第38話 スコラ・リーティフ

 「で、結局受けたのね」

 「受けたっていうか、押し付けられたっていうか…」


 フレンス嬢から依頼を受けた翌日。久しぶりに使うノースモア側の個人工房室に、システィがやってきた。スタンレイにルーヴの調整を頼みに来たらしい。何でも想像以上に使うことになったからだそうだ。アローグ工房時代も随分使い込んでいたように思ったが、サンライニとノースモアでは勝手が違うのだろう。

 そのついでということで、昨日あったことを話すと若干呆れながらも聞いてくれた。


 「魔法学園の腕輪…あんまりいい思い出はないわね」


 システィは少し顔をしかめる。俺は彼女の言葉に学園生時代を思い出す。

 彼女はサンライニの貴族の出身だ。けれども彼女は腕輪に関してははじめ無頓着だった。その証拠に貴族の子女にしては珍しく学園支給のものを使っていたのだ。そしてそこに目をつけた男子学園生達は、こぞって腕輪を贈ろうとしたのだ。腕輪を受け取ってもらうことが交際承諾の証とまで噂が流れたほどだ。

 当然本人からすれば迷惑でしかない。嬉々として腕輪を持ってくる男性陣達に辟易していた。加えてそれらの腕輪には、彼らの家柄に関連する模様が入っていることが常だった。もしそんなものを身に着けていたら、どこの家の誰と交際しているかを宣言するようなものだ。


 「一時期は大騒ぎだったからね」

 「あなた達は他人事だったからよかっただろうけど。当事者にとっては迷惑でしかないわ」

 「結局自作したんだっけ」


 あまりにも騒ぎが大きくなり、一部の女性陣がよく思わなかったらしい。嫌味を言われることがあったことをきっかけに、彼女はいっそ新しい腕輪を作ることにしたのだ。彼女と知り合ったばかりではあったが、俺とスタンレイもそんな様子に便乗して、腕輪づくりに挑戦したことを覚えている。


 「懐かしいわね。まあ結局婚約者がいる、ってことになってしまったけれど」

 「結果的に良かったんじゃない?騒ぎは収まったし」

 「学園生達の想像力の豊かさには辟易したわ」


 新しく作った腕輪をシスティが使い始めると、多くの男性陣は絶望した。その一方女性陣は色めき立った。誰があのシスティの心を射止めたのか興味津々となったのだ。あることないこと囁かれた後、どこか遠い国の婚約者からだろうという説が大勢を占めるようになった。まあ腕輪の模様が俺とスタンレイで面白がって提案したものだったからだが。


 「架空の模様があんなに話題になるとはね。ま、みんな暇だったってことかな」

 「貧乏暇なし、というのはよく言ったものね」


 俺の軽口に、システィは微笑しつつ答える。まあ騒ぐ彼らと対照的に、悲しいかな俺とスタンレイは暇はなかった。

 最近システィは穏やかな微笑を浮かべるようになった。以前もそういう時はあったが、頻度が増した…というか全体的な雰囲気が柔らかくなった気がする。ルーシャカップを作ってからは尚更そんな風に思う。


 「それで?フレンスさんの要望は?」

 「それがさ…」


 俺は昨日のことを思い出しながら彼女に説明をすることにした。




 「とにかく、目立つ腕輪にして」


 後はご両人でよく話し合いをしてね、と再び離席したファリエ会長。おそらくフレンス嬢が面倒な客であることを察して外出したのだろう。偉い大人というのはずるい。

 そしてそんな会長のことを気にもとめない令嬢は、勢いこんで話を始めた。


 「目立つ…ですか?」

 「ええ、そうよ。他の子に劣らないものであることは絶対条件ね」


 魔法学園での腕輪が、貴族子女達の装飾品なのは常識だとして。それらの優劣というのは何で決まるのか。それにはこの腕輪の構造を理解しなくてはならない。

 何かの証明になる腕輪、特に魔法道具の場合は基本的には「リーティフ」と呼ばれる。学園での腕輪は「スコラ・リーティフ」というのが正式名称らしいが、学園のリーティフとか工房のリーティフとか呼ぶのが一般的だ。

 このリーティフの役割は証明である。自身が学園生であることの証明をするのが依頼のリーティフだ。この腕輪には特殊なほたる石を石留めすることになる。このほたる石には予め回路が彫り込まれており、毎年学園で入学者分作られる。つまり一般流通はせず、学園から新入生へ向けて提供されるのだ。配られるほたる石の回路に魔素を流すと独特の魔素の波が出る。その波を測定する装置を使って、学園への出入りを管理しているのだ。

 このほたる石が提供される時にあらかじめ腕輪を用意しておけば、そこへ石留めをしてもらえる。回路は毎年変更され、その制作方法は国によって厳重に秘匿されている。その上ほたる石を取り外すと即座に粉々になるようにもできているらしい。要は複製や贋作を防ぐためだ。その他にも色々と仕掛けが施されているらしいが、当然公表されていないし、故意に外すと罪になるので試したことはない。

