正論だったり、比較による絶対的に見える評価だったり、不甲斐ない自分への絶望だったり。目をそらしたくなってしまう現実だってあるだろう。道具を使う側は認めないとは思うけれど、作る側に立っているからこそそれを認めたいし、むしろそのすべてを経験してきた。


 俺は吹っ切れて、自身の気持ちだけで作った腕輪を見せた時、ファリエ会長に「個」を全面的に肯定してもらったのだ。銀髪の悪魔は認めてくれて、居場所をくれた。そして今も一貫して打算も含め話をしてくれる。まあ言う機会が悪いものもあったので、受付嬢には許してもらえていないが…。


 「個」の肯定がどれだけ俺を支えてくれているか。どれだけ俺の心を癒やしてくれているのか。想像すらできないほどなのは身にしみた。

 誰かに肯定されている。誰かに見てもらえている。そういう気持ちがどれだけ大切か、俺は嫌というほどわかった。


 人懐っこさの奥に寂しさが見え隠れするフレンス。自身の価値に不安があり、その裏返しとして比較での優劣にこだわっていた少女。いきなり環境が変わった時の不安はいかばかりだっただろう。

 それは意味のないことで、必要のないことで、愚かな嘆きだと言われればそうかもしれない。でも、だからこそ彼女のことを、彼女の弱さも含めて肯定して大事にしたいと思うのだ。横暴はあったが今はそれを改めて、努力を続けているのだから。

 

 何かを作る側に立った時、リゼさんが感じていたように、怖くて辛くて、仕方がない日もくるだろう。


 でも俺がサンライニ公国で涙を堪えられなかった時のように。嬉しくて暖かくてたまらない日だってやってくるのだ。


 比較を否定せず、その結果を受け止め挑みながら。

 一方で自分が大事にしようと思える、新しい物差しを探しに行く。


 彼女が挫けないように。小さな自信にも、気休めにも、思い出にもなるように。



 彼女が望む「華美さ」で元気付けて、彼女の肌が赤くならない配慮を載せて。少しの幼さを許容する細工を再設計するのだ。そして当然無駄と無理のない回路で、学園のほたる石を迎え入れる。魔素操作になれていない彼女が絶対に負担を感じないように。


 「華美さ」は求めていい、求められていい道具への要求なのだ。けれどそれを実現する細工は、彼女の本当の好みでなければ意味がない。フレンスにとって「華美さ」は挫けそうになった時の拠り所にもなりうるのだから。それが彼女に笑顔と元気を提供できなければ、それこそ無駄な装飾だ。まさに俺が嫌いなエクセシオス式の冗長さそのものに成り下がってしまう。



 役割に忠実であること。本当に求められる機能を、依頼者である彼女を理解する努力をやめないことで追求しよう。

 彼女の心を元気づけて応援するために。彼女が欲しがっているものを手に入れられる支援ができるように。俺は道具に求められる機能そのものから見直す、そこから道具作りを始めよう。

 

 

 エクセシオス式でもないし、ローエン式でもない。

 どこの誰式でもない。彼女専用の、彼女のための。初めての依頼にふさわしい腕輪を作ろう。


 技師の越権行為と叱られるかもしれない。

 けれどなんてことはない、かつてここで貴族に喧嘩をふっかけるような腕輪を作った時と同じだ。



 今度はエクセシオスとローエンに、盛大に喧嘩を吹っ掛けてやろう。

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