 配布されるほたる石をしっかりと石留めできること。腕輪型で、身に着けて持ち歩くことができること。ほたる石の回路を邪魔しないこと。この要件さえ満たしていれば後は自由なのだ。材質も装飾も基本的には問われない。だからこそ各々嗜好を凝らしたものを用意するわけである。


 「材質は普通のじゃだめだわ。プラティウムを使って頂戴」

 「プラティウム!?」

 「何を驚いているの、当然でしょう?」


 フレンス嬢は当然と言いながらも得意気な表情をしている。

 プラティウムといえばアモーリテなど目じゃないくらいの高級素材である。その材質で作られた装飾品を持っていることは成功者の証明とされる。「プラティウムに選ばれなかった」という言い回しが、良縁を逃した、大成功の機会を失った、という意味で使われることがあるほどだ。

 一流貴族からの注文で使われる場合が多いが、学園生の腕輪の素材としてはまず考えられない。少なくとも俺が学園にいた頃は、プラティウム製のリーティフなど聞いたことがなかった。王族のリーティフならありえるのかもしれないが…貴族とはいえ学園生の身分でプラティウムというのは…。


 「材料費は私持ちなのよ?あなたがどうこう言うことではないわ。それに…」


 そう言って彼女はテーブルの上に細い腕輪を置いた。


 「これもプラティウム製よ?まあ質はそこそこだけれど」


 庶民ではなかなか目にすることがない素材だ。アローグ工房でも若手はまず触ることはない。一言断って触らせてもらう。手袋が無いので駄目元だったが簡単に許可をくれた。


 「おお…」


 思わず感嘆の声が漏れてしまう。

 まずはその軽さに驚いた。細身の腕輪とはいえ、アモーリテで作ったとしたらこの倍は重くなるだろう。高級なアモーリテを使えばその限りではないが、ここまでの軽さになることはない。

 次はその光沢だ。高級なアモーリテの場合は美しい銀色にやや白っぽい光沢をもつ。一方プラティウムは同じ銀色だが虹色の光沢をもち、発光するかのような輝きがある。これらによって構成された幻想的な雰囲気を見れば、高級金属とされるのも誰もが納得するだろう。


 「実際にはもっと質の良いプラティウムを用意するわ。これじゃあ少し光沢が物足りないから」

 「も、物足りないんですね」


 俺としてはもはや満足、いや満腹である。いずれこれよりも凄い金属にルーヴを入れるのか…そう考えるとお腹が痛くなってきた。しかし、こんな腕輪を当たり前のように扱うというのは…やはり大貴族のご令嬢なのだろうか。護衛でもついていなければ強盗に狙われてしまいそうだ。


 「あとは…派手に見えるように所々光るようにして欲しいわ」


 少し疑問系になりつつ、光る回路も入れてほしいという要望だ。まあこの辺りは当然だろう。光る回路に関しては問題もあるのだが、このお嬢様なら考慮する必要はなさそうだ。


 「あとはそうね…。できるだけ細身のほうが良いわ。輪の大きさも少し余裕をもたせて…この腕輪よりも大きめかしら」


 フレンス嬢は腕に戻した腕輪に再度触れながら言う。

 この要望に関して俺はおや、と思った。

 まずは細身、というところについてだ。俺はあまりお洒落には詳しくない。けれどかつてシスティがリーティフづくりに取り掛かった時、スタンレイと一緒になって色々と調べて回った。その結果、ほぼすべての子女達は太めの腕輪を好んでいた。手首の骨をすっぽりと覆うような形だ。輪っかというより、その形状は筒っぽい。理由は簡単で、凝った装飾を入れやすいし、提供されるほたる石そのものが大きめだからだ。

 輪の大きさの部分についての要望も少し変わっている。学園にいる間は腕輪をつけたままにしておくのが原則だ。それに腕輪がいちいちずれたりすると、作業の邪魔になる。同時に紛失も避けたい、ということで基本的にはぴったりの大きさで作るのが通例なのだが。

 とはいえ、学園生の間でも流行は変化している可能性は大いにある。それに他の学園生と違うものがいいのだから、ぴったりではない腕輪を求めるのも不思議ではないのかもしれない。好みの問題というのもあるだろう。一度スタンレイと調べ回ったのはいいが、その後はほとんどリーティフについて考えることはなかった。最初に危惧した通り、この辺りは一度調査をしなければまずい。本当に俺で大丈夫なのだろうか。

 とはいえ、まずは要望を引き出すことが先決だ。俺は頭を切り替えて、ひとまず次の段階の相談をすることにした。


 「それで、細工はどんなものを予定されていますか?石留め周りの要望や、模様の希望もあれば教えてください」


 この台詞はアローグ工房にいた時、先輩技師が言っていたことの真似である。所属したばかりの頃、フラドと一緒に教育の一貫で商談の場に同席させてもらったことがあった。なんとなく言い回しが大人っぽくて、いつか言える日が来たら嬉しい、と思っていたのだ。

 おそらくここからが長い話し合いになる。直接の依頼など受けたことがない。それどころか装飾を重視する貴族の相手だ。上手く要望を整理することができるだろうか、自分の知らない構造を求められたらどうしよう、細工はあまり詳しくないから想定外のことを言われたら…。

 と、考えてはいたが眼の前の現実は更に想定外であった。



 「さ、細工?…い、石留め…。そうね、その辺りは…ええと…」


 

 このあと訪れた沈黙は、俺の人生の中でも屈指の気まずさであったことは間違いない。

 …システィと急に再会した時も相当だったけど。




 「…強敵ね」


 そこまでの話をしたところで、システィは多くを理解してくれたようだ。フレンス嬢と話をした後だと、この対応が非常にありがたく涙が出そうになった。


 フレンス嬢は魔法道具のことを、もっと言えば魔法学についてほとんど知らなかったのである。

 

 「目立つこと」を求める魔法道具はその細工が命になる。もちろんプラティウムという材質を使うだけでも目立つことはできるだろうが。


 「材質だけ飛び抜けてるときっと悪目立ちすると思うんだよなあ…」

 「同感ね。はじめはもてはやされるけど、影で嘲笑われるでしょうね」


 学園に通う貴族の子女達は、入学の時点で既に魔法学についての知識はある。更に言えば細工は現時点では魔法道具の花形なのだ。彼らにとってはもっとも関心の高い分野と言えるだろう。回路はさっぱりだが模様には詳しい同期も珍しくなかった。そんな状況の中だからこそリーティフの細工には神経を使う必要がある。


 「そもそもプラティウムを使う時点で悪手だと私は思うけど。女子達からやっかみで何を言われるかわかったものじゃないわ。余計な諍いを産むでしょうし、講師にも腫れ物扱いされるんじゃないかしら」

 「確かに…」


 フレンス嬢はアモーリテさえ知らなかった。「普通のじゃだめ」と言っていたが、彼女は名前が分からなかったからこそ「普通の」という表現を使ったのだろう。それはつまり魔法学の初歩の初歩さえ知らない証拠だ。そんな状態なら回路どころか、細工のことさえ知らなくて当然かもしれない。


 「結局細工の要望は聞いたの?」

 「一応ね。けどやっぱり知識がないから…」


 とりあえず模様の見本をいくつか見てもらい、気に入ったものがあるか聞いてみることはした。とにかく彼女の好みを把握しておかなければ、何度も作り直しになる可能性が高くなってしまう。しかしそこにも問題はあった。


 「随分少女趣味なのね…」

 「まあ…うん、俺も少し驚いた」


 彼女が好みだといった模様は、一方は女の子向け、一方は交際相手の女性に好んで渡される種類のものだ。どちらも対象になる年齢は低め。そして…


 「貴族の装飾品っていうより、庶民向けの模様…だと思っていたけれど」

 「ま、まあ好みは人それぞれだし、そういうこともあるんじゃないかな」


 貴族らしからぬ趣味の彼女はこの場にはいない。けれどシスティの哀れそうな眼差しをそのままにしておくのは忍びない。とりあえず擁護をしておくことにする。


 「でも、これだと多分馬鹿にされちゃうだろうな」

 「そうでしょうね。目立ちはするでしょうけど」


 問題はそこなのだ。

 彼女の細工の趣味は庶民派といえる。プラティウムにこの模様を彫り込んだとしたら、価値を知らない子供が高級品を身に着けただけで満足しているように見えるだろう。お金だけはある無能な令嬢とされることは想像に難くない。


 魔法学を学ばせようとする貴族は、子供が幼い頃から家庭教師をつける。そこから学園入学までに、魔法学の基本を学ばせるのだ。どんな細工が貴族社会で受け入れられているのか。材質はどんな階級があり、どんな場にふさわしいのか。これらのことを理解した上でリーティフを注文する。彼らなりに時と場にあった細工を要望するのだ。当然細かい部分の差異を望みはするが、一線を超えはしない。その一線を超えないことが知識があることの証左になるからだ。

 

 しかしフレンス嬢はその知識が一切ない。だからこそ様々な装飾には、ノースモア貴族社会なりの規則があることを知らないのだ。そしてこの様子なら回路についての知識も期待できないだろう。

 おそらくリーティフを細身に、大きめの輪で作って欲しい、というのも彼女自身の好みではないだろうか。リーティフも数回見たことがあるくらいで、幅にも大きさにも理由があることを知らなかったのだと思われる。


 「魔法学園に後期入学って本当なのかしら…。入学試験に受かったとは思えないわ」

 「俺もそう思う。どうやって入学したんだろう…」


 魔法学園の講義や実習は、ある程度の知識があることを前提で進んでいく。当然入学試験もそういった現状を踏まえて用意されているはずなのだが。


 ちぐはぐな印象の令嬢。

 それを裏付けるかのように、要望もとっちらかってしまっている。そんな現状に俺は思わず眉間を抑える。


 「それで?私はどうすればいいのかしら」

 「えっ…!」


 そんな俺に救いの手を差し伸べてくれる女神がいたようだ。

 顔を上げると、仕方ないでしょ、と柔らかく笑うシスティ。やはり彼女は少し変わった、俺は改めてそんなことを思った。

